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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第4章 天陽の冥暗
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17.トニー=ダウナー中将 2

「ラウダ=グロリア………聞いたことがない名前だな?」


 中将クラスになれば、パプチの情報ならある程度は得ている。将軍と言えば、エクセン=コンサス、イエロズ=サラストス、ガンジス=ミルスキは有名どころ。他にも数人知っているが、ラウダなどという名前は全く持って初めてだ。


「ある程度の実力者の情報なら、諜報部が得ているはずです。新人でしょうか?」


「まさか、新人がいきなり将軍などあり得ないだろ!」


「では、名家のご子息とか?」


 それにもトニーは頭を振る。


「グロリア……聞きなれないラストネームだ。庶民の出だろうか?」


「確かに、そういう人物、他に1人いましたね。チェリと言ったでしょうか?」


「ああ、そうだ」


 トニーはぐるぐると考える。そして、お手上げだと気づいた。


「我々が作戦についた時点では、得られていなかった情報だろう。考えても無駄だな。本人に会ってみるしかない」


「普段は中央部というところにいるらしいですよ。会えるかどうか……」


 トニーは軽く息をついた。あくまで自分達は捕虜、将軍級に御目通りできるはずもない。


「とりあえず、監視官に伝えよう。パプチにとって、我々は交渉材料だから、すんなりとこっちの言い分を聞くとは思えないが……」


 ニバリはそれに同意する。そもそも交渉できる立場にない。監視官も上からの命令に従うだけだろう……。


 ガヤガヤガヤガヤ……。


 テントの外から騒がしい男達の声が聞こえてくる。トニーは入口に目を向けた。もう、労役の時間は終わっている。食事をし、多くのものは体を休める時間だ。たまに、故郷を懐かしんで歌を歌ったり、語り合ったりすることもあるが……。


 そんな穏やかなものではない。部下達が何かに不快感を感じているような声である。


「ニバリ、外で何かあったようだな」


「……監視役とのいざこざでなければ良いのですが……様子を見てきます」


「いや、私も行こう。いざこざならば、私が行くべきだ」


 ニバリは先にテントの外へと動く。


 さっきまでは和気藹々と食事をしていたはずだ。隊の特徴は上に立つ者の性格をよく表すものだ。我が隊は仲も良く、品行を心得えている。何か思いがけないことがあったに違いない。


 天幕に手をかけた瞬間、外から声をかけられた。


「閣下、監視官が来られました」


 ヒロウの声だ。ニバリに続く、トニーの部下である。


 ニバリは天幕を開ける手を咄嗟に止めた。監視役は常駐しているが、監視官が収容所に来ることは稀であった。何か特別な話でもあるのかも知れない。


 捕虜の交換の件?


 ニバリとトニーは視線を合わせた。


「わかった。中に入って頂け」


 トニーはこちらに戻れ、とニバリに視線を送る。そそくさとニバリがトニーの傍らに戻ると、ゆっくりと天幕が開けられた。


 軽く身を屈め、長身の男が入ってきた。黒い前髪が垂れ、間から見えたエメラルドの瞳がバチリとトニーを捕らえた。


 この男が新しい監視官か……。


 前任者とは醸し出す空気の格差があり過ぎる。肌感から、かなりの実力者だと感じる。


「初めまして。私がこの隊の責任者トニー=ダウナーです。貴方は……」


「ウンブラ=ソルコウだ」


 男は高貴な身なりとは裏腹に、実に素気ない。


「先程、我々の労役地が移転されると発表がありました……」


 後ろに控えるヒロウが控えめに報告する。


 トニーとニバリは目で確認し合う。


 ここでの作業はまだまだ残っている。それなのに移動させられるとは、何らかの思惑があるに違いない。それを不安に思った隊員が動揺したのだろう。


「それはどういう……」


 トニーが質問を投げかけようとすると、ウンブラは手で制した。


「とりあえず、互いに座ろう。立ち話をするつもりか?」


 トニーは苦々しい表情を浮かべた。互いに同等の立場ではない、こちらは捕らえられた身であった。自席をウンブラに譲り、後ろで控えていた従者にはその次を薦めた。ウンブラ達は末席に座った。


