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異世界キャンプ ~旅する秘密基地~ 1.5章

作者: 無限ユウキ

   【キャンプに片付けは無い】




   1




 ──レンガの街並みが美しい王都『ハルファルト』は、かつて巨大なドラゴンに襲われました。

 そのとき現れたのは、一人の召喚士でした。

 王都『ハルファルト』存亡の危機にたった一人で立ち向かった召喚士は見事ドラゴンを撃退し、平和を取り戻したのです──

 そんな言い伝えの残る王都『ハルファルト』に一人の青年と、立派な角の生えた大きな鹿のような動物──世間ではガウンゼルやケルウィーと呼ばれています──が(ひずめ)を鳴らしながらやってきました。

 ガウンゼルに跨った青年の背中には大きなバックパック。ガウンゼルの鞍の左右にはサイドバッグがくっ付いていて、まるで旅でもしてきたかのような()で立ちですが、旅ではなく趣味にしているキャンプの帰りでした。


「よっしゃー、帰ってきたー!」


 名前は新谷(あらや)景助(けいすけ)。美しい景色を保つ手助けができるように、名字との組み合わせも意識して両親が一生懸命に考えてくれた名前です。

 中肉中背、黒目に黒髪、少しだけ焼けた肌は健康的で、血色の良い表情は人当たりが良さそうな印象を与える好青年でした。ちなみにガウンゼルは景助のセンスによりレーグと名付けられたそうな。

 地球を離れてから約一年。ハルファルトは景助にとって「ただいま」と言える特別な場所となりました。

 パッカパッカと蹄を鳴らしながらゆっくり歩いていると、とある女性から声をかけられました。


「あらぁ、ケースケ君じゃない。おかえりなさい」


 ほんわかとした雰囲気で景助に挨拶をしてきたのは、尖った耳が特徴的な美貌の持ち主、エルフのエイミーです。黄金の長髪と白い肌が眩しく、とても目を引きます。王都で古くから八百屋を営んでいる老舗の店主で、景助もよく利用させてもらっていました。


