ジュッ
山へ向かう車の中であいつの寝息を聞いたあなたは「呑気だなぁ」と呟いた。そんなあいつの姿にあなたはまた腹が立ってきたようで、時折あいつに罵声を浴びせるようになっていた。
しかし、深い眠りについているあいつはまるで何も聞こえていないかのように、依然として静かに寝息を立てている。
これから自分がどこへ連れて行かれるのかも知らずに、この上なく穏やかな顔で眠っているのだ。
そんなあいつの顔を見てあなたは笑った。
可笑しかったのだ。
あなたはこの物語の結末を知っている。
当然あいつは何も知らない。
それがこの上なく面白く感じたのだ。
あなたは憎くて憎くてたまらなかったあいつを家に呼び出し、紅茶に混入させた睡眠薬で眠らせて車に押し込んだ。
そして今、必要な器具を積んだこの車で山に向かっている。
あいつは時々寝言を言った。
「手だけの心霊写真があるならチンチンだけのもあるはず。必ずね」
当然あるだろう。わざわざ主張することでもない。あなたはそう鼻で笑うと、山から30kmほど離れたコンビニの駐車場に入った。一服したくなったのだ。
コンビニで缶コーヒーを購入し、運転席に戻って煙草に火をつける。
「ふぅ、まだ1時間はかかるな⋯⋯」
あなたとあいつは幼なじみだった。家が隣同士だったのだ。
学生時代は一緒に住んでいた時期もあったほど仲が良かった。
気持ち悪いくらいに馬が合っていたので、一緒にいる時間も相当長かった。
それからしばらくして、あなたたちは2人で起業した。
あなたの頭脳とあいつの人あたりの良さのおかげで業績はグングン伸びていった。社員も徐々に増えていき、最終的には200人を超えていた。
幸福だった。あなたと、あいつと、社員と、その家族。全員が幸せな日々を送っていた。
そんなある日、あいつが行方をくらませた。
会社の金と、重要な書類がほとんどなくなっていた。そのせいであなたは会社を続けられなくなってしまった。
社長であったあなたは全社員から責められ、それを苦に首を吊った。
「熱血食パン」
思い耽っていたあなたはあいつの寝言で我に返った。
「ようやく捕まえることが出来たんだ。過去のことはもう水に流そう」
煙草の火を消し、車を発進させた。今までと同じように、山に続く道をただひたすら進む。
あいつはあなたが一命を取り留めたことを知ってとても喜んだそうだ。あいつにとってあなたは誰よりも大事な人だったからだろう。
そのおかげであなたはあいつをすんなり呼び出すことが出来た。
1時間ほど過ぎた頃、山に到着したあなたはすぐに準備に取りかかった。
肉を手頃な大きさに切り分け、市販の竜田揚げ粉をまぶして煮えたぎる油の中に放り込んだ。
しばらくするとジュージューと食欲をそそる音を立て始め、生姜の良い香りが鼻孔をくすぐった。
「そろそろ目覚めるかな」
あなたは膝まで伸びた草を掻き分け、横になっているあいつの顔を確認した。
「ぐーすかぴー」
気持ちよく寝ているあいつを担ぎ、油の前にある背もたれのついたアウトドアチェアに座らせた。
「そろそろ頃合いかな」
そう言ってあなたは皿を取り出し、クッキングペーパーを2枚重ねて載せた。
しっかりと油を切りながら、ペーパーを敷いた皿に1つずつ盛っていく。油から上がったばかりの竜田揚げは、音を立てながら余熱を放っていた。
「起きろーっ!」
あなたはあいつの顔を叩いて無理やり起こした。
「いてて⋯⋯なんなのさ⋯⋯あっ! 唐揚げ!」
「竜田揚げだよ」
あなたはどうでもいいところで細かい。
「食べていいの?」
「どうぞ」
「じゃあ、話さなきゃいけないことたくさんあるけど、お腹ペッコペコだからとりあえずいただくね!」
「カリッ」という音を立てて竜田揚げに齧り付くあいつの顔を、あなたは満足気に眺めていた。
「美味い! 舌が少しヒリヒリする! 良いねぇ! スパイスかな? いや、スパイスとは何か違うような⋯⋯」
あなたは待ってましたと言わんばかりに食い気味に答えた。
「ああ、それは麻酔だよ。自分の足元を見てみな」
何を言っているのか分からないといった表情であいつは渋々下を見た。
両足がない。そして、自分から出た血で足元の草が赤く染まっている。
「うわぁっ!」
あいつは椅子から転げ落ちた。この竜田揚げが自分の足の肉だと直感したのだ。
「どういうこと!? なんで足を!?」
「さて、サプライズも済んだし、次からは麻酔なしでいくよ」
「はぁ!?」
あなたは懐から銃を取り出し、あいつに銃口を向けた。
「ちょっと待ってよ! なんでそんなことするんだよ!」
「本当に分からないのか?」
あいつは本当に身に覚えがないというような顔をしていた。その態度にあなたはさらに腹を立て、すぐに引き金を引いた。
「ひぃっ!」
