夜宵さんのストーカーも楽じゃない
夜宵さんが惣菜コーナーで品出しをしている。
美味しさ自慢の店内製造マカロニサラダは、先月から彼女が担当だ。
「おい、ねえちゃん! さっき買ったサラダ、卵の殻入ってたぞ!」
「えっ!? あ、あ、申し訳ありません!!」
お年を召した白髪の御老体が、事もあろうに夜宵さんのマカロニサラダにいちゃもんをつけている。実に由々しき問題。
俺はすかさず助太刀に馳せ参じた。
「どうしましたか?」
「あ、店長……。マカロニサラダに殻が。お客様がお詫びに下着を見せろと……」
小声で夜宵さんが俺にヘルプを求める。
下着だと? これだからクレーマーは油断ならん!
が! 私に掛かれば白髪の変態など、赤子の手をねじ切るよりもはるかに容易い……!!
「お客様、この度は大変失礼を致しました。お詫びに私の下着を御披露致しますので、どうか御容赦を」
「お前の下着なんぞ見たくないわ!!」
「いいえお客様。今日の私の下着はこちらの夜宵さんの下着と全く同一の物で御座います。つまり、私の下着でも差し支えないと言う訳で御座います」
サッとズボンを下げてオレンジのプリティパンティーをお披露目すると、悪しき御老体は拳を握り締めわなわなと震え、そして歯を噛みしめて無言で去って行った。明らかに怒っている態度ではあったが、こちらに落ち度は無い。完璧なる対応だ。
「店長……」
「大丈夫だったかい? 変な事されなかった?」
夜宵さんが心配そうな目で俺を見る。夜宵さんにそのような顔は似つかわしくない。やはり夜宵さんは笑顔が一番なのだから。
「──どうして私の下着をご存知で?」
「…………」
どうして、と言われると返答に困る。
何故困る、と聞かれると善悪に関わるからとしか言い様がない。
「うん、と……あの……」
夜宵さんの下着を身に着ける事は善なる行為だが、下着泥棒と住居侵入、そして窓ガラスと防犯カメラの器物損壊は現在の法律では悪だ。
「偶然、君が下着を買う所を見てしまってね。私も同じ物を買ってみようかと……ハハ」
「そうでしたか、てっきり店長が私の部屋から盗んだのかと思いました。疑ってすみません」
夜宵さんは素直な人だ。そして『超エキサイティン!!』が付くほどに純粋な人だ。
夜宵さんの下着を保持する事は善なる行為だが、純粋な夜宵さんに嘘をつく行為は悪なる行為だ。宜しくは無い。
「夜宵さん、今日はもう時間だから上がっても大丈夫です。余っているマカロニサラダ、持ち帰ってどうぞ」
「いつもすみません店長。ありがとうございます」
少し落ち込んだ感じの夜宵さんが、とぼとぼと歩いてゆく。クレームは仕方ないとして、彼女には早く元気を取り戻して貰いたい。
「お先失礼します」
夜宵さんは、スーパーの他に家庭教師のアルバイトをしている。海外留学をするための費用を稼いでいるのだ。実に健気で愛おしい。
「お疲れさまです」
笑顔で手を振り、夜宵さんが見えなくなると、私もバックヤードへ足を向けた。
「こんばんはー。家庭教師のDRYです」
「はーいはいはい」
ドアを開け、先生を中へと促す。
家庭教師姿の先生は、とてもビューティフルでトレビアンでイタリアーナだ。
「鹿埜さん、こんばんは♪」
「こんばんはです。先生、今日も宜しくお願い致します」
先生と密着するため、勉強机は極めて小さい物にした。大学受験の名目で先生と隣同士、マンツーマンで勉強を教わる。週二回の天国だ。
「鹿埜さん、マカロニサラダがあるんですが食べませんか?」
「いいんですか? 頂きます」
バッグから小さなタッパーが二つ。俺のと先生のだ。
「もしかしたら卵の殻が入っているかもしれないから、ゆっくり噛んでね」
「殻でも甲羅でも噛み切ってみせますよ!」
先生の作ったマカロニサラダならミシュランガイド☆三つも余裕さ!
「先生この後ジムだから、今日は19時までね」
「宜しくお願いします」
先生は健康のためにジムに通っている。俺も見習わなくては。
「オーナー、あちらのランニングマシンに不具合が」
「む、失礼があってはいけない。すぐにプラチナ会員用のコースへ御案内して」
若い女性の会員をプラチナ会員用のプールへ案内させる。彼女が入ったプールの水を有効活用する方法は無いだろうか……ダムか。
「オーナー、あちらのお爺さんのランニングマシンも……」
「む? 放っておけ。今はダムの造り方で忙しい」
「は、はぁ……」
夜宵さんが留学する土地の一角を買い占めた。
これであっちでもファミリーでいられるね。
「今日からホームステイ宜しくお願いします。ミスター」
「nice to meet you too」
まったく、夜宵さんのストーカーも楽じゃないぜ。