「ただいま、エイミーさん。肉も野菜も美味しかったよ」

「本当? もっと良いお肉とか用意したのに……」

「ははは……それはまたの機会で」


 商魂たくましいエイミーに、景助は苦笑いを隠して遠回しにお断り。

 貧乏性が抜け切らない景助にとって、お高い肉はハードルも高いのでした。

 手を振ってそのまま八百屋を通り過ぎると、今度は小柄でずんぐりむっくりとした毛むくじゃらな人に声をかけられました。

 ドワーフのガルドルです。金物屋を営んでいて、小さなお店ですがその腕は間違いなく一級品。エイミーの八百屋と同じく、よくお世話になっています。


「おうケースケ、戻ったか。アレはどうだったよ?」

「ガルドルさんただいまです。すごく良かったですよ、詳しくはあとでもいいっすか?」

「ああ、いつでも来な」


 ガルドルの親方感が凄くて、自然と腰が低くなってしまう景助なのでした。

 レーグに跨ったまま往来のど真ん中で話をするわけにもいかないので、早くレーグを休ませてあげたい景助はひとまず宿屋へ急ぎます。


「ケースケ!」


 と、ここでまた声をかけられました。景助はハルファルトでは人気者のようです。

 体の至る所に大小様々な刃物を取り付けた物騒な女冒険者でした。ここが日本だったら銃刀法違反で即アウトですが、ここは異世界なのでセーフ。

 紅蓮の短髪を跳ねさせるようにして、駆け寄ってきました。


「シャオか。やっほー」

「やっほー、じゃないわよ!」

「あだっ?!」


 軽々とした身のこなしでレーグに跨っている景助の頭を引っ叩きました。一部始終を見ていた人はビックリ仰天です。本人はそれ以上で、驚天動地です。

 人気者というのは勘違いでした。


「いきなりなにすんだよ?!」

「また『きゃんぷ』とかいうのに行ってたんでしょ?! どうしてあたしには一言くれなかったのよ!」

「はぁ?! なんでわざわざ言わなきゃいけないんだよ!」


 景助の趣味であるソロキャンプは基本的に誰かと行うようなものではありませんし、誰かに報告が必要なことでもありません。

 実際、キャンプに行くということは誰にも伝えていませんでした。察してくれただけで、エイミーにも、ガルドルにも伝えていません。

 一人で完結するのがソロキャンプ──ではありますが、シャオが頬を膨らませている理由が、景助にはなんとなくわかりました。


「だって……だって!」

「あーあー、悪かったよ! ちゃんと帰ってきたんだから許してくれってば」


 目に涙まで溜められては、景助には謝ることしかできません。

 景助がこの世界に飛ばされて、初めて出会ったのがシャオであり、色々と、本当に色々と助けてくれた命の恩人でもあります。

 言動は少々過激なところがあるシャオですが、とても優しく、面倒見が良く、そしてそれゆえに心配性な少女なのです。


「今度から一言ちょうだいよ?」

「……どうせ忙しいだろ」

「なに?」

「善処します。させていただきます」


 景助なりに気を遣ってなにも言わずにキャンプへと繰り出したのですが、余計な気遣いだったようです。

 それに、事前に行き先を伝えておくことはとても大切。有事の際に異変を察知して助けに来てくれるかもしれませんから。

 スマホなんて便利なものはこの世界では通用しませんし、これはキャンプに限った話ではありません。

 戦う力を持っていない景助にとって、モンスターの蔓延(はびこ)るこの世界では冗談抜きで命取りになりかねませんので、大切なことなのです。

 行き先を伝えておくだけでこの理不尽な怒りが収まるのなら、伝えるくらいなんの問題もないでしょう。

 ひとまず怒りの矛先を収めてくれたシャオは「それはそれとして」とレーグに合わせて歩きながら続けます。


「ケースケを待ってる連中が何人かいるみたいよ。あたし含めて」

「ってことは依頼の話か。一泊キャンプしただけなのに、冒険者ってのはホント多忙だな」

「お陰で食いっぱぐれないでしょ。あたしは先に行って待ってるから。──レーグ、ケースケのことお願いね」


 首筋を優しく撫でながら囁くと、「任せて!」とでも言ったかのように頷きました。

 レーグにも散々お世話になっている景助は、頭を掻いて微妙な表情を浮かべるしかできませんでした。


「待たせてるなら、急ぎますか」


 シャオとはそこで別れ、のんびり歩かせていたレーグの腹を優しーく蹴って早歩きにさせて宿屋へ急ぎます。

 サイドバッグの蓋が少しだけ持ち上がり、中から金髪に空色の瞳を持つお人形が顔を覗かせました。好奇心旺盛な瞳は生まれて初めて見る人集りに興味津々な様子です。


「コこが人間の街なのね……!」

「まだ出てくるなよ。窮屈だと思うけど、もうちょっとだけ我慢してくれ」

「ワかってるわよ」


 なんとお人形が喋りました。

 実は彼女はお人形ではなく妖精で、名前をマチと言います。色違いの糸で修繕された衣服を着ていて、背中には綺麗な羽が生えています。

 キャンプ中に出会って、訳あってついてくることになったのですが、妖精は珍しい存在なのでこんな街中で姿を現したら大変な騒ぎになってしまいます。なので、二人はタイミングを見計らっているのです。

 宿屋に併設された馬小屋にレーグを繋ぎ、「お疲れさま。ありがとなレーグ」と労ってから全ての荷物を借りている部屋に運び込みました。

 馬が並ぶ中にガウンゼルが混ざっている光景も、今や見慣れた光景となりました。


「コこがケースケの部屋?」

「そ。一年くらいずっとお世話んなってる」


 窮屈だったサイドバッグから出てきたマチは凝り固まった体をほぐすように伸びをしてから、景助の部屋を見渡しました。

 中は割と広めですが、家具は少なめ。代わりにたくさんのキャンプ道具(ギア)が棚に並べられています。地球から持ち込んだ物や、この世界で買ったり作ったりした物たちが今か今かと出番を待ちわびていました。


「いつもなら使った道具(ギア)のお手入れタイムなんだが、まずは仕事を片付けたほうが良さそうだな」

「サっきの暴力女が言ってたやつ?」

「暴力女って……あいつはシャオな。俺は冒険者の手伝いみたいな仕事をさせてもらってんだよ」


 ちゃっかりシャオが暴力女であることは否定しない景助でした。

 それはさておき、ここでマチを一人にしておけないので、景助はマチを肩掛け鞄に入れて連れて行くことにしました。


「マチ、これなら入れるか?」

「エー……入らなきゃダメ?」

「働かざるもの食うべからず。マチにも手伝ってもらいたいからついてきてほしいんだよ」

「……ワかった」


 渋々頷いて、マチは肩掛け鞄の中に入ってくれました。


「そのうち自由に出歩けるようになるはずだから、今は我慢してくれな」

「ハやめに頼むわよ?」

「それはこの街の人次第だけど、きっと大丈夫さ」


 王都『ハルファルト』には様々な人種が入り乱れています。真っ直ぐ帰った道中ですら人間とエルフとドワーフの三種族に出会っているわけですから、妖精だってすぐに受け入れてくれることでしょう。

 それから景助は『ギルド』と呼ばれている施設へと向かいました。

 そこでは〝依頼〟の提出と受理が行われ、主に冒険者と呼ばれる人が受理された〝依頼〟を受注し、結果を報告する場所となっています。

 ギルドはたくさんの人で賑わっていますから、多少の独り言ならバレません。


「ケースケは冒険者なの?」

「いや違う。強いて言うならアドバイザーだな」

「アどばいざー……?」

「依頼で困ってたら助言するって感じ。特定の内容に限るけど、結構需要あんだぜ? 自分で言うのもなんだけど」


 シャオが「ケースケを待ってる連中が何人かいるみたいよ。あたし含めて」と言っていたのはコレのこと。

 なので当然──


「来たわねケースケ。早速お願いしてもいいかしら?」


 景助の助言を求めてシャオが待機していました。


「いいけどちょっと待ってくれ。その前にやることがある」


 断りを入れて備え付けの紙になにやら書き込み始める景助のことを、シャオは怪訝な表情で眺めています。

 幸いこの世界の文字の習得にはさほど苦労しませんでした。日本語にかなり近かったからです。

 ちなみに根気強く教えてくれたのはシャオ。習得の速さに驚いていました。


「よしっと。コレお願いします」

「はい、確認いたしますね」


 それを受付のお姉さんに渡しました。

 そう。景助はとある依頼をギルドに提出したのです。

 目を通した受付のお姉さんは信じられないようで、困ったように眉をハの字に傾けています。


「ケースケさん……これ、本当ですか?」

「もちろん」

「確認できないことには依頼の掲示もできないのですが……」

「確認できればいいんだよな?」


 ニヤリと、景助は笑いました。




   2




 景助はギルドにあるテーブルの一つを借り、広げた地図の一点を指差しました。


「そのアイテムなら……ここが一番近いな」

「おお、助かる! さっそく向かってみるよ!」

「まいどありー。気を付けろよー」


 対面に座っていた冒険者パーティーが意気揚々と外へ出ていきます。彼らはこれから景助が指差したポイントへと真っ直ぐに向かって行く予定です。

 なぜなら、そこに彼らが引き受けた依頼を達成するためのアイテムがあるからです。


「ケースケって実は物知り?」


 肩掛け鞄の中からこっそりとやりとりを覗き見ていたマチが純粋な疑問を持ちましたが、その問いに対して「まさか」と景助は鼻で笑いました。

 景助はこの世界にやってきてまだたったの一年ですから、子どものほうが物事を知っているくらいでしょう。それでも冒険者の探し物に助言をしてあげられるのは、景助には特別な力があるからです。


祝福(ギフト)ってわかるか?」

「イち部の人間が持ってる特別な能力、だっけ?」


 この世界には〝魔法〟というファンタジーを代表する力がありますが、それとはまた別の力が存在します。


「そ。後天的なのが祝福(ギフト)で、先天的なのが加護(プロテク)って言うらしい。俺のは条件を設定してそれを探し出すって感じの祝福(ギフト)な。特に名前は無いらしいから、ひとまず〝サーチ〟と名付けた」