銃口から出たのは水だった。これはただの水鉄砲なのだから当然である。
しかし、あいつは本物だと思っていたようで、失禁しながら気を失った。
あなたは気絶したあいつを再び椅子に座らせ、背もたれに両手を縛り付けた。
「いーち」
「にーい」
「さーん」
あなたはあいつの髪を1本ずつ抜き、いつ起きるのか試していた。
「にせんきゅうひゃくご」
「にせんきゅうひゃくろく」
その時だった。
「いてて⋯⋯」
あいつが目を覚ましたのだ。記録は2906本だった。
「なにその髪の毛! ごっそりやん! ⋯⋯じゃなくて、さっき銃で撃たれたはず!」
「あれは水鉄砲だよ。ちょっと脅かしてやろうと思ってね」
あいつは安堵の表情を浮かべた。
「なんだぁ、びっくりして損した⋯⋯って、足切られたのは未解決だよ! ちゃんと説明してよ!」
あなたは以前と変わらない明るいあいつの話し方に怒りを覚えた。
「うるさいなぁ」
粘着テープであいつの口を塞いだあなたは、あいつの衣服をハサミで切り裂いた。
「んん、んう!」
必死の抵抗もむなしく、あいつはものの数分で全裸となった。
あなたは車からナイフを取り出し、あいつの身体にあてた。
あいつの小ぶりな乳房を削ぎ落とし、弱火でじっくりと焼き進める。次第に脂が溶け出し、数分後には乳房の半分が浸るまでになった。
高温の脂によって水分を奪われた血液はやがて粉末状になり、揚げ焼きにされた乳房を赤く彩った。
悲痛な叫び声を上げるあいつにかまわず、もう一方の乳房も削いでゆく。
大量の塩と、少量の酒を加えてボウルの中で揉みこんでゆく。小ぶりながらもしっかり揉む余地はあり、肉の感じも微かに残っていた。
ボウルに水を入れて簡単に揉み洗いをし、キッチンペーパーで水気を取る。これを1口大に切れば刺身の完成だ。
こうしている間に揚げ焼きのほうも頃合になっていた。外はカリカリ、中はほわほわの絶品料理だ。
睨みつけるあいつを気にもとめず、あなたは刺身を口へと放り込んだ。
「不味っ。ぺっ」
草むらに肉片を吐き飛ばしたあなたは、期待を込めてもう1品に箸を伸ばした。丸焼きなので今度はかぶりつかなければならない。
「手でいくか」
あなたは豪快に乳房に噛み付いた。揚げすぎていたのかすぐには噛みきれず、何度かガリガリと音を立てながら無理やり噛みちぎった。
断面から透明な脂が滴る。口の中にも同様に脂が広がった。不味くはないが、美味くもない。どうしたものかと考えたあなたは、残りの乳房を全て捨て、次の部位を食べることにした。
「ずっと睨んでるよね。その目、嫌だなぁ」
あなたがそう言うと、あいつはすぐに目を閉じ、涙を流し始めた。
「へぇ、この上ないバカだと思ってたけど、分かるんだね」
そう、あいつはバカなのだ。あなたとは真逆で、学年で1、2を争うほどのバカだった。
しかし、そのおかげで仲良くやって来られたというのも事実だった。あなたはいつも、あいつのバカな行動に勇気をもらい、力をもらい、笑顔をもらっていた。
あなたはあいつの目を無理やり広げ、眼球の丸みに沿わせてスプーンをゆっくりと入れた。
暴れるあいつを制圧しながらスプーンを動かしてゆく。ブチブチと何かをちぎる感触がする度にあいつは激しく動いた。
3分間かけてくり抜いた右眼は、生暖かくてぬるぬるしていて、グロテスクで、とても食べられるような見た目ではなかった。
「ごめん、返すわ」
あなたはそう言って手に持っていた右眼を空の右目にすっぽりと収めた。
「うーん、どうしたものか⋯⋯」
あなたは困っていた。良いものを食べて生きている人間はもっと美味しいと思っていたからだ。
「あ、そうだ! そういえばやりたいことがあったんだ!」
先ほどのナイフをあいつの指の付け根にあて、そのまま力を込める。
申し訳程度の力で刃は骨まで到達し、行き止まった。
あなたはそのまま刃を指先の方に向け、シュッと動かした。すると見事に肉が剥がれ、真っ白い綺麗な骨が見えた。
上側だけ肉を剥がれて骨が露になったあいつの指を見てあなたは言った。
「そのまま曲げてみて」
言われた通りあいつは指を曲げようとしたが、ビクッと指を震わせたかと思うとすぐにやめてしまった。
「曲げろよ」
涙を流しながら必死に首を横に振るあいつ。痛いのだろう。全身が痛いはずだが、新しいところほどよく痛むようだ。
「曲げろ」
あいつに額にナイフの先端を刺し、低い声で言った。あいつは一瞬怯えた顔をしたあと、強く目を瞑り、人差し指に力を込めた。
クッ
そんな効果音が似合うような動きだった。
特になんということもなく、普通に肉の削がれた指が曲がっただけのことだった。曲げた時に少しだけ肉から血が溢れたが、それだけだった。
「つまんね」
あなたは不満げな表情であいつの顔を見た。あいつは下を向いている。
