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「まず初めにクララ嬢、あの者の言う通り、虐めとやらをしたのかね?」
「いえ。そのような事は全くございません」
「ふむ、そうか」
ユゼファは給仕を促し、グラスを取り上げた。
「まあ、よい。些細な事だ」
「些細!?」
男に声の後に酷い、と女の声が続いた。
「うん?不満か?些細だろう。弁えない愛人の躾だとしたら」
「愛人ではありませんっ」
グラスを弄び、ユゼファは笑った。
「では、答えられる者はいるか、ドルトムントとクレーフェルトの二組の縁組について」
「恐れながら私が」
「ミラン、お前」
「ほう、そなたクレーフェルト一門の者か。では聞こう。この縁組はどこの誰が言い出して取り決めたのか」
「はい。王太子殿下にございます」
ミランは頭を下げたまま答える。
「王太子殿下は仰ってました。今後十年二十年で終わる計画ではない。我々の孫の世代までかかる事業の為に、と」
「ああ、そうだ。嫁いできた嫁を疎かにすれば、自分の娘もそのような扱いをされるかもしれない。子が出来れば、孫が出来ればもっと可愛く思うだろう。そういう考えによって決められたものだ」
少なくともクララの両親は新しく長男に嫁いできたガリアナの為に心を砕いてきた。クララもクレーフェルトへ訪問すれば丁重に扱われる。
エミルを除いて。
その事について疑問はあったがエミルの態度の悪さについて侯爵夫人直々に叱っている事を知っている。
「つまり、そなたは王太子殿下のお心に従う気はない、と」
「違います、結婚はきちんとします」
「リーナとやらを真実の妻と言っておきながら?」
グラスの中身をいつの間にか空け、給仕に渡したユゼファは軽く腕を組んだ。
「愛人を抱えるな、と言っているわけではない。公の場で愛人を見せびらかせるのがおかしいと言っている。皆はどう思う?」
「私はこんな身持ちの悪い愛人など、認めません!素晴らしい婚約者がいるというのに!」
「ミランッ!お前何を言っているのか分かっているのか!」
「勿論!人を見る目どころか女を見る目もない次代に期待など出来るか!」
「貴様ぁ!覚えてろよ、私が侯爵位を継いだ時には貴様は解雇だ!」
「構わない。お前に傅くなど、もうたくさんだ」
パンパン、とユゼファが手を叩く。
「ミランとやら、そなた、そこまで覚悟しているのか」
「はい、左様にございます」
ミランは丁重にユゼファに頭を下げた。
クララも何度か話した事があるが、礼儀正しく穏やかな人だった。こんな風に激昂するとは思っていなかった。
「では次にいこう。例えば、そうクララ嬢が虐めをしていたとする。それを認め、慰謝料を払うとしたら、いくら位が妥当だと思う?」
「子爵家の年収相応、でしょうか?」
ぽつり、と呟いたのはブルーナだった。
「そうだな。年収にしようか。虐めの程度にもよるだろが。ロートゲン子爵家の年収はいかほどか」
「王女殿下、私がお答えします」
「ああ、レムシャイト子爵か」
レムシャイト侯爵の子息、エリアスがユゼファに向かって一礼する。卒業前に子爵位を継承したエリアスは「金貨百枚ほどにございます。しかし、先代の時に投資に失敗しており、返済が終わっておりませんので、税金や維持の分を払えばそう手元に残りません」と答えた。
大半がいらない情報だが、エリアスも怒っているのだろう。ロートゲンの不祥事をあっさりと告げた。
「ふむ。クララ嬢、君の個人資産から支払えるな」
「当然の事にございます。必要でしたら明日の正午までに準備致します」
「では、リーナ、そなたはどうだ?もし虐めとやらを調べて冤罪とされたら、クララ嬢に慰謝料を支払えるのだろうな?なにせ、王太子殿下のお声掛りの婚約を潰そうとしているのだ」
「なっ、そんなの……」
「まあ、無理ですね。その趣味の悪いドレスとネックレスはどこから調達したのか、まさか婚約者のいる男に貢がせてないか?……するとこれも慰謝料に加算でしょうか?」
「そうだな。クララ嬢はどう見ても自分で用意しているからな」
エリアスの言葉にユゼファは頷いた。
子爵家で金貨百枚はかなり裕福な部類に入る。確かに交通の要所とまでは言わないが、それなりに良いところを領地に持っている。堅実に領地運営をしていれば困る事はなかった筈だ。
ロートゲンの資産状況を知らなかったのかエミルは幾分、顔が青褪めている。