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 学園長の挨拶が始まり、壇上から降りると自由に歓談していいことになっている。グラスを片手に暫しの別れを告げ、思い出を語る、筈だった。

 きっといつものように二人揃って絡んでくるだろうから、邪魔にならないように、壁によってお喋りをしていた。周りには先程のブルーナを始め事情をよく知っている人ばかりだ。

「クララ ドルトムント!お前に命令する!」

 話し声が途絶えた。

 絡まれる事は覚悟していたが、こんな大きな声で呼びかけられるとは思っていなかった。一瞬呆けたが、我にかえると辺りをそっと観察する。誰もが顔を歪めていた。面白い見世物に対する興味ではなく、不愉快さに。

「お前とは仕方ないから結婚してやるが、真実の妻はリーナだ!その事を弁えろっ!」

 喉が乾いたのかグラスの中身を一気に飲み干し、リーナの肩を抱き寄せた。どこかで人が倒れて呼びかけている声がする。クレーフェルト一門かレムシャイト一門のどちらかの関係者だろう。

「可哀想にリーナはお前のせいで誰にも茶会に呼んで貰えず、誰にも親しくして貰えず、寂しかったそうだぞ!お前が嫉妬深いせいで!他にも色々とリーナを虐めただろう!」

 嫉妬?どこが?とあちこちで囁かれる。

 婚約が整ったのは一年半程前の事。その半年後にはリーナが近づいていたから、実質、婚約者として親しくしていたのは半年の間のみ。

 お互い、面識はあったが親しくはなかったし、結婚は二人が卒業してから日取りを決める事になっていたから、急いで親しくしなければという焦りもなかった。

 人を好きになる期間としては充分だったかもしれないが、クララにはそこまでの感情はうまれなかった。なかったから、冷静に対処出来た。

 不愉快さに顔を顰めた。

 淑女はいつだって微笑みを浮かべているもの。だが、時と場合による。

 周囲はクララの心にエミルの存在はない、と思っているようだから、安心し、友人の輪から抜け男が見えるところで足を止め、口を開こうとした。しかし。

「おお、これは素晴らしく美味だ。さすが料理長だ」

 低いがよく通る声が響いた。

「誰だ!?」

 その人は首と手首まで詰まった深い紫色のドレスを着ていた。

 年配の淑女が着るようなものだが、不思議と野暮ったさはなく、凛とした佇まいによく似合っていた。豊かな黒髪を結い上げ、金の花の飾りをつけている。この国の住民のほとんどは金色から茶色の薄い色合いが多い。隣国カールスバーグの向こうの国では、黒髪が多いと聞く。その影響からカールスバーグでは、色んな髪色の持ち主がいるという。

 そしてそのカールスバーグより嫁いで来られた王女殿下は黒髪の持ち主だった。その方の遺伝だろう。

 叫ぶように誰何したエミルだったが、声の持ち主に気づいて一歩下がった。

「王女殿下……」

 黒髪よりも印象的なのはその瞳だ。始祖王と同じ金色の瞳は今、美味しいものを味わっているのか幾分、細められている。

 国王の一番寵愛深い側室の生んだ御子ユゼファ王女殿下だ。

「ああ、失敬。つい声が出てしまった。続けたまえ。……それにしてもクララ嬢、知らなかったなあ、君がそんな暇な事をしていたとは。教えてくれればよかったのに。見学させてもらいたかったぞ?」

「失礼します、こちらテリーヌをお持ちしました」

 王女殿下の乳姉妹、ミュンスター子爵家のソフィアだ。自分の分も手にしているようだ。

「おお、美しいな、この断面。見よ、豆も潰れていないぞ」

「そうですね。次はどうします?先程のおかわりしますか?」

「そうだな、……甘いデニッシュはどうだ?あのショコラを練り込むと聞いていたぞ?」

「ではそのように」

 ショコラとは最近外国より輸入されたものだ。砂糖をたっぷりと入れて作られた菓子を数回、食した事があるが、小さなものでもまるで宝石を扱うが如く丁寧に運ばれてきたのを覚えている。

 そのショコラに魅せられた商人が近々、専門の店舗を立ち上げるという事で、クララはもちろんのこと、若い淑女達の間で、今、一番気になっている店だ。

 王女の言葉にそわ、と張り詰めていた空気が動いた。動いたが実際行動の移しているのは、デニッシュを取りに行ったソフィアだけだ。他のものは気になるが動けないようだ。

 クララもこんな馬鹿を相手するより、デニッシュを味わってみたい。はしたないが、気になってしまう。

「ん?どうした?せっかくの料理だ。皆も頂くが良い」

 テリーヌは綺麗に食べられ空いた皿は給仕に回収される。

「まあ、このような騒動の中、落ち着けるわけなどないか。……クララ嬢、こちらへ」

 ユゼファ王女の呼びかけに、クララは一つ深呼吸し歩み寄った。

 クララは婚約者にこのような杜撰な扱いをされても、哀れな女ではない。それを示す為にも優雅に見えるよう微笑みを浮かべながらユゼファ王女の斜め後ろまで進んだ。


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