 景助の説明にマチは「ナるほどね」と小さく相槌を打ちました。


「ソの〝さーち〟で物を探して場所を教える。ホう酬としてお金を貰う、と」

「ご明察」


 察しの良いマチに景助はご機嫌です。これがこの異世界においての、景助の仕事でした。冒険者はなにかと〝探す〟ことが多いので、景助が持つサーチの祝福(ギフト)は重宝されているのです。

 そしていい気分なところに、ドタドタと慌ただしい勢いが水を差してきました。


「ケケケケケケケケケケ、ケースケぇ!!!!!」

「うおっ、どしたよ」


 テーブルをひっくり返すような勢いで飛び込んできたのは、シャオでした。髪と同じく灼熱の瞳がパチクリと細かく(またた)いています。


「こ、これ! これ本当なの?!」


 景助の鼻先にぶつかりそうな勢いで突きつけられたのは、一枚の紙でした。

 そこには、さきほど景助がギルドに提出した依頼の内容が記されていました。ギルドのお姉さんがさっそく張り出してくれたようです。

 狙い通りの展開に、景助はニヤリと微笑みます。


「シャオならすぐに食いついてくれると思ってたぜ」

「あたしじゃなくてもすぐに食いつくわよ! たまたま最初にあたしの目に入っただけ!」


 鼻息を荒くしながら対面のイスに腰を掛けました。

 景助は一体、ギルドになにを依頼したのでしょうか? 紙にはこう記されていました。


〝妖精と仲良くしてくれる人募集〟


 と、要約するとこのような内容になります。

 妖精はとても珍しい存在なので、これは誰であろうとも驚く内容です。初めて目にした景助も驚いたくらいですから、この世界の住人はその比ではないでしょう。


「で?! 本当なんでしょうね?!」

「もちろんだ。ほい」


 マチが中に入っている肩掛け鞄をテーブルの上に置きました。シャオの熱い視線が肩掛け鞄に注がれていて、中に入っているマチはさぞ外に出づらいことでしょう。シャオの灼熱の瞳からレーザー光線が照射されて肩掛け鞄に穴が開きそうです。


「……デ、出なきゃダメ?」

「!!!!!」


 肩掛け鞄から可愛らしい女の子の声が聞こえてきて、それだけでシャオはビクン! と肩を跳ね上げました。


「出ないと話が進まないだろ? シャオはお前と仲良くなりたいんだってよ」

「……ワかったわよ」


 肩掛け鞄の隙間から景助と視線を合わせていたマチが諦めたようにため息をついてから、肩掛け鞄の蓋を開けて顔を覗かせました。

 そしてシャオと目が合います。


「…………」

「か……かわいい!!!」


 まるで子どものようにシャオは目を輝かせました。


「おばあちゃんのおとぎ話で聞いた通りだわ! 本当に小さくてかわいいのね妖精って!」

「ソれほどでも……あるけどね!」


 蝶よ花よと褒められていい気分になってきたマチはいつもの調子を段々と取り戻してきました。

 景助以外の人間は初めてなマチも、シャオが最初の相手なら安心です。

 なぜなら、景助に妖精の話をしてくれたのはシャオだからです。とても楽しそうに、嬉しそうに、ウキウキで語ってくれたことを良く覚えています。


「ってことで、こいつはマチ。で、こっちはシャオ」

「シャオよ。取り乱してごめんなさい、妖精と会えるなんて夢みたいで、光栄だわ。仲良くしてくれると嬉しいな」

「マチよ! ニん間にしては(わきま)えてるみたいだから仲良くしてあげなくもないわ!」

「ま、こういうやつだから面倒だけど、上手いこと付き合ってやってくれ」


 マチは肩掛け鞄から出て、指と手で握手と言えない握手をシャオと交わし、いい感じに通じ合っているようでした。

 シャオが相手なら、悪いことにはならないでしょう。見ての通り妖精にとても好意的ですし、悪意を持った連中が近付いてきても追い払ってくれるからです。

 美少女と妖精が戯れている光景は眼福ですが、このまま放置するわけにはいきません。


「てかシャオはいいのか? なんか依頼あんじゃねーの?」


 キャンプから帰ってきたときにシャオは言っていました。「ケースケを待ってる連中が何人かいるみたいよ。あたし含めて(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)」と。つまりシャオも先程の冒険者たちのように景助の持つ〝サーチ〟の祝福(ギフト)を必要としていたはずです。


「そんなの後回しよ、後回し! マチちゃんと仲良くなるほうが最優先だわ!」

「シャオがそれでいいならいいんだが。こっちとしても助かるし」


 こうしてシャオがマチと戯れているだけで、ハルファルトに妖精がやってきたという噂が広まります。当然、一度はお目にかかろうとたくさんの人が押し寄せるでしょうが、そこでシャオの出番です。

 悪い虫は追い払ってくれますし、仲良くしている光景を大勢の人に見てもらうことができれば、それだけハルファルトの人たちに受け入れてもらいやすくなるはずです。

 おまけにマチの相手を引き受けてくれている間に、景助は自分のことに集中できて一石二鳥、という算段でした。


「ケースケ! マチちゃんにハルファルトを案内してあげてもいいわよね?!」


 ふんす、と鼻息荒めで興奮気味にマチを連れ回す許可をもぎ取ろうとするシャオ。

 景助の返事はもちろんこうです。


「好きにしな。マチがそれでよければ、だけど」


 物欲しそうに景助のことを見つめていたマチに、景助は頷いてあげました。するとマチは嬉しさを隠し切れない様子で頷きました。


「ニん間の街、冒険してみたい!」

「なら行ってこいよ、シャオなら良くしてくれるからさ。俺が保証する」


 この世界に放り出されて途方に暮れていたとき、景助に手を差し伸べてくれたのはシャオです。

 彼女であれば景助も安心して任せることができます。

 なんだかんだで、景助もシャオのことを信頼しているのです。


「シャオ、ちょいちょい」

「なによ?」


 景助は手招きをしてシャオを近くに呼び寄せて、耳に口を近づけて、コソコソと内緒話をしました。


(マチは他の妖精にいじめられてたらしい)