「まず、トニー=ダウナーには母国に帰ってもらう。それに伴い、フランシス=ニバリに責任者についてもらう。そして、この隊は北上に移動し、その地で土地の整備事業について貰う」


 ウンブラは淡々と連絡事項を伝えた。最後まで聴き終えると、トニーの眉は引き上げられる。


「私はここに残ります。下位の者達を還してください」


 今度はウンブラの眉が僅かに動いた。ここまで担当する隊を回ったが、異論をいう者はいなかった。むしろ、安堵と感謝で迎えられた。


「トニー=ダウナー、国に帰れるのだぞ?その身分の()()()で。なぜに残りたがる」


 他の隊の責任者はこぞって帰還の準備を始めている。ウンブラはその姿を苦々しく見守った。


「私は中尉ですが、それは部下を率い、守るための権限です。()()()()()真っ先に逃げる権限を表すものではない」


 トニーは顔を真っ赤にする。無礼だと切り捨てられても構わない。これは自分の信念であるし、誇りでもある。


 ウンブラは口をポカンと開けた。そして、ニヤリと微笑む。ラウダの自分への指示の意味がやっとわかった気がした。


「そこまで言うなら、望み通りにしてやろう。お前を帰さず、1番下位の者から5名還すことにしよう」


 そして、腕組みをすると、挑むように目の前の男を見た。


「作業員が減るな?その穴を埋めるには、お前達も残った者と移動し、自らが整地作業に従事せねばならないぞ?」


 ニバリが立ち上がろうしたが、それをトニーが制した。


 そして、静かに応える。


「構わない」


 強い視線で抗議するニバリに「控えよ」と目でもう一度、制する。ニバリにとって、上官を部下と同じように扱われるのが気に食わなかった。


 そのやりとりを見守りながら、ウンブラは目の前の男を改めて見た。


 この隊は他の隊に比べ、問題児達と見做されていた。前任者からは、反抗的で融通が利かず、扱いにくい集団だと報告を受けている。そらゆえに、どこの区からも引き取り手がなかった。


『ヴィサス区で引き取る』


 黙って聞いていた0番の主力は、自分の領地整備にこの隊を引き受けた。イエロズとフォルテが止めたが、ラウダは大丈夫だ、と答えただけだった。


 ラウダは監視官にウンブラを命じ、『もし、トニー=ダウナーが残ると言うなら好きにさせろ』とだけ言った。


 たかが捕虜の監視官に主力の右席を命じるなど、馬鹿なことをしていると他区の上官は嘲笑っていたが……。


 今、ウンブラは自らが仕える主力を誇らしく感じている。


 全てお見通しだったのだ。


「北に行くのならば、その前に少し兵を休ませたい。せめて、疲労が溜まっている者達だけでも……代わりに私やニバリ達が作業に従事する」


 これが、か……。


 ウンブラは薄っすらと笑みを浮かべた。融通が利かない、要求が激しいというのは……。


「好きにしろ。ここでの作業はあと2日だ。4日後にここを発つ、指示された作業が完了していれば問題ない」


 ウンブラの言葉に、ニバリは目を見張っていた。このような要求をして、顔面を殴られたことがあった……。この新しい監視官はとても話がわかる人だが……。


 何か裏に隠された思惑でもあるのではないか?


「我々を生意気だと踏みつけないのですか?この隊を反抗的だと思わないのですか?」


「ニバリ!失礼だぞ、控えろ」


 トニーは鋭い視線を飛ばす。これは部下を守る行動である。制裁を受けるのなら、自分だけで十分だ。


 フフッ、と監視官は息を漏らした。


「はぁ?わかってんじゃねぇか、どう思われてるか……面白え」


 ウンブラはニヤニヤと笑っている。


 そのくだけた態度にトニーは警戒した。この男も他のパプチの兵士のように自分達を家畜のように見下すのだろうか?


