事実
それから一週間が経った。颯太は変わらずパラレルワールドの研究に勤しんでいた。そして恵那に対することを考える時間も減っていった。
颯太はすごく気持ちが安定してきた。今までにないくらいに何故か気持ちが安定していた。
恵那と離れたことで最初は色々と考えていたが時間が経つにつれて冷静になることができ気持ちが安定していった。もちろん恵那との関係について考える必要があったが今は気持ちが安定しているので今は考えるべきでは無いと颯太は思っていた。
颯太はいつもと変わらずパラレルワールドの研究をしていた。記憶の引き継ぎについて颯太は特に重点を置いて何回もコンピューターで趣味レーションをしてそこでわかったことをまとめていた。
そのおかげで記憶が引き継がれることに対してある程度規則性があることが見えてきた。
これまで記憶が引き継がれる場合と引き継がれない場合の理由は詳しくわかってなかったが颯太の研究結果で記憶が引き継がれる場合転生される時にパラレルワールドとはまた別の世界に飛んでいる可能性がわかった。
物体に衝撃を与えてパラレルワールドに転生させる時強い心理的負荷をかけると一瞬物体が消失してからパラレルワールドに戻っている時があることがわかった。
このことから物体が消失した瞬間に何処かの世界に物体が移動しそこで記憶について何か影響を及ぼしていることがわかった。飛ばされた世界の先はまだわからないがそこは渡辺さんが物体に飛ばされた世界のことを暗記させるシステムを考案しているらしいのでそれに期待することにしている。
「渡辺さん。だいぶパラレルワールドについて理解が深まって来ましたね。」
「そうですね。颯太くんの日々の研究のおかげです。」
渡辺さんは笑顔で話していた。
「この研究をしているのが最近本当に楽しいです。」
「それは良かった。この記憶の引き継ぎのことがわかればさらにパラレルワールドについて理解が深まるし学会で発表できるくらいになりますのでなんとかそこまで持っていきたいです。」
「はい。自分もそうできるために努力します。」
颯太の目は輝いていた。数ヶ月前までは会社員としてバリバリに業務を凝らしてたが今は研究員としてバリバリ研究をしている感覚になっていた。そのことが新鮮でいい刺激になっていった。
そうして颯太は日々研究に打ち込んでいた。そうして研究を続けていると渡辺さんが新しい発見をした。
渡辺さんは颯太が繰り返し実験をしてわかったパラレルワールドに転生される前に別の世界に飛んでいる部分に注目しそこについてさまざまな実験をしてみた。そしてその飛ばされた世界の正体を突き止めることができた。
そこはデーター上では向日葵らしき花が咲いている空間だということがわかった。そしてそこにいくと過去の記憶が引き継がれることがわかった。そして物体をそのひまわり畑に持っていくと他の物体と接触することがわかった。
この物体を人間に例えるとそのひまわり畑の中に誰かいることが推測される。
その結果を受けて渡辺さんは考えた。接触する物体は誰だろうか。そしてその人がパラレルワールドについて何か知っている。そう確信していた。
「颯太さん。この結果は今後多きな発見に繋がる可能性があります。私はひまわり畑にある物体と私たちが普段使っている物体の接触させて何か情報が掴めないか模索しています。」
渡辺さんの話を聞いて颯太は頷いた。そして新たな発見をすごく喜んだ。
さらにパラレルワールドについての研究が進んでいく。それが楽しくてしょうがなかった。
しかしこの研究が進んでいくとともに恵那のことも頭によぎることになる。
恵那とは前のLINEから一回も話していない。けれど恵那との関係についても考えなければいけないと思っていた。そのことを研究に打ち込むことで忘れようともしていた。その結果メンタルも安定していた。しかしいずれかは蹴りをつけないといけないのは事実だ。しかし今はまだその時では無いと思っていた。