(えっ……)


 信じられない、と驚いたシャオは開いた口を手で隠しました。


(だからその辺の話は禁句で頼むわ)

(……わかったわ)


 それだけである程度の事情を察してくれたシャオは小さく頷いてくれました。シャオにはあとでちゃんと説明してあげよう、と景助は心に決めました。


「マチ」

「ウん?」


 続いて景助はウキウキが止まらない様子なマチに笑いかけます。


「お前はもう自由だ。そのままシャオの厄介になるも良し、独り立ちするも良し、俺のところに戻ってくるも良し。好きにしていい」

「ジ由……」

「ああ。でも困ったら誰かを頼れ。辛かったら助けを呼べ。それができる勇気があれば、力を貸してくれるはずだ」


 ハルファルトの人々は、力を貸すことを惜しみません。景助も、そんな気風のあるハルファルトが大好きなのです。

 だからマチにも、ハルファルトのことを好きになってもらいたい気持ちでいっぱいでした。


「その代わり、誰かが困ってたら助けてやれ。辛そうにしてたら寄り添ってやれ。そうやって、絆は結ばれていくもんだ」

「────」


 マチは、景助の言葉を噛み締めるようにゆっくりと瞳を閉じて、胸に刻みました。


「オぼえておく」

「そうしてくれ。んじゃ行ってこい!」


 そうして、晴れ晴れとした様子でマチとシャオはギルドから飛び出していったのでした。


「カッコよかったですよ、ケースケさん」

「……言わんでください」


 ギルドの受付嬢が、耳を赤くした景助をコッソリと茶化したのは、ここだけの話です。




   3




 景助のサーチを求めて待っていた冒険者に助言も終わり、一仕事終えた景助はその足でとある場所を目指して歩いていました。

 帰ってきたときに「後で行く」と約束していたガルドルの金物屋です。キィ、と蝶番(ちょうつがい)の軋む音を響かせて入店すると、まず目に入るのは武器や防具の数々でした。〝金物屋〟と銘打っているだけあって他にもたくさんの種類がありますが、冒険者の利用客が多いからか装備品が主な売れ筋となっているため前面に押し出しているようです。


「どもー。ガルドルさんいますー?」


 ドアベルなどは付いていませんが、蝶番の軋む音とギシギシと床板を踏む音が来店を知らせてくれたのか、すぐにお目当ての人影が奥から顔を覗かせました。


「おう、ケースケか。待ってたぜ」


 彼がずんぐりむっくりとした小柄の毛むくじゃら、ドワーフのガルドルです。

 景助は冒険者ではないため装備品を必要としませんが、彼が趣味としているキャンプはなにかと金属製の製品が多いため、ガルドルによく相談に乗ってもらっているのです。

 逆に、景助のような装備品以外の話を持ってくるお客さんは珍しく、ガルドルにとってはいい刺激となっているためこの二人は自然と仲良くなり、今では唯一無二の関係となりました。


「早速でわりーけどどうだったよ、アレは」


 ガルドルの言う『アレ』とは、景助がキャンプで使用したナイフと手斧のことを言っています。試作品を作ったから試してみて欲しいと、渡された物でした。


「結論から言うと『いい感じ』でしたね」

「含みがあるな……詳しく。まぁ適当に座れや」


 ガルドルは足元に転がっていた鉄製の鎧に腰かけました。適当に座れとは言いましたが、自分の作った商品に腰かけてしまうなんて適当が過ぎるでしょう。他にお客さんの姿はないので問題はありませんが。

 苦笑いを浮かべる景助は近くにあったイスを引き寄せて座りました。


「まだ一泊しかしてないんで、細かい使用感はもう少し使ってみないとなんとも」

「おう、存分に使ってくれ。オメェの言う通り『道具は使ってなんぼ』だからな」


 大事に仕舞っておくことが悪いわけではありませんが、それではいずれ生み出された理由を見失ってしまいます。道具がなんのために生み出されたのか、その理由を大切に思うのならば、しっかりと使ってあげるのが道具にとって幸せなこと。

 正しく大切に使う(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ことで、道具も製作者も報われるのです。

 景助はそのような考えを持っていましたし、ガルドルも同意見でした。


「で、ちょっと使ってみた感想っすけど──」


 脳裏に残るキャンプの記憶から、映像と手の感覚を呼び起こします。


「ナイフは少し刃渡りが長いっすね。もう2センチ(これ)くらい短くてもいいかと」


 人差し指と親指でなんとなくの長さをガルドルに伝えると、顎の立派な髭を(しご)きながら頷きました。


「やっぱりか。オメェから預かってるあのナイフより長えからそうなんじゃねぇかと思ってたぜ」

「ナイフ一本で色々やるならあれくらいがちょうどいいんで、需要はあるって感じっすかね」


 とにかく荷物を減らして身軽にするUL(ウルトラライト)というキャンプスタイルがあります。徒歩でキャンプをする人や登山をする人は、道具(ギア)を厳選してUL化する傾向にあるので、そういった人たちには喜ばれるナイフだったようです。


「手斧はもう少し厚みがあると嬉しかったっす。ヘッドが軽めでインパクトが弱まってるんで、肉厚にしたほうが楽に薪も割りやすいって感じで」


 力を入れなくても斧の自重だけで勢いがつきますし、厚みがあると左右に引き裂く力が加わりやすいのです。つまり〝重い〟はデメリットばかりではないということになります。


「なるほどなぁ」

「ただこれも好みの問題かな、と。女性とか、ちょっと非力な人にはむしろちょうどいいんじゃないっすかね」

「ふむ、参考にさせてもらおう」


 ぶっきらぼうな態度でありながら律儀にもメモを取るガルドルを尻目に、景助は店内を見回しました。

 ゲームでよく見る西洋風の剣や鎧は当然ながら、槍や盾もありますし、誰が使えるんだよと突っ込みたくなるほど大きな戦鎚(せんつい)が壁に飾られていたりもします。

 この光景が、ファンタジーな世界にいるんだと実感させてくれるのです。


「ところでケースケ。預かってたやつ仕上がってるぜ。どうする?」

「おっ、じゃあ受け取っておきます」


 以前に景助が使っていた自前のナイフと手斧はメンテナンスをしてもらうため、ガルドルに預けていたのです。そしてその代わりに、試作品のテストをお願いされたので引き受けた、という経緯がありました。

