20.トニー=ダウナー中将 5
旧ヴィサス区、この地は決して友好的ではないが。誠実な対応をする者が多い。軍の規律は保たれ、気分次第で捕虜に暴力を振るう輩はいない。食事や飲み物は良いとは言えないが、必要な量と栄養価が採れた。また、休息も決まり通りに与えられる。
制限はあるが、ある程度の余暇や自分の時間を過ごすことも許されている。その中でも本を読むことには制限がなかった。下位の寄せ集めの隊員は文字が読めず、学がない者が多い。
アクア国の根本は階級制度でできており、最前線に立たされる兵は貧しい階級の者で構成されている。
しかし、その者達が自国語で書かれた本を読み始め……。さらに、スノウ語、サン語、インフィニタの公用語の本へと手を伸ばす者も現れた。
「どういうことだ?」
いくら暇を持て余す身とはいえ、積極的に勉学に励む奴らではない。気のいい奴らだが、ややこしいことや難しいことは忌み嫌いがちだった。
トニーの問いに、ニバリは軽く肩を持ち上げて見せた。隊員のことは下位の1人まで把握しているのがこの男だった。
「チビの影響みたいですよ」
痩せこけた紅髪の少年、トニーの世話係としてやって来たが。今や他の隊員達によく可愛がられている。彼の一回り以上も年上の捕虜が、その少年に敬意を示している。
「アイツが何か吹き込んでいるのか?」
「……いや……アイツが何かしてるというより……他の何人かが学ぶことの楽しさを知った……って感じで……それが伝染してると言う方が正しいかもです」
トニーは黙りこくる。
目を輝かせて本を読む若い男達。彼らは貧しくて学校に通えなかった者達だ。簡単な文字しか読めないことを恥ずかしく思い、さらにそこから遠ざかっていた者達だ。軍の教育にも反抗的だった。
「確かに、あんなチビが数カ国語を簡単に話すことに影響はされたかもしれませんが……」
ニバリはそう説明しつつ、それだけではない異様な恐怖も感じていた。
「どうした?本を読むだけでは済まなそうか?」
ニバリは言いにくそうに口を開く。
「何人かが、この地に残りたがっています……」
「なんだと!?」
「この地に情が湧いたのかもしれません」
トニーはこめかみに手を当てた。インフィニタに取り込まれている……。思想を埋め込まれているに違いない……。
「実は……先日、ある部下がこんな図を地面に書いていました……」
そう言うと、ニバリは石で土の地面を削り、絵文字と数字の羅列をさらさらと書き上げた。
それを2人で眺めると、一見、単なる落書きにも見える。しかし、その意味を頭にある知識で当てはめると……それは公式だということが予想された。
「これを作業の合間に書いていたのは、トンボです」
「なんだと!?」
トニーは驚きのあまり、ニバリの肩を掴んだ。文字さえも読めず、頭の回転が遅く、使えないと他の部隊から追い出されたのを引き取った男だ。その評価は、引き取った後も変わらず、気はいい奴だが行動も遅く使いづらい部下である。
「閣下はすぐに気付かれましたね……私はしばらく落書きだと思っていました」
「掘削の作業時間を計算していたんだな?」
「そのようです。遊びでやっていました」
「自分で考え出したのか?本の知識か?」
「チビに習ったと言っていました……」
「………」
トニーは唇をグッと噛み締めた。この公式に気付くのはアカデミークラスの人材だ。それを無学の男に理解させ、応用レベルまで使わせるのは不可能に違い。あり得ない話だ。
「トンボにどうやって教わったかを聞きました……実にシンプルでわかりやすく……それと共に恐ろしくなりました……並の人間では思いつかない……」
ニバリはトニーの様子を伺いながら、遠慮がちに説明を付け足した。我が軍が内部から攻撃を受けているような気持ちになってきた。
「難しいことを難しく説明するのは容易だ。難しいことを簡易に説明するのは困難だな……」
トニーは苦笑いを浮かべる。小汚い小賢しい子供に過ぎないと甘く見積もっていたが……実はインフィニタの策略の実行犯なのかもしれない……。目に映る絵文字混ざりの公式が気味悪く感じる。
つまり、報告が本当ならば、あの少年は我々と同等、いやそれ以上の頭を持っていると言うことになる。
「チビに警戒を悟られないよう、俺のところに連れて来い。監視兵の視線にも気をつけろ」
「閣下……チビを始末するつもりですか?」
はぁ?
あまりの部下の早急さに、トニーは呆れ返った。それほどまでに、ニバリはあのチビを警戒しているということだろうが……。
「アイツに俺達をここに呼んだ理由を聞かないとな」
「え?我々をここに連れて来たのは、この地の将軍ですよ?」
トニーはそれに苦笑いを浮かべる。
確かに、そうだ。
「そうだな……しかし、俺はアイツが絡んでいるような気がしてならない」
「……あいつは頭はいい奴ですが……軍人ではないでしょ」
ニバリは遠くで笑って話している少年に目をやった。相変わらず小汚い、真っ黒な子供だ。あのか細い手で目の前の大男を殺めるなど想像もつかない。
「……あのチビはアイツらに影響を及ぼしてる。それは並の人間ではできないよな?相手は俺の精鋭だぞ?」
ニバリは口をパクパクさせた。
確かに、トニーの統率力は素晴らしい。そのコントロール力は定評があり、隊員はトニーの為なら心を一つにするのも容易だ。それは長い月日で培った信頼と絆だ。
「……チビを後ほど連れて参ります……」
ニバリは得体のしれない不安感に押しつぶされそうな気持ちだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
トニーさんの話が続きます。
あともうちょっと、かな?と思いますが。
宜しくお願いします!!