「颯太さん。私から一つお願いがあるのですが高野さんが行っているパラレルワールドに接触できる実験に合流して欲しいと思います。高野さんもコンピューター上ではありますがパラレルワールドに転生される人の記憶を辿れる前まで行っているらしいのでそちらの研究の協力をして欲しいです。それができれば恵那さんの過去もわかると思います。」
颯太はそれを聞いて少し固まった。高野さんがその研究をしていることは知っていたがそこまで進んでいるとは知らなかった。この研究が成功すれば恵那の過去の記憶もわかる。急に気持ちが動揺した。
そんな様子を見た渡辺さんが話を続けた。
「颯太さん。恵那さんとの関係についてはわかっています。しかしその問題といずれ向き合わなければならない日が来ます。颯太さんが研究を通じてそのことから目を背けていることもわかっています。しかし男ならば立ち向かう問題に立ち向かわなければなりません。どうか高野さんの研究を成功させて真実を知って恵那さんとの関係を決めてください。」
普段温厚な目をしている渡辺さんの目は今は違った。少し鋭く目の奥から思いが伝わってきた。
颯太は少しだけ間を置いた。そしてこくりと頷いて返答を返した。
「渡辺さんありがとうございます。高野さんと研究をして恵那と向き合います。」
颯太がそういうと渡辺さんはいつもの穏やかな目に戻ってにっこりわかった。
「ありがとうございます。自分と向き合うことで必ずいい方向に行けます。結果がわかっていますぐに返答を出す必要もないです。考える時間を設け
考え抜いたら恵那さんにちゃんと想いを伝えましょう。
そう言って渡辺さんは研究に戻った。
颯太は高野さんの元に行き研究の手伝いをした。
「颯太くん。よく来てくれた。渡辺さんから話は聞いている。けど研究はもうすでに完成したよ。そこでなんだが颯太くんのタイミングでいいから恵那さんの記憶と接触してみてほしい。私のプログラムによって特定の人の記憶に接触することができた。そこに恵那さんのものと思われる記憶もあった。」
颯太はその話を真剣に聞いた。ついに事実を知ることになる。決死の覚悟をしなければならない。
颯太はすーっと息を呑んだそして「わかりました。明日恵那の記憶と向き合います。」と返答した。
「わかった。明日の昼間それを始めよう。」
明日恵那のパラレルワールドの前の記憶について向き合うことになった。
そして次の日になった。颯太は覚悟を決め出勤をした。
颯太は朝から心臓の高鳴りが止まらなかった。覚悟を決めたはずなのに同様している自分が恥ずかしかった。けれどそれもしょうがないとも思っていた。
恵那の記憶。それは颯太が恵那と出会ってからずっと気になっていたことだ。パラレルワールドの研究をすることによって気を紛らわせてはいたもののいずれその時が来るとは思っていた。そして今日はその日だ。
会社の中に入る前に颯太は一呼吸置いた。
「よし。」
そう言って会社の中に入った。
会社の中にはすでに高野さんと渡辺さんがいた。二人は部屋に入ってきた颯太を見つめ静かに頷いた。
「颯太くん。これから恵那さんの記憶を見ることによる。どんな記憶でも覚悟はできているか。」
高野さんはいつもと違った口調だった。それだけ今から起こることが今後の颯太に大きく影響することだと感じ取れた。
「はい。お願いします。」
そう言って颯太は恵那の過去の記憶を見てみた。
コンピューター上には初め一面のひまわり畑が広がっていた。その画像が何秒か続いた後画面が変わった。そして映像が流れ始めた。
そこには自分の姿と恵那の姿があった。その画像はどんどん変わっていき途切れ途切れではあるがさまざまな場面が映し出されて行った。
初めのうちは颯太と恵那が楽しく会話をしたりデートをしたりと微笑ましいものだった。
しかしある時を境に颯太の態度が急変していくのが見られた。その映像からだんだん恵那の顔も暗くなっていった。
そして二人が言い合いをして公園にいる画面に移り変わった。そこで颯太は恵那を刺した光景が映し出された。それで映像は止まった。
部屋中に沈黙が走る。誰も言葉を発そうとはしなかった。