 約一年の使用によりガタガタだった状態から、ばっちりお手入れされてピカピカになったナイフと手斧を受け取りました。


「オメェの故郷の技術はやはり目を見張るな。職人の(すい)が詰まってる」

「そうなんです?」

「ああ。刃物を三層構造にするなんざそう簡単に思いつくもんじゃねぇし、できることじゃねぇ。だが確かにそれはそこにあった。認めるしかあるめぇよ」


 景助の持つナイフは硬い鋼材を柔らかい鋼材で挟み込み、切れ味と耐久性の両立を実現した自慢の逸品。父親からのプレゼントで、お気に入りの一本です。

 熟練のガルドルですら唸らせるなんて、昔の人が積み重ねてきた歴史と現代の技術は凄いんだなと、改めて景助を感心させました。


「ケースケにはこれからも期待してるぜ」

「俺はただの一般人で職人じゃありませんから、その期待は重いっすけど……まぁできる範囲で力にはなりますよ」


 景助はイスから立ち上がり、頭を下げました。


「じゃあ俺はこれで失礼します。またなんかあったらお願いします」

「おう。お互いにな」


 ガルドルの力強くも優しい視線を背中に浴びながら、金物屋を後にしました。

 その手に、戻ってきたナイフと手斧を持って。


「流れで受け取っちゃったけど仕舞えないし……白昼堂々刃物を持って出歩くって、本当に大丈夫なんだよな……?」


 日本では銃刀法はさることながら、マルチツールほどの小さな刃物でも意味なく持ち歩くことは禁止されています。ここは異世界なので適応外ですが、気にしなくてもいいところで気にしてしまうのは一種の職業病と言っても過言ではありません。

 身近にシャオという歩く刃物が知り合いにいなかったら、もっとビクビクしながら道を歩くことになっていたことでしょう。


「とはいえ怖いもんは怖いから、さっさと帰ろう」


 冒険者に助言するという一仕事をすでに終えた後ですから、今の景助は自由時間ということになります。シャオに一任したマチの動向も気になるところですが、後回しにしていたキャンプ道具(ギア)のお手入れをするためにも、景助は宿屋へ向かいます。

 その道中にて、八百屋の前で再びエイミーに声をかけられました。


「ケースケくーん! ちょっとちょっと! いま大丈夫ー?」

「っとっと? 別にいいけど?」


 方向転換して八百屋の前へ。

 いつもニコニコしているエイミーですが、今日は特にニコニコしているように見えます。なにかいいことでもあったのでしょうか?

