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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第4章 天陽の冥暗
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18.トニー=ダウナー中将 3

 ウンブラは捕虜の収容所を後にし、ヴィサス区に戻った。この地にアクア軍の捕虜を入れることに反対した1人だが、主力が感情面ではなく、実利の方を取った。それも、それなりに機動力のある、頭がいい指揮官の部隊を選んだ。


 トニー=ダウナー、予想よりもずっと優れたリーダーだった。本人は中尉だと言っていたが、アクア国からの照会では中佐となっている。本人が嘘を言っているのか、アクア軍が帰国を早めるために階級を無理に上げたのか……。


 情報屋のルーカスの調べでは、裕福な新興企業の一族にその名を記し、士官学校では常に主席だったと言う。能力も品位も備えた者であることは、会ってすぐにわかった。


 しかし、アクア軍がトニーを早く戻したがっているのは、逸材というだけではない気がした。インフィニタ軍の記録にはトニー=ダウナーの名前が記されている。


 アウロラに潜入し、調査を行っていたところを拘束された記録だ。それも間隔をあけて、3回。最初は保有資源を調べていたのかと思ったが、資源ではない森の奥の何かを調べていることがわかった。しかし、その真の目的は明かされなかった。


 その度、コンサス家が介入し、国外退去処分で済ませている。明らかにアクア軍の指令で動いている男を還すなど、アウロラは黙っていなかったが。世はアルデナの天下だった。


「トニー=ダウナー、アイツはここに来てはいけない男ではないか?」


 ウンブラは椅子に体をだらんと預け、その足を机の上に預けている。


「そうかもね。将来のアクア軍の司令官になる人かも」


 紅い髪の少年は、深緑の瞳で見つめ返した。


 ラウダ=グロリア、ヴィサスのゼロの主力である。


 廃墟の神殿は綺麗に片付けられ、簡易な建物が建築された。その中の一室に主力の執務室が造られ、側近達の部屋も用意された。地下には最新鋭の施設があるが、その存在を知る者は少ない。


 若き主力の部屋は粗末な造りだが、アウロラから送られたウォルナットで造られた執務机だけは、明らかに高級すぎて浮いた存在になっている。本革の椅子に座りながら、ラウダはウンブラの報告を聞きつつ、書類を片付けている。


「あんま働かねえが、ボンクラの隊にしとけば不安要素は少なかった。アクアからの物言いもなかっただろうに……」


 ウンブラは面倒臭そうにタバコを吹かした。ラウダは苦笑いを浮かべた。


「トニー=ダウナーに会ってみたかったんだ。いずれは帰さざるおえない男だろ?将来の司令官に会っといて損はない」


「高尚なことだな……寝首をかかれるかも知れんぞ?それに、ヴィサスの存在、情報があっちに流れる」


 アクアにはヴィサス族を恐れる者がいる。知の民族として、警戒しているのだ。その結果が今の廃墟である。


「既に向こうに知られてるだろ、ドゥーリ区のブスクラ家が情報を売ってしまってるさ」


 あっけらかんと話す主力に、今度はウンブラが苦い顔をする。


()()()()()には生きて働いて貰わないと割が合わない。頼むぞ?」


「大丈夫だよ。簡単にはやられない……それに、彼からアクアを知れるかもしれないだろ」


 まさか、ウンブラは大きくかぶりを振る。相手は職業軍人だ、こちらに易々と与みするとは思えない。この若き主力はまだまだ未熟だ。


「尋問したって吐かないぞ、あいつは」


 ラウダは書類を処理する手を止めると、顔を上げた。頭を少し傾げている。


「だろうな、信念がある人っぽいしね」


 そして、サラサラと署名をすると、さらに続けた。


「彼らが到着するのは明日だよね?」


「ああ、準備はできてる。簡易な収容所を造った。アウロラから借り受けてる兵と俺で見張る予定だ」


「整地作業に民間人も投入するんだったな?」


「あぁ、金で作業員を雇った。新しくヴィサスの民になった者も含まれている」


 へぇーそうなんだ、と呟くと。紅髪の主力はニッコリと微笑んだ。ウンブラはその笑顔に嫌な予感が走った……。


「確か、貧しい民が出稼ぎにも来てるよね?」


「………」


「彼らと捕虜との仲介役になってくれる一般人が必要かもしれないね?なにせ、アクアの捕虜に友好的な国民は皆無だし、なにせこの土地の歴史もあるし」


 ウンブラは手で制する。


「だから捕虜に働かせるのは反対だったんだ………。俺の隊でアイツらと民に接点がないようにするから心配ない」


 ラウダはペンを机に置くと、ダイヤ型に手を合わせた。


「下働きの男を用意した。その男をトニー=ダウナーに付かせけて。よろしく」


「はぁ?」


 ウンブラはあり得ない、とタバコを灰皿に投げ戻した。そんな面倒なことは勘弁だ。さっさと作業を終わらせ、この地から早々に追い出さなければならない。


 交流するつもりなどない!アイツらを怒れる民が攻撃しないか見張るのでさえ厄介だというのに……。


「わかった?これは命令だから」


 ラウダは深緑の瞳でウンブラを見つめる。その表情はどこか悪戯っぽく感じる。


「すげー面倒臭い。ピーノは知ってるのか?」


「言うわけないだろ」


「即答かよ」


 ウンブラは大きなため息をついた。さらに面倒くさレベルが上がった。


 まだあどけない主力の笑顔の奥底に、意地悪さを感じるのは自分だけだろうか?


「ヴィサス区の再興が優先だよな?」


 それにラウダは大きく頷く。


「当たり前だ」


 ウンブラは渋々だが受け入れるしかない。あくまで主力が自分の主人だ。そして、このヴィサスの主力は見た目よりずっと賢い。


「その下働きの男に伝えてくれ、トニー=ダウナーに飲み込まれるなと」


「ああ、伝えておくよ」


 ヴィサスの主力はニッコリと微笑んだ。





 


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