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エミルをミランを始めとするクレーフェルト一門の男子が取り囲み、ホールを出ようとしていた。中には壮年の男もいたから、エミルを迎えにやってきたのだろう。追いすがるリーナをミランの婚約者のルイーサやレムシャイト一門のアメリーが邪魔をしている。
「あ……」
アメリーが扇子でリーナの顔を叩いていた。
「まあ」
開いていた扇子だからそこまでの威力はないだろが、そんな事をされたのは初めてなのだろう、呆然としている。その隙にリーナはまた別の男達に囲まれ連れ出される。
「アメリー様、鬱憤が溜まっておいででしたものね」
「ええ」
賑やかなダンス曲が流れているから、この騒動に気づいた者は少ないだろう。
女性給仕が近づいてきて、「皆様を妃殿下がお呼びでございます」と告げた。
そっとホールを抜け出し、部屋に案内してもらうと、そこには軽食が用意されていた。色鮮やかなフルーツを使ったタルトから、小さくカットされたサンドイッチまで。
「こちらで暫くお待ち下さいませ」
甘い香りのする紅茶まで用意してあり、各々腰掛けて軽食を摘んでいるとブルーナの婚約者がやってきて、その後、アメリーをエスコートしたエリアスもやって来た。
「王女殿下って、いつもあんな感じ?」
「あの方、普段は目立たぬように静かにしていらっしゃるのだけど……」
「ええ、ごくまれに、お気が向いたら、かしら?」
「そうね」
カリスマというのはあのような方を指すのだとクララは思う。
自然と視線が離せなくなり、頭を下げたくなる。特にあの瞳に見つめられるとそうだ。あの瞳に見つめられ、期待しているだの尽くせだの言われたら頷いてしまう。
「あの方が姫君で良かった。でなければ王宮は今頃、どうなっていた事か」
「ああ、そうだな」
王太子が実権を握っている事はもう誰もが知っている。しかし、ユゼファが王女ではなく、王子だったら、まだ王太子が決まっていなかったかもしれない。何しろ、現在、始祖王と同じ金に瞳の持ち主はユゼファだけ。王子であったら、と国王自身も嘆いていた。シュヴァーベンの金の瞳の持ち主はそれだけ尊重されるのだ。
「しかも、あの物言い。命令されたら思わず跪いて忠誠を誓いたくならないか?」
エリアスの言葉に視線を泳がせた。即答してはいけない質問だ。
「……変態」
ぼそ、と呟いたのはアメリーだ。
「知ってます。エリアス様ってそういうご嗜好だって皆、言ってました」
「ちょ、ちょっと待って。何を知って」
「ですから、女性の足や靴に口づけるのが大好きって、そういうご本ばかり集めてるって」
「いや待って。どうしてここでそんな暴露されなきゃいけないんだ?」
クララはタルトを手に取った。二人の会話に口を挟んではいけない。ブルーナとリラも同様のようで、順に手を伸ばした。
ひとしきり言い合って満足した頃を見計らってタルトの皿を押しやると、二人は黙ってタルトを手にした。
「クララ様、リラ様も、これから結婚相手をお探しに?」
「ええ、そうなるでしょうね」
「でしたら、是非、お相手から外された方で、良さそうな方がいましたらご紹介くださいませんか?」
リラと顔を合わせて首を傾げた。
「アメリー様のお家でお探しになりませんの?」
「我が家はまず、エリアス様のお嫁様探しでしょうし。弟に婚約者はいますけど、妹はまだですの。さっさと嫁に行かねばつっかえてしまって、わたくしだけでなく、妹の婚期も遅れそうで」
「あー……、この問題が片付いたら見合いラッシュかー」
エリアスが呻きながら、天井を見上げた。
「逃げないでくださいよ。そういうわけで是非。ええ、多少、年が離れていても構いませんし、愛人も弁えた愛人ならば容認します」
ブルーナがクララに向かって意味ありげな視線を寄越した。気持ちは分かる。レムシャイトの次期当主の妻はこれから探すのではなく、アメリーではないのか?と。
侯爵夫人に相応しく今から探して教育するのは困難だ。ならば領地の事をよく知っていて気心の知れたアメリーにと考えてもおかしくはない。
「贅沢は言いませんけど、変態は嫌です」
「私は変態じゃない。ごく普通だ。なあ?」
ブルーナの婚約者に同意を求めているが、曖昧に笑っている。