 ふっふっふ、と楽し気に含み笑いをしています。


「さっきは言いそびれちゃったんだけど、これなーんだ?」

「んんー? 袋……になにか入ってる?」


 チャキチャキと、まるでビーズのような硬い粒がたくさん入っている音が聞こえました。それだけではなにかわからないでしょうが、景助には心当たりがありました。


「あ! もしかして、お願いしてたやつ……?!」

「せいかーい! やっと手に入れることができたのよー! 頑張ったんだから、褒めて褒めてー♪」

「さすがエイミーさん! 正直無理かなって諦めてた! ありがとう!」


 素直に感動した景助は珍しく嬉しそうに目を輝かせて袋ごとエイミーの手を握って感謝を示しました。


「あっ、えっ、そう、そうかな……?」


 思っていた以上の反応があって、褒めてとおねだりした本人が恥ずかしがってしまいました。


「確認してもいい?」

「も、もちろんよー」


 どぎまぎしているエイミーに全く気がつかないまま袋を受け取って中身を確認しました。

 その瞬間、漂ってくる芳醇な香りが景助の鼻腔をくすぐりました。懐かしい香りがパッと広がって、日本の記憶がどんどん呼び起こされていきます。


「──ああ……これは確かにコーヒーの香りだ! 間違いない!」


 袋の中身は黒々と焙煎されたコーヒー豆でした。

 その存在が異世界にもあると知ったとき、真っ先に頼ったのがエイミーで、ついに入手が叶ったのです。

 なんでも揃っている八百屋の面目にかけて、エイミーはとっても頑張りました。これだけ喜んでくれたなら、頑張った甲斐もあるというものでしょう。


「これいくら? いま買う!」

「ケースケ君がそんなに興奮するなんて珍しいわねー」


 確かに、エイミーが言う通り景助は良くも悪くも、いつも落ち着いています。こんなにはしゃぐ姿を誰かに見せることなんてありませんでした。

 それほど景助にとってコーヒー豆というものは待ち望んでいたものだったようです。


「倹約家だと思ってたけど、意外だわー」

「コーヒーはキャンプに絶対欲しかったんだよ! もう補充する手段ないと思ってたから奇跡みたいなもん!」


 こうして景助は、エイミーの努力により引き寄せた奇跡のお陰で、コーヒー豆を入手することができるようになりました。

 これは、次回からのキャンプが楽しみです。


「それで、いくら?」

「初回の特典として、他になにか買ってくれたらおまけでつけちゃおっかなー?」

「くっ、エイミーさんの商売上手め……!」


 ここまできたら景助にコーヒー豆を買わない手はありません。そこを逆手に取られてしまいました。ですが景助の切り替えの早さも伊達ではありません。


「まぁいいか、どうせお菓子も欲しかったし。甘いのある? 砂糖使ってるやつとか」

「砂糖とかしれっと凄いこと言うわねこの子……あるけど。大丈夫なのー?」

「それこそ倹約家だからこそ、買えるってこと!」


 ちょうど一仕事終えてきて財布の中身には余裕があります。たまたまではありますが、散財するなら今がベストなタイミングだったというわけです。


「個人的には『黒棒』がベストなんだけど、贅沢は言わん」


 黒棒とは、黒糖を使ったかりんとうのようなお菓子のことです。景助は黒棒と一緒にコーヒーを飲むのがお気に入りなのです。


「充分贅沢言ってると思うけどー……はい、これでいいかしらー?」

「ありがとう。また頼むよ!」

「ごひいきにー」


 苦労して手に入れたコーヒー豆を早速嬉しそうに買ってくれて、ニッコニコなエイミーなのでした。




   4




「よし、一息つけたしお手入れといきますか」


 キャンプの疲れが残っていますが、念願のコーヒー豆を手に入れた景助は休憩がてら一杯だけ淹れてテンションが上がってしまったので、この勢いのまま後回しにしていた道具のお手入れもしちゃおうと立ち上がります。

 ここは異世界ですから、一度壊れてしまったら取り返しがつかないことになってしまいます。なのですぐに壊れてしまわないように、大切にしているのです。

 と言っても、特に難しいことはありません。


「ほっ! と……」


 荷物から寝袋(シュラフ)を取り出して収納袋から引っ張り出し、部屋に張ってある紐に引っ掛けて陰干し。

 干し終わった後も収納袋に戻さないで保管しておきます。袋の中で綿がギュウギュウのまま置いておくと潰れて性能が落ちてしまうので、使う直前までは収納袋に入れないほうが寝袋に優しいのです。


「これでよしっと。お次は──」


 次に取り出したのは愛用のテント。パップテントと呼ばれるタイプのもので、購入してから気に入ってずっと使い続けているものになります。


「TCテントはやっぱ重いな」


 ポリエステルとコットンの混紡繊維(こんぼうせんい)を『ポリコットン』と言い、それで作られたテントのことを『TCテント』と言います。

 それぞれの良いとこ取りをした優秀な素材で、ポリエステルより遮光性が高いうえに通気性が良くて結露しにくく、コットンが混ざっているので火の粉にも強い、などの特徴があります。

 しっかりとした布のような質感をしているので重いですが、そんなデメリットを跳ねのけるメリットの数々がTCテントの人気の秘訣です。

 景助はテントを抱えて宿屋の受付へ向かいます。


「マスター! また裏庭少し借りていい?」

「ああ、いつものやつか。気にせず使っていいぞ」


 宿屋の主人に許可を得て、裏庭のスペースを借ります。手入れされた芝生と物干し竿に干された真っ白なシーツが風に揺られてのどかな空気が流れていました。

 そこで景助はおもむろにテントを取り出して地面に広げます。もちろんこんなところでテントを設営するわけではありません。


「あんま汚れてないけど、やっぱちょっと湿気てるな」


 夜露などで水分を含んで湿気てしまったテントを収納袋に入れたままにしていると、カビが生えてくることがあるのです。なので、こうしてキャンプから帰ってきたら一度中身を広げてしっかりと乾燥させてから改めて収納してあげる、というのがテントにとって優しい行動になります。


「あらケースケ君、お疲れ様」


 そこに干していたシーツを取り込もうと恰幅(かっぷく)の良い女性が現れました。マスターの奥さんです。


「お疲れさまです。あ、取り込むの手伝いますよ」

「あらいいの?」

「テント乾くまで暇なんで。もうすぐ日も落ちちゃいますし」


 キャンプから帰ってきてマチのことをシャオにお願いしたり、そのまま仕事をしたり、ガルドルやエイミーのお店に立ち寄ったりと忙しくしていましたから、一日という時間が過ぎるのもあっという間でした。

 いつの間にか太陽は傾いていて、顔を隠そうと地平の向こうへ急いでいます。


「ありがとねぇ、助かるわ」

「いえいえ、こちらこそいつもお世話になってますから」


 快く景助に部屋を貸してくれたのは奥さんで、最初は渋っていたマスターを説得してくれたのも奥さんでした。

 つまり奥さんには恩があるので少しでも借りた恩を返そうと、景助は積極的にお手伝いできるタイミングがあれば申し出ているのです。

 二人がかりであればあっという間の作業で、シーツを取り込んだ奥さんは食事の用意をするために戻っていきました。

 その頃にはテントも乾いたので、ついでに汚れている部分もふき取ってあげて、奇麗に畳んであげれば完了です。


「上手く畳めると気持ちいいな」


 シワを少なく畳むのは非常に困難で、新品のような状態に戻すことはほぼ不可能と言われていますが、今回は調子が良かったのか渾身の出来に思わずにやけてしまいました。


「さて、お次はっと──」


 まだまだ道具(ギア)のお手入れは残っています。

 使ったクッカーやシェラカップなど、現地では軽く拭いただけなので水魔石を使って食器類を水洗い。鉄フライパンは火魔石と油を使って〝シーズニング〟という専用のメンテナンス。土で汚れたペグを磨いたり、袋に適当に詰め込んだガイロープを次回のキャンプで使いやすいように奇麗に纏めておくなど、細かい作業が残っています。

 テントを抱えながら自室のドアを開けると──


「オかえりー」

「ただいマチ?! どうしてここにいんだよ?! シャオはどうした?」


 外でテントを乾かしている間にすれ違ったのか、シャオに預けたはずのマチの姿がそこにはありました。

 いつの間にかシャオと別れて戻ってきていたようです。思えばシャオはシャオで既に受けている依頼があって、それを後回しにしてマチの面倒を見てくれましたから、そちらの依頼のほうへ向かったのかもしれません。結局景助のサーチの祝福(ギフト)の力は借りずに頑張るようです。

 驚く景助を前に、マチは腕を組んで眉根にシワを寄せます。


「ナに? イちゃ悪いっての?」

「本当は悪いからな?! 今回は勘弁してやるけど」


 これは立派な不法侵入ですから、人間社会の常識もこれから教えていく必要がありそうです。景助が最初で本当に良かったです。これが最初で最後にしなくてはなりません。

 我が物顔でテーブルの上に居座っているマチを尻目にテントを置いて、キャンプで使用した細々(こまごま)としたものを取り出します。それをテーブルで暢気(のんき)に足を投げ出しているマチの目の前に放り投げました。

