12.繋がる縁
パジオン帝は、皇帝の離宮にロナウド=ロイドのための施設を用意していた。そこには研究室、庭園、温室、プールなど十分なファシリティも整備されている。建物周辺は高い分厚い壁に囲まれており、中を覗き見ることも容易ではない。
帝の離宮のため、そもそもの警備は厳重だが、さらに配備する警備兵の身分を厳選し、いわば帝の息のかかった者で固めた。
帝は側近すら完全には信頼しておらず、自らの家族ならば尚更信じられなかった。自らの親族と妃の親族の陰謀で、愛する女性を失ったいう不幸な過去が帝を孤独にしている。
この施設に案内された2人は、帝のロナウドへの思いの深さを重く感じ、恐怖で震えたのは無理もない。それほど邸宅の中と外では大きな差があったのだ。
また、側近達がロナウド=ロイドを色眼鏡で見ることも同じく、仕方がないことに思えた。一介の学者に用意する待遇とは思えない。この邸宅はロナウドというよりも、失ったとされる恋人に向けたもののようにも思える……。
が、しかし、ここを与えようと思わせるロナウドは、帝の何かをガッチリと掴んでいるのは確か。
「マリオ、これってさ。完全に守られてるけどさ……俺らも出れないんじゃない?」
「そこらへんは上手くやってくれるらしいぞ。心配するな」
邸宅の外には護衛兵もいるが。外には暗殺者、間者達が息を潜め、この中をうかがっている。見方によれば、袋のネズミではないか……。
謁見後、早々と旅立とうとしたが、ここに連れてこられ。豪華でガッツリと守られた邸宅にレオナルドとマリオは閉じ込められている。
目の前のテーブルには、確かにパスポートが置かれており。レオナルドとマリオの偽名が記されている。身分はサン国の外交官扱いである。
「俺はそんなに変装はいらないが。お前は髪と瞳の色は変えた方がいいだろう」
マリオは慣れた様子でパスポートを懐に入れると、自身の荷物を解き、別のカバンに移し始めた。衣装や身の回りのものは既に用意されている。この国の外交官が普段使うような物だ。適度に機能性に優れ、ちょうどいい品質、国の格を保つくらいのもの。
「髪染めて、カラーコンタクト入れるの好きじゃないんだよな……」
レオナルドはため息をつきながら、カラー剤を手にした。何色も並ぶ中で、茶色を選んだ。レンズは黒を選択する。
「いい選択だ。色の相性がいいのと、この国でもあっちでも目立たない色だろう」
マリオはレオナルドの選択に頷くと、太い黒縁眼鏡をかけた。用意された仕立ての良いシャツに袖を通す。元々はこの国の血を引く者。このまま出て行っても、スノウ国から来た者だと気付かれないだろう。
「お前も兄貴も目立つからな。特に、この国では兄は有名人だし、あっちではお前はお尋ね者だからな」
「お尋ね者って……俺は何もしてないぞ」
マリオは面白そうに笑う。
本当にわかっていないのだろうか?あの国の大いなる秘密に手を出したというのに……。今までは大したことをしなかったとしても、これから先はやらかす事になるのは目に見えている。
コンコンコン
「宜しいですか?」
外から声をかけられて、レオナルドとマリオは顔を見合わせた。髪を染める男はマズイと顔を硬らせる。
「はい?なんでしょう?」
マリオが返答すると、その声の主は要件を述べた。
「ロナウド様の代わりの者です」
え?
レオナルドは意味がわからず、マリオに視線をおくったが、マリオは平然としている。誰なのかわかっているようだ。
「……どうぞ」
マリオが躊躇いがちに受けると、ドアが開かれ、2人の男が現れた。
「初めまして、ようこそお越しくださいました」
その声の主は微笑みながら挨拶をした。その姿にレオナルドは息を呑んだ。
「ロナウド!?」
男は頭を軽く振ると、先程とは声色を変え、完璧にレオナルドの声をコピーし、答えた。
「いいえ、私はロナウド様を模した式神です」
微笑むその男はロナウドそのものに見える。レオナルドは思わず口を大きく開いた。
式神だと?
知識としては仕入れていたが、見るのは初めてだった。確か……ヤマト国の人形みたいなものだと聞く。
レオナルドの様子にクスリと笑うと、その式神はマリオに向き直った。
「マリオ様、メッセージを預かってきましたよ」
その一言にマリオは苦笑いをする。相手は大体の予想がつく。できれば、受け取りたくない相手だ。
「もしかして、あの方?」
式神はそれに頷くと、声音を調整し……。
その主の声を真似る。
「マリオ、式神を無理言って手配してあげたよ。あと、パプチに向かう手筈も整えてある。貸しだからね?わかってるよね?新宮、いや、僕かな?僕に借りを作ったんだからね?」
マリオは軽くため息をつく。
新宮の筆頭書記官、久利生の声がガンガンと頭に響いた。銀色の髪と黄色い瞳の男が目の前にいるが如く、気が重くなる。敵に回すと最悪、味方であれば安心だが……非常に面倒……。
「式神を貸してほしいとは言わなかったんだけどな……」
そうだ。ヤマト国が開拓しているパプチへの航路を通らせて欲しいと言っただけだ。
「正確に言いますと、私を送ったのは久利生様ではなく。巫子様です」
式神は淡々と答える。その性質は嘘をつけない。
巫子、という言葉に、レオナルドとマリオは共に驚いた顔になった。
「……つまり、新宮が動くのですね……」
レオナルドが式神に話しかけた。
「さあ、私には難しいことは分かりません。しかし、巫子様がその国を観ていたのは確かです。ご加護が貴方に与えられています」
式神はロナウドのように微笑むが、やはり、本人とは全く違う。人の温かさが感じられない。
ヤマト国には特別区の新宮という場所がある。そこには巫子という神の使いが存在し、独自の統治を行なっている。その力は強大であり、一国を動かすことすらある。
神官と事務官が巫子を支え、ヤマト国だけでなく、周辺国にも影響力を持つ。その新宮がパプチに興味を示すということは、何かがある。
「海上でサン国からヤマト国に移動し、その後はヤマト国の商船でパプチに渡る手筈を整えました」
そう説明するのは、マリオによく似た男だ。サン国の事務官である。
「ルイス、久しぶりだな」
マリオは、式神の傍に立つ男に声をかけた。この男はマリオの縁者だ。
「マリオの代わりを俺が引き受けることになった。昔から、よく似てると言われるからな」
つまり、式神とルイスがこの邸宅で滞在し、その間にレオナルドとマリオがこの国から脱出するということ。
「ありがたい」
レオナルドは頭を下げる。
「どの国もパプチの今の状況に関心を持っているのですよ。特に、統治者の出現の機運がありますからね」
ルイスは淡々と語る。パプチが国として立つかどうか、それは周辺国にとっては重要なことだ。
ここまできて、レオナルドはやっとマリオの言っていたことの真意がわかった。が、しかし、その心境は複雑だ。
停滞していたパプチ、いや、インフィニタが大きく動き始めた。長い間、良くも悪くも停滞期を過ごしていたが、統一の動きと応戦の動きが出てきた。ラウダの存在が表舞台に現れ出したタイミングに合わせたかのように……。
これは偶然ではない。
ラウダがインフィニタを動かし始めたのだ。




