恵那がいない日々
次の日颯太は職場に早く向かい真奈に借りた家に持っていく服とかを整理していた。そこに高野さんがやってきた。
「颯太くんおはよう。今日は早いんだね。荷物とかまとめているけどど何かあったかい?」
颯太はそう聞かれ昨日あったことを高野さんに話した。
「なるほどね。ついに起きてしまったか。」
高野さんの反応はまるで起きることを予想したような反応だった。そして高野さんが言葉を続けた。
「颯太くんと恵那さんの状況とかを聞かせてもらってていつか起きることだなと前々から思っていてね。この問題は回避できないことだなとも思っていたよ。私も何かしらしてあげられれば良かったと思っているけど。」
高野さんは少し申し訳なさそうに話していた。
「いやそんなことはないです。私もいずれは怒りうる問題だと思っていたので。とりあえず今は恵那と会いたくないです。」
「そうか。なるほどね。颯太くんがそう思うならそうした方がいいと思う。離れられる環境があるなら離れてみて見つめ直すのもいいことだと思う。そしてその後の選択は颯太くん自身が決めることになるけどね。」
「はい。ありがとうございます。恵那とはしばらく距離を置きます。」
颯太は高野さんにぺこりと頭を下げた。そこに渡辺さんも出社してきた。
「渡辺さんおはようございます。」
「颯太くんおはようございます。高野さんと話していましたが何かありましたか?」
颯太は渡辺さんにも恵那のことを話した。渡辺さんも真摯に話を聞いていた。
「なるほど。そんなことがあったのですね。やっぱりパラレルワールドから来た方と関わったり付き合ったりするのは難しいと思います。それでも颯太くんは努力をして恵那さんと関わって行くことを選択してきました。その選択は間違ってないと思います。その選択をしたことにより私たちとも出会いましたし。」
「それもそうですね。自分もこの選択は間違っていないと思います。本当にいい経験ができますしこうして一つの分野の研究もできていますし。ただ恋愛でみると正直疲れた部分もあるので距離を置きたいのが本気です。」
「そうですね。距離を置くべきだと思います。そしてその間研究も進んでいき新たなことが分かるかもしれないです。そのわかったことでまた判断していけばいと思います。」
渡辺さんの言葉には重みがあった。何か経験しているだろうとも思ったが深く追求することはしなかった。
「はい。ありがとうございます。今後も研究していって何か分かったらまたその時判断しようと思います。」
「よし。それじゃあ研究に取り掛かろうか。」
そうして三人は研究に取り掛かった。
颯太が研究をしている間にもLINEの通知が何軒か入っていた。それは恵那からのLINEだった。颯太は恵那に返信をするのも今は嫌だった。そのためそのLINEをスルーして研究に打ち込んでいった。
そうしているうちに時間はあっという間に過ぎていって終業の時間になっていた。颯太は荷物をまとめ退社していった。
真奈から借りている家に戻ると静かな空間が待っていた。これまでなら恵那の元気な声が響いていたが家に入っても静かな空間が広がっていた。颯太はその空間が落ち着くと思った。一人でゆっくりとできる時間がこんなにも落ち着くものなのかと実感した。ワンルームの部屋にはベッドとテレビしかないがそれもまた颯太の心身をリラックスさせた。
ベッドに座ると颯太は真奈にLINEをしていた。そして部屋を貸してくれたことに関して改めてお礼のメッセージを送った。
しばらくベッドに寝転んでテレビを見ていると真奈から返信があった。
「颯太くんゆっくりできてるなら良かった。部屋はいつまでも使ってていいからね。お気になさらず。」
そのLINEのメッセージが嬉しかった。いくら幼馴染とはいえここまでしてくれ真奈に感謝しかなかった。
そして真奈とLINEのやり取りをしばらくしていた。昨日した昔話などをして颯太はとても楽しんでいた。途中で真奈は恵那のことを心配していたが颯太は「大丈夫。」の一言で済ましていた。
今は恵那のことを考えたくなかった。その代わり真奈ともっと話していたいという感情が出ていた。
颯太はそれ以降も仕事をし真奈から借りた部屋に行くのを繰り返す生活をしていた。そして真奈との連絡も取り合っていて今度の週末真奈と食事に行くことになった。
そうして日にちを繰り返し真奈と食事をすると時になった。二人は駅前に待ち合わせて近くの居酒屋に入った。二人とも明日が休みということなのでお酒も入れることにした。
「颯太くん一週間ぶりだね。家の居心地はどう?」
「うん。すごく快適だよ。本当にありがとうね。」
「全然いいよ。恵那さんとの関係はどうなの?」
颯太はそれを聞かれて渋々口を開いた。本当はその話をしたくなかったが聞かれたからには答えないといけないと思い答えた。
「あれから連絡とってないよ。連絡を取る気にすらなれなかったからね。」
「なるほどね。一週間くらい連絡もとってないの?」
「そうなるね。」
それを聞いた真奈の顔が真面目な顔になった。