 それはマチの体と同じくらいのサイズの巾着袋。


「どうせなら手伝ってくれよ。暇なんだろ?」

「エー……別に良いけど、なにこれ? ドうすればいいの?」

「中に〝ガイロープ〟って紐が入ってるから奇麗に巻き直してくれ」


 景助にそう言われて、マチは中身を確認しました。

 中には赤色の丈夫な紐がたくさん、ぐしゃぐしゃに詰め込まれています。キャンプから撤収する際は丁寧に巻き直している時間が惜しいので適当に袋に入れてしまって、持ち帰ってから整えるのが景助流です。


「こうやってぐるぐるって纏めて、縛るって感じ」

「ソれ必要あるの? ソのまま使えばいいじゃん」

「設営するときにイライラしたくないだろ? そのままだと大体絡まるんだよ。これ経験談な」


 設営に手間取りたくない景助は、未来の自分のために奇麗に整えておきたいのです。そうすることによって、快適なキャンプが実現するのです。

 そして、こうした仕込みはガイロープだけにとどまりません。

 ペグを取り出して、一本一本の汚れを丁寧に拭き始めます。テント同様、汚れたまま放置しておくのは得策ではないからです。景助が使っているペグはチタン製で、軽くて錆びにくく、頑丈な素材を使用していますが、だからと言って手入れを(おこた)っていい理由にはなりません。


「『キゃんぷ』だっけ? マい回こんな面倒な片付けしてるの?」


 マチの視点からは、森の中で道具を片付けて、持ち帰ってまた片付けて、という風に映っていました。

 理解できないと不思議そうに首を傾げるマチに、景助は良く聞かせるようにして言いました。


「いやいや、キャンプに片付けなんて無いんだぜ?」

「ハ? ドうみても片付けでしょこれ」


 言われた通り奇麗に巻き直しているガイロープを見せつけるように掲げて、じゃあこの作業は一体なんなんだと視線で訴えかけます。


「全ては次のキャンプのための準備(﹅﹅)だよ」

「マた行くつもりなの?!」

「おうよ、当然だろ?」


 驚くマチに対して、あっけらかんと景助は答えます。

 カチャン、とまた一本、奇麗になったチタンのペグが硬質な音を響かせて袋の中に納まっていきました。こうして着々と次のキャンプに向けた準備が進められているのです。

 窓の外に沈みゆく太陽を眺めて、細める瞳が見つめるのは未来の姿。


「夢なんだ、世界中でキャンプすんのが。だから積極的にキャンプには行きたい。まさか世界中の対象が異世界になるとは思わなかったけどな」


 約一年前、まだ地球にいたころの景助は想像もしていませんでした。創作の世界でしかありえないと思っていた異世界にこうして実際にやってきてしまうなんて。

 死にたいと思っていたわけではありません。異世界に憧れがあったわけでもありません。自分がなぜ、どうして、どうやって異世界にやってきたのかも、わかっていません。

 でも、キャンプを通じて、それがわかるような気がしているのです。そんな予感を感じているのです。


「……ジゃあ困ってない? ツらくない?」

「ん? ……あぁ」


 それは、景助が言ったことでした。困ってたら助けてやれと。辛そうにしていたら寄り添ってやれと。

 マチなりに、景助に恩返しをしようとしているのです。不器用だからかそれを言葉にはしませんでしたが、景助を気にかけていました。


「困ってないし、辛くない。けど──」

「ケど?」

「──少し、寂しいかな。故郷が懐かしいし、家族にも会いたい」


 あまり自分のことを語らず、適当にのらりくらりと受け流して過ごしている景助の本音でした。

 目に染みる夕焼けは眩しくて、瞼を閉じるとより深い闇を感じて。その奥には、段々と薄れていく過去の記憶が沈んでいきます。目で見てもわからないほどゆっくりと、けれども確かに確実に、それは姿を消していっているのです。


「フーん……」

「こんなこと言われたほうが困るよな。あんま気にすんなよ」


 調子を盛り上げるように、明るい声を務めて出して、景助は気持ちを切り換えました。


「ジゃあ今のうち私に感謝しておきなさいよね」


 にやにやと、どこか嬉しさを称えた笑みを隠すようにして、マチは呟いたのでした。




 ──その日の夜、景助は夢を見ました。普段は見ない、寝て見るほうの夢を。

 そこは地元の光景で、生まれ育った家の中で、元気そうにしている父と母の姿がありました。声は届かなくて、景助のことも見えていないようです。


(母ちゃん、俺……元気でやってるから。まだ帰れそうにないけど、そのうち帰るよ)


 反応はありません。食卓に並んだ夕飯を前に手を合わせています。

 懐かしい故郷の香りに母の味を思い出させる料理は……一人分多く用意されていました。

 景助の言葉は届きません。届いていないはずなのですが──


『いつでも帰っておいで。唐揚げ用意しておくよ。あんた好きだろう?』


 母の口からは、景助の帰りを待つ言葉が紡がれました。突然のことに、父も静かに驚きます。


『どうした?』

『ん? いや、なんだか景助が見てるような気がしてね』

『……そうか。だったら、帰るも帰らないも、お前の好きにしろって伝えてくれ』

『だ、そうだよ。不完全燃焼で帰ってくるのだけは許さないってさ』

(……はいはい、わかってるよ)


 好きにしろと言っておきながら、中途半端では帰ってくるなと言う両親に、景助は苦笑いを浮かべました。


「…………」


 夢から覚めた景助の頬には一筋の雫が伝っていました。どこか霧がかかっていたかのような気持ちは晴れやかとなっていました。

 そして──


「猫かよ」


 首元には、マチが寄り添うように寝息を立てていました。

 その表情はどこか得意気で、満足気で、幸せそうでしたとさ。




   【キャンプに片付けは無い】

      ──おわり。

 初めましての方は初めまして、そうでない方はお久しぶりです。あとがき大好き無限ユウキです。これも定番の挨拶なってきました。

 いつもの通り、ここから先は早口オタクみたいな感じで一方的に喋り続けるターンになりますので、熱量に当てられたくない方は早々に〝☆☆☆☆☆〟をお好きな数だけ光らせておいてください。

 ついでになにか書くことを思いついたら感想とかレビューとか書いてね! ついででいいんでね!