 フーッ


 ウンブラは軽く息を吐くと、姿勢を正した。


「ウチのトップは変わった人で、お前達は優れた部隊だと1人だけ言ってたんだぜ?」


「え?」


「お前達の要求は的を得ていると言ってたぞ」


 ニバリとトニーとヒロウは互いに顔を見合わせた。全く予想にもしなかった答えが返ってきたからだ。


「……しかし、我々は反抗的だと前の監視官から制裁を受けていたが……」


「あ?アイツか……アイツらは俺らとは違う部分が多いからな……とくに、お前達の母国に多くの民が殺された者達だ。従順に従わないことに我慢がならなかったのだろう」


「……そうですね……」


 ニバリは苦々しく思う。多くのパプチの民を手にかけてきた。それは紛れもない事実である。この地で拘束される前はその事実を数でしか思わなかったが、この地の民と接触するにつれ、それは人の命であったと実感している。とても陽気で優しい人達が多かったのだ。


「俺は半信半疑だったが、数日、見回って理解した。お前達の隊ほど結束し、互いに支え合っている集団は他になかった。力がある者とそうでない者、互いに補っている」


 トニーは静かに頷く。この隊で大きな故障者が出ないのは、各グループ長が状況をちゃんと見て行動しているからだ。


「そして、この隊ほど納期をキッチリと守り、成果物が綺麗な隊もなかった。多くの隊は媚び諂うが、真の意味で我々に応えたわけではない」


 つまり、大した成果物は出さなかったと言うことだ。もちろん、敵のインフラを整えることなど、彼らにとっては避けるべきだろう。敵の国力を上げる行為に繋がるわけだから……。


「あとは……お前達の国にある階級制度が、この隊の中には感じられないことだろうか。現に他の隊では上流階級に属する者は下のものを虐げていた。同じ仲間であるにも関わらず」


 トニーは苦々しい表情を浮かべた。


 アクア国に蔓延る社会的階級、それは国を蝕んでいる。それを敵国に指摘されるのは痛々しく感じた。自分は叩き上げの高官だが、他の部隊の高官は上流階級の子息だ。多くは実戦を知らず、士官学校を卒業し、机の上だけで仕事をしてきた。


 今回のパプチ侵攻は簡単に終わると思い、こぞって出てきたに過ぎない……。高級な毛布で寝ていた彼らにとって、この過酷な状況からいち早く逃げられるなら、真っ先に出て行くことだろう……。


「……つまり、今回の捕虜の交換は、上流階級の高官の引き揚げが目的だと?」


「そうだろうな、こちらとしても多くの捕虜を返してもらえるし、受けたのだろう」


 トニーの脳裏に他の隊に残される兵士の姿が浮かんだ。多くが貧しい地区出身の者達だ。一番過酷で危険な任務に就いた者達でもある……。


「新しい労役地での作業は厳しいものになる。お前はそれでもいいんだな?」


 ウンブラはもう一度、トニーに確認する。


「構わない」


 トニーは隊から離れる気はなかった。


「いいだろう」


 ウンブラは腕組みをする。


 実に惜しいと思った。トニー=ダウナー、この男は優れた司令官になる男だ。捕虜で一生を終えるべき男ではない。敵国の中尉であることが残念だ。


 そして、ラウダがなぜ、この隊をヴィサスに連れて行くのかがわかった。


 急がれる領地の復旧には優れた部隊が必要だ。それも、統制がとれた、賢い上官がいれば文句はない。勿論、それゆえに危険もはらむが……。


 少なくとも、約束を守れる、信念を持った者達であれば不安は少なくもなるだろう。


 批判的な報告書の事実のみに着目し、その真意と可能性を見極める。


 大したもんだよ、ウチの主力は……。


 ウンブラは嬉しそうに微笑んだ。


 ラウダがウンブラをこの地に送ったのは、ウンブラならそのことにいち早く気づき。万が一、見当はずれだった場合も、正しく対処すると信頼してのものだった。


 つまり、この地に右席を派遣することは必要なことだった。決して、簡単な仕事ではなかったのだ。


 自らの領地に敵国の兵を入れるわけだから……。


 


 



いつも読んで頂きありがとうございます。

筆者は体調を崩しておりました。

まだ完全ではないですが。

ぼちぼちと更新できればと思ってます。


気長にお付き合い頂けたら幸いです。

皆様もお身体をお大事にお過ごしください。

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