「颯太くん。確かに連絡したくない気持ちはわかるけど一週間も連絡ないともしかしたら颯太くんに何かあったんじゃないかとか余計な心配させちゃうよ。それはさ恋愛の悩み以外の部分だと思うの。人間としてそういう心配をさせちゃいけないと思う。だから連絡だけは入れてあげな。しばらく連絡とりたくないとか自分の気持ちを伝えてもいいから一応問題なく生きていることは伝えてあげないと。」
「でも・・・」
「でもじゃないよ。颯太くんの気持ちはすごくわかる。けれど恵那さんも気持ちもすごくわかる。恵那さん毎日が不安だと思うの。いくら喧嘩しているとはいえそこまで不安にさせるのは人間としてダメ。」
真奈は力強くいった。その真奈の迫力に颯太は押されていた。
颯太はしばらく黙り込んでしまった。真奈の迫力に圧倒されたのもあるが自分自身の気持ちも整理していた。
確かに今は恵那に返信もしたくない。しかし恵那には余計な心配をかけさせているのは間違いない。いくら喧嘩したとはいえ喧嘩以外での心配をかけるのは良くはないと頭では分かっている。しかし心が追いつかない。
しばらく沈黙を貫いていると真奈が口を開いた。
「颯太くん。考えていることはわかるよ。いけないと思っていても心が追いつかないんでしょ」
颯太はその言葉に頷いて返事をした。
「そうよ私だってわかるよ。私も前まではそうしてた。でもそうした結果元彼は死んだ。今でもずっと後悔してる。」
真奈の目は赤くなっていた。
颯太はそれを聞いて頭がフリーズした。真奈にそんな過去があったのは知らなかったし何せ元カレが亡くなったというのに驚きを隠せなかった。
「あの時の私も元彼と喧嘩して返信を一切無視して行方をくらませていた。そこで元彼は私が命を落としたと思ったらしい。そうやってずっと考え込んでいたらしい。そしてその責任をとって元彼は死んだ。」
「・・・」
「颯太くんは恵那さんに死んで欲しいの?そうじゃないでしょ。そうじゃないなら頭で考えたことを心が動かなくても行動しないと。一生後悔するよ。」
真奈の言葉には重みがあった。実体験を語る人の言葉は何せ重みが伝わってくる。
「分かった。恵那には連絡を入れるよ。」
「うん。その時にちゃんと颯太くんの気持ちも言うんだよ。会いたくなければ会いたくないって伝えないと。」
そうして颯太は恵那にLINEをした。実に一週間ぶりに恵那のLINEを開いた。メッセージは最初の方はたくさん届いていたがだんだん減っていたが1日に2回朝と晩には「亡くなってないよね?大丈夫だよね?」とメッセージが入っていた。
颯太はLINEに生きていることと今は会いたくないことと部屋は自由に使っていいと言うことを書いてLINEを送った。
そしてLINEはすぐに帰ってきた。
「生きてて良かった。颯太くんの気持ちはわかった。私も少しだけ一人の時間を作って真剣に考えるよ。また考えがまとまったら連絡してね。」
その様子を真奈は落ち着いた様子で見ていた。
「ちゃんと伝えられたね。颯太くんも良く考えてね。ここからどうするのは颯太くんと恵那さんにしか決められないんだからね。」
恵那はそう言って微笑んだ。そしてその後もお酒を交わした。
そして1時間くらい経った後二人はお店を出た。
「真奈今日は本当にありがとうね。おかげで少しだけ楽になった気がする。」
「ううん。私も言い過ぎたところはあったと思うけど颯太くんが楽になったなら良かったよ。さっきも言ったけどこの先どうなるかは颯太くんと恵那さんの選んだ選択によって決まるからね。また何かあったら気軽に相談に乗るね。」
「うん。ありがとう。」
そうして二人は帰路についた。颯太が途中後ろを振り向くと真奈の小さな背中が見えた。幼馴染なので小さい頃から知っているが今日見た真奈の背中は少しだけ逞しいと思った。
一週間ぶりに颯太から連絡が来た恵那はすぐに携帯をみた。文面を見てとりあえず生きていて良かったと思った。そして颯太の気持ちを聞いて無理やり心を納得させた。
恵那はこの一週間食事もろくに取れなかった。颯太と喧嘩してから颯太がどこでどうして暮らしているとか全くわからなかったしもしかしたら何かあったのかとすごく心配した。
でも何事もなってなくてひとまずは安心した。しかし颯太の気持ちをよんだら涙が出て来る。
恵那としてはまた颯太が帰ってきて一緒に暮らせることを期待したけどそれは全然違った。恵那ももっと颯太に聞きたいこととかあったが颯太が話したくないと言うことだったのでその気持ちをグッと堪えた。
ああ。こんな日がいつまで続くのだろうか。そう思うと涙が出てきた。この世界では絶対に颯太と幸せになりたい。だが今はそれが難しいようだった。
前の世界では颯太に殺された。それでも颯太のことが好きでしょうがない。いっそのままこの世界でも颯太に殺されたい。そして転生される颯太が好きなまま天国へ行きたい。いやでもそれは考えてはいけないことだ。そう思っていてもついつい考えてしまう。
「今はとにかく時間が過ぎるのを待とう。そうすればまた仲良くなれるはず・・・」
そう呟いて恵那はソファーに寝転んだ。
颯太が出て行ってから恵那はベッドでは眠らなかった。寝れなかったのが本音だった。どんなに疲れていても寝れなくてうたた寝状態で朝を迎えることが多かった。ただただ颯太の顔が見たい。その気持ちでいっぱいだった。
二人が喧嘩して一週間が経ち恵那と颯太のそれぞれの気持ちがある中でも時は均等に刻んでいく。