 では今回の1.5章について少しだけ。

 まずなんで2章じゃないの? ってことなんですが、この小説のコンセプトとしては「異世界でキャンプをする」なんですよね。で、ここまで読んでくださった方ならわかると思いますが、今回はキャンプしてないんですよね。ってことはある意味、幕間的な内容ということになるということなんですよね。

 なので、2章ではなく1.5章とするのが正しいのではないか? と思った次第でございます。……なんですよね。


 さて、今回はメインテーマとして『新たな日常』を、サブテーマとして『道具の手入れ』で内容を考えて描写しました。最初に話した通りキャンプがコンセプトですから、メインとサブのテーマは入れ替えるのが理想なんですが、そこはまぁ、幕間ということでそこまでこだわらなくてもいいかなぁ、という自分の貧弱な意思が露わになってしまいました。反省はしていません!

 でもどうやって異世界で生活をしているのか、という描写も必要だと思ったし、人間関係とか、そういった部分の深堀はやっぱりしておいたほうが良いかなって思ったんですよ。もしかしたらこういう日常パートみたいなものは今回限りになるかもしれませんからね? 次回からは毎回毎回キャンプシーンを書くことになるかもしれませんからね?

 キャンプをしない回のアイディアはあったりするので、またどこかで幕間が挟まる予感はありありのありですねぇ!

 それがいつごろになるかはわかりませんが、まぁ幕間なんで、いつでもいいかな、と。好きなタイミングで挟めるのは良いですね!

 もちろん次はこんなキャンプをさせよう、というアイディアもありますよ!


 キャンプ道具の手入れについてですが、やるかやらないか、やるならどうしているか、などは人それぞれの考え方ややり方があるので、景助君の方法が正解で絶対というわけではありません。が、少なくとも自分は同じようにやっております。

 今回文字数の都合で詳しく描写しませんでしたが、汚れた食器はどう洗っているのか。つまり世界観的に水道が通っているのか、という問題があるのですが、これは大人しく魔法の力を借りました。水属性の魔法石とかがあって、そこから水が生み出される、みたいな感じで。火の魔法石もコンロみたいな感じで使えることにしました。ご都合主義ですが、趣味で描いてるものですから、ご容赦くださいな!

 マチが来てくれたからマチに水とか火の魔法を使ってもらうとかも考えたんですけどね、それだとマチが来るまではどうしてたの? 他の人はどうしていたの? ってなるんで魔法石に頑張ってもらおうと思います。

 ちなみに焚き火で調理をするとクッカーに煤がついて真っ黒になるのですが、これの後処理が一番大変です。例えばスポンジなんかで擦ろうものならあっという間にスポンジが黒一色となり、その一回限りで使い物にならなくなります(体験談)。煤はどうするのが一番いいのかは未だによくわかっておりませんが、幸いなことにいらないシャツなどがたくさん余っておりますので、それを真っ黒にして捨てる、って感じで僕は今のところやってます。参考までに。

 そもそもの方法として〝煤を付けない〟というのもあります。これは焚き火で調理をしないという意味ではなく、そもそも煤が付くのは不完全燃焼が原因なので、奇麗に焚き火ができていれば意外と煤けません。奇麗に焚き火ができていると煙が少なくなるので煤けないって感じですかね。しっかりと乾燥した薪を使うとか、針葉樹ではなく広葉樹を使うとかすると、煙を少なくすることができます。そうすることによって煤の後処理が楽になるのでオススメ! 是非とも奇麗に焚き火することを目指したいですね!


 ここでどうでもいい自分語りをさせていただきますと、個人的なこだわりで鉄製のアイテムを一つは持っていきたい、というのがありまして、今回は鉄フライパンをチョイスしました。鉄はステンレスではなくてアイアンの意味です。

 本当は肉をジュ―っと豪快に焼きたかったんですが、妖精に肉を齧らせる絵面がピンと来なくて、だから野菜なんかも入っててキャンプで作りやすい鍋にしたんですよね。次こそはデカい肉でも豪快に焼いてもらおうかなって思います。っぱキャンプは肉っしょ↑↑↑

 鉄って個人的にすごく魅力的な素材だなって思っておりまして、鉄と一口に言っても色々あるみたいで、その辺りはまだまだ勉強不足なんですけど、鉄フライパンとスキレットは同じ鉄でも質感が全然違うんですよね。ツルツルとザラザラみたいな感じで。中華鍋とか屋台の鉄板とかがツルツルの鉄で、ファミレスでステーキとかハンバーグとか注文すると出てくる楕円形の鉄皿はだいたいザラザラの鉄です。この二つには「鉄板」と「鋳鉄(ちゅうてつ)」って違いがあるようですね? 成分が違うっぽい?

 ツルツルは平均的な性能で整備もしやすい。ザラザラのほうが性能は上だけど整備しづらいし重い、というのが体感的な特徴かな。

 手入れのしやすさとキャンプに持っていくことと重量のことを考えて、ツルツルをよくチョイスします。ザラザラも持ってるけどこちらは家でよく使ってます。

 一人暮らしだとキャンプ道具ってちょうどいいんですよね。サイズも小さすぎず大きすぎずだし、収納のことも考えられているし、災害時なんかの役にも立つ。キャンプでも使えるし日常生活でも使えるとか万能かよ!

 一人暮らししている方、新たな趣味にキャンプ、いかがっすか? 日常が贅沢であることを実感できて幸福度が上がりますよ!

 そんなキャンプの魅力をちょっとでも、少しずつですが、伝えていけたらいいなぁって思います。


 それではこんなところまで読んでくれたあなたに良き小説ライフと幸福を。

   ──無限ユウキ。

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