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「では、次に、警備部長!」
「はっ、お呼びでしょうか?」
前に出たのは五十代の男だ。軍服に酷似しているが、ローゼ女子学園の警備部の制服を着用している。ガッチリとした体つきは現場を人任せにしない事を物語っていた。
「そなた含めて警備部はこの虐めとやらの現場を見ておるか?」
「現時点で私にそのような報告はございません。無論、私も見ておりません。ドルトムント侯爵令嬢は、模範となるご令嬢、その枠からはみ出た事はございません」
「そんなの、気づいてないだけじゃない!」
「警備部は私のように存在を明かしているものだけではない」
「そうだったな。皆、熟練の者ばかりだ。私達、武芸の嗜みのない小娘に気づかれるようでは、この任務は任せられない」
「左様にございます」
学園創設の頃は上位貴族が下級貴族に対してに扱いが酷かった事から、警備部が作られた。発見次第、学園長に報告し、教師と法律家のチームで対策、指導する事になったのだ。無論、下級貴族の無礼さも指導する事になっている。
「では次、茶会か」
「そうよ!誰も招待してくれないの!」
茶会は基本的に在学中に一度は自ら開く事を義務付けられる。生家もしくは婚約者の家が伯爵位以上ならば、開く回数も招かれる回数も決められる。
基本的に自費だが、金銭に不自由があれば、申請すれば、上限が設定されているが負担もしてくれる。
クララは何度も呼ぶようにエミルから言われたが従う義理もない。友好的な関係でもないし、家でも交友はない。リーナを呼んで利益など一つもないのだ。
「この学園はリーナをずっと除け者にしてきたのだ!」
「まあ!酷い!酷いですわあ!」
飛び出してきて大粒の涙を零しているのは、リーナのクラスメイトのリオニーだ。祖父の代に叙爵された男爵令嬢だ。ピンクがかった金髪によく似合う淡いピンク色のドレスを着ている。
「わたくし、ちゃんとご招待しましたのにぃ、先生方に招待状を添削して頂いて頑張りましたのにぃ。お返事すら下さらないしぃ、酷いわぁ!」
「リオニー、王女殿下の御前よ、泣くのはおよしなさい」
金の巻き毛を一房垂らしているアダルがリオニーの肩を抱いた。
「アダルさまぁ」
「ほら。涙を拭いて。女の涙は容易く見せるものではないわ」
くすん、くすん、と鼻を鳴らしているリオニーは健気に頷いた。
「ほう、誘いがあったようだな」
「え、ちが」
「だって、リーナさま、おかわいそうなんですもの。ドルトムント侯爵令嬢にお茶会誘われないって、社交界に出れない愛人じゃないですかぁ、華やかな事なぁんにも知らないまま卒業ってお気の毒だからお誘いしたのにぃ」
「なっなっ」
「お前!男爵家如きが!」
「ひどぉい!」
ユゼファはパンパン、と軽く手を叩いた。
「ともかく、茶会の誘いはあったのに、クララ嬢のせいにするとは」
呆れたように肩を竦めた。
「些細な事だと言ったが、些細ではないな。クララ嬢に冤罪かけてばかりではないか」
ぐるり、と見回し、「虐めとやらを目撃したものはいるか?家名にかけて誓える者のみ、答えよ!」と声を上げた。
「……いないようだな」
呆れたようにユゼファは鼻を鳴らした。
「私達の良き思い出になる筈だった今夜、騒動を起こした二人がどうなろうと構わない。だが、原因の一人、クララ嬢は違う。時には甘ったれた正義感を振りかざすが、彼女はいつも行動が伴っていた。今回もそうだ。愛人にも最低限の教育は必要だと語っていた。そんなクララ嬢には、良き未来が訪れる事を願いたい」
暫くは沈黙が漂っていたが、まばらに拍手が起き、やがて大きくなり、口笛も聞こえた。正式な夜会ならば口笛など眉を顰められると思うが、今夜は目を瞑られるだろう。
クララは涙を滲ませながら丁寧に一礼した。
「クララ嬢、この拍手は君が今まで培ってきた信頼が元になっている。それを忘れず今後もシュヴァーベンに尽くしてくれ」
「はい、もちろんでございますとも」
ユゼファは微笑んだ。
友人達は助けてくれると思っていた。だが何もしていないのに、この場にいるほとんどの人がクララの幸せを願ってくれる。
そっと手が握られた。姉妹のように育ったリラだ。
「良かった……!」
「ええ、ありがとう」
リラも涙が零れそうだ。
今後どうなるかわからないが、こうして幸せを願ってくれる人が家族以外にいる事が心強い。
「さあ、皆、グラスを持て!」
ユゼファの声に合わせて給仕達が動き始める。ユゼファからグラスを貰い会釈して受け取った。ピンク色のロゼワインだ。香りが懐かしいと思うのは気の所為ではないようでリラも不思議そうに香りを楽しんでいた。
「このワインはどこのものだ?」
「はい、皆様の生まれ年のゲッシャー産にございます」
「そうか、では今年も買付は終わったのか?」
「卒業生の生まれ年の一番出来の良いワインをパーティーにお出しするのが恒例になっておりますので」
「そうか……、ゲッシャー伯爵令嬢」
「は、はいっ」
呼びかけられたリラは声がひっくり返っていた。
「いつかゲッシャー産のワインを楽しめる日を待っているぞ」
「はい!」
リラの涙腺は壊れてしまったように涙が溢れる。
ゲッシャーも河川の氾濫によって被災した地域だ。葡萄畑もワイン工場も流され、人も流された。以前のようにシュヴァーベン各地へ流通出来るまでまだ時間がかかる。
「さあ、乾杯しようではないか。シュヴァーベンの栄光と私達の卒業に!」
乾杯!とあちこちで声が上がるがクララはリラの涙を拭くのに忙しかったし、ブルーナに涙を拭かれる始末だ。
「外国からの珍しい食べ物がたくさんあるが、国内の美味も揃っているぞ!食べ尽くして呑みあかそうではないか!そうそうせっかくだ、踊るぞ!じい!じいやはどこだ!美しく聡明に育ったそなたの姫と踊りながら咽び泣くがよい!」
ユゼファの声に老紳士が現れ、苦虫を噛み潰したような顔をしてユゼファをエスコートしホールの中央に出た。
皆で泣きながら笑って食べたショコラのデニッシュは、期待通り美味しかった。