颯太の胸の音が部屋に響きそうなくらいに大きくなる。何か考えようとしても言葉が出てこない。いや。脳が考えることを放棄していた。
「颯太くん。ここに写し出された颯太くんは颯太くん自身ではない。パラレルワールドの颯太くんだ。」
高野さんが沈黙を破ってそう話した。
自分だけど自分ではない。確かに恵那を殺してたのは自分だったが自分ではない。今の世界の自分とパラレルワールドの世界の自分は同じであってそうではない。頭の中で理解しようとしても理解できない。理解しようとしない。
「実は渡辺さんと私は颯太くんが来る前にこの記憶を見てね。颯太くんに見せるかどうか悩んだ。見せないほうがいいとまで思った。しかし見ないと颯太くんはずっとこのまま恵那さんから逃げていることになると思った。」
高野さんは淡々と話す。
「颯太さん。パラレルワールドの自分は颯太さんとは見た目は同じであっても違います。そもそも世界線が違います。そう言われても納得いかない部分があると思います。けれど一つ言えるのは恵那さんがパラレルワールドの世界で殺されたにも関わらず転生されてきた世界で颯太さんと出会い仲良くしていたというのはこの世界での事実です。」
渡辺さんは颯太の目を見ながら一言一言はっきり話した。
颯太はやっと思考ができるようになり一つの疑問が生じた。
「恵那はなんで前の世界で自分に殺されたのに自分のことが好きなんでしょうか。」
颯太はそのままの疑問を二人にぶつけた。また部屋に沈黙が走った。しかしその沈黙を破るようにして渡辺さんが言った。
「颯太さん。好きというのはなかなか消えないと思います。好きな人に嫌なことをされてもなかなか消えないものだと思います。たとえそれが殺されたとしてもその好きという気持ちは消えないままでいたと思います。その思いがあって恵那さんはこの私たちがいる世界に転生されたと思います。」
「それって重すぎじゃありませんか?殺されても好きなんてそんなの依存みたいなものじゃないですか。」
颯太は思ったことをストレートにぶつけてみた。颯太からすれば殺されてまで好きという感情が理解できなかった。
「確かに依存みたいにはなります。けれどそもそも好きって明確な理論を説明できないと思います。人によって好きの基準や考えは変わってきます。一緒にいて楽しいから好き。いつまでもその人にいたいから好き。さまざまあると思います。正直私も好きという感情については謎が多いと思います。それはパラレルワールドより多いと思っています。」
「・・・」
颯太は考えた。恵那が思っている好きというのはどういうものなのか。殺されてまでも好きっていうのが恵那の好きなのか。それはただ重いだけなのか。考えれば考えるだけ恵那はなんで自分のことが好きなのか気になり出していく。
「颯太くん。もしもそれを確かめるなら直接恵那さんに聞くしかないよ。颯太くんの気持ちが理解できないのは十分にわかる。けれど自分で解決しようとしなくて恵那さんの話をしっかりと聞き向き合い自分の答えを出すべきだと思う。まずは恵那さんの話を聞いてみたら。」
高野さんは颯太にそう言って肩を叩いた。
「そのために颯太くんにはしばらく休暇を与えることにするから颯太くんが欲しいだけ仕事を休んでくれても構わないよ。颯太くんは有給がたくさん残っているからそこで補填できるから。」
「ありがとうございます。」
颯太は正直まだ頭と心の整理ができていなかった。けれど恵那に聞いてみないことには始まらないとも思っていた。
颯太はそのまま今日は家に帰ることにした。研究のことは二人が心配するなと言っていたのでしばらく休みをもらうことにした。けれど一人でいるのでは考えが一向にまとまらないと思っていた。
そこで真奈に連絡してみることにした。
真奈にLINEでメッセージをとると明日話を聞いてくれることになった。
真奈の話を聞いてみると何か気持ちの整理がつくのではないのかと思った。明日考えがまとまるかもしれない。そういう思いでそのまま一日布団の上で過ごした。