「とりあえず削いでみよう」
人差し指に残っている肉を全て削ぎ落とすと、人差し指だけ真っ白な骨の右手が完成した。実にシュールな画だった。
「あとはどうしようかねぇ」
コーヒーを飲みながら10分ほど考え、あなたは閃いた。
「そうだ、上からスパッといっちゃおう!」
あなたはあいつの額のちょうど真ん中にナイフを入れ、そのまま力を入れてゆっくりと下へ動かした。
ゴリゴリと音を鳴らす鼻筋。簡単にパックリと割れる唇。鼻より少し肉のある顎。
綺麗な赤の1本線が描かれていく。
抵抗のない首。硬い肋骨。柔らかい腹。ヘソで一旦真ん中を合わせて、さらに下へと走らせる。
少し張った下腹部、元々割れているアソコにも容赦なく刃を入れていく。
それから数十分後に、あいつは動かなくなった。
最後の最後まで必死に動いていた。死にたくなかったのだろう。
「せっかくだからモツもいただいてみますか」
あなたは先ほど付けた傷をなぞり、あいつの腹を開いた。あなたが1番好きな内臓はハツ。つまり心臓だ。
しかし、心臓はかなり奥ばったところにあったため、手首まで汚したくなかったあなたは他のモツを食べることにした。
「牛だったらやっぱり腸か⋯⋯」
そう思ったあなたはおもむろに下腹部を探った。そして、異物を見つけた。
手のひらより2まわりも3まわりも小さな、生き物のようななにかだった。
「よし、これを竜田揚げにしよう」
先ほどまではあなたは自分で味付けして食べていたが、結局市販のものでやったほうが間違いないということに落ち着いたのだ。
揚げている間に金品を漁ろうと、あいつの服に手を伸ばした。上着のポケットに手を入れると、あなたの手に硬いものが当たった。
「スマホか⋯⋯どれどれ」
ロックはかかっていなかった。バカだからそもそも機能を知らないという可能性もある。
「ん? なんだこれ」
メッセージアプリのある人物とのやり取りが気になった。取締役の井上だ。井上の『OKです』というメッセージが未読になっている。
あなたはトーク画面を開いて少し遡って見てみることにした。
『取引先の関係で会社の経営が危なくなりました』
井上があいつにこんなメッセージを送っていた。なんという大雑把な説明だ。
ただ、この内容はあなたには覚えがなかった。経営が危うくなったことなど1度もなかったはずだ、と思いながら下にスクロールをする。
『社長が必死で会社の信用を取り戻そうとしています。あなたはすぐに○○○へ向かってください。長くなりそうなので向こうで適当に決めてそっちに住んでください。社長はずっと忙しいので、私がOKするまでは連絡を絶ってください』
あなたは驚愕した。なんだこれは。こんな話は知らないぞ、と独りで何度も呟いた。
『絶ってってなんですか?』
あいつの返信だ。バカだから仕方がない。
『連絡しないでね、連絡されても無視してねってことです』
自分に断りもなく勝手に決めている井上にあなたは不信感を覚えた。このやり取りがあった日付は、あいつが失踪する前日のものだった。
『OKです』
最新のメッセージだ。ちょうどあなたがあいつに電話をかけた数分前だった。
あなたは考えた。
いいや、考えなくても分かる。あいつは無実だったのだ。あいつがバカだったばかりに井上に利用されてしまったのだ。おそらく金や書類を盗んだのも井上だろう。
あなたは泣いた。
無実のあいつを犯人だと決めつけた挙句、こんなにも無惨に殺してしまったからだ。あいつに対する罪の意識と、自分の情けなさに涙したのだ。
あなたは自殺を考えた。それ以外道はなかった。
あなたは最期にあいつとの過去の記憶をなぞろうと、自分とのトーク画面を開いた。
最後のメッセージはあなたの送った『あいよ』だった。他の社員とここまで気軽に話したことはなかったが、あいつにだけは気を許せた。正真正銘の親友だったのだ。
ふと画面の下の方を見てみると、打ちかけの文章があった。あなたに送信しようとしている途中に電話がかかってきたのだろうか。
『やっとOK出たね! 今からそっち戻るから! 待っててね! あー、久しぶりだなぁ! 楽しみだなぁ! 実はサプライズがあるんだぁ。あっちで良い人と出会ってね、今私のお腹には⋯⋯へへ、やっぱりこれは会っ』
嬉しそうな彼女の文章にあなたは心を痛めた。
「あたし、本当になんてことを⋯⋯」
井上に復讐する気力もなかったあなたは、あいつを縛っていたロープを解き、近くにあった木に引っかけた。
そしてあなたは、2度目の首吊りをした。
あなたが意識を失う頃、赤ん坊の竜田揚げは「ジュッ」という音を立てて大きく弾けた。
ちなみに今作は二人称小説ではなく、「あなた」という名前の主人公と、「あいつ」という名前の女性の話である。