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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第4章 天陽の冥暗
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9.レオナルドの両親

 レオナルドが自宅で休養をしてから1か月が過ぎた。衰弱していた体も元に戻り、今では毎日の鍛錬もこなしている。若さもあるだろうが、主体能力のポテンシャルが元々優れていた。


 もうそろそろ……と思いかけていた頃、タイミング良く家族会議を行うと父が言った。大学の研究室に戻っていた兄も、今日は家に帰って来ている。


 広いリビングのソファに腰掛けながら、4人の家族が集う。兄と父はコーヒー、母はローズティー、レオナルドはココアを飲んでいる。


 誰が口火を切るかと伺っていたが。痺れを切らしたのはレオナルドだった。


「父さん、母さん、何の相談もなく結婚して悪かったよ。だけど、どうしても一緒にいたかった人なんだ。明日にでもその人のもとに行きたい」


 レオナルドは両親に向かって頭を下げる。


 母はあら、まぁ、と口を押さえた。この息子がこんなにも情熱的なこと、我儘をいうのは珍しい。


「レオ、そんなにもその人が好きなのね……私はお前の意思を尊重するわ……」


 なぜだろう?母が自分を異様に気遣う視線を向けている。とてもありがたい言葉を言ってくれているのに、何かが引っかかった。


 しかし、そんな余韻を残す間もなく、次の声が割って入る。


「私は反対だぞ!!」


「あなた!!」


「父さん!」


 父の一言に、母と兄がカブせるように、抗議の意思を示す。


「父さん、僕と事前に話し合ったよね?レオの意思を尊重するって!僕達、家族が味方してあげなかったら、誰が味方するんだよ」


 ロナウドは父に向かって捲し立てる。普段おとなしい兄のいつもでない姿にレオナルドは唖然とした。


「これは違うだろう!フィリアが怒るのも無理はない。国に仕える身で他国でよくもやってくれたな!」


「あなた!一方的すぎます!!レオの話も聞いてやってください!」


「父さん、そうだよ。レオだって1人の人間だよ」


 父はこめかみを抑えながら、吠える妻と長男を見据える。そして、レオナルドを睨みつけた。


「私は内務長官だ。子供だからといって、罪をなかったことにはできないぞ」


 え?と固まる妻と兄。


「何のことですか?」


 レオナルドは身構える。


 父とはいえ、任務に関する話ならば、全力で抵抗しなければならない。


「公文書偽造」


「はい?」


「お前、男性を女性に訂正させ、強引に婚姻届を通したな?スノウ国では同性の結婚を認めてないから、外国で法を破ってまでやったな?」


「え………」


 レオナルドは父が大きな勘違いをしていることに気付いた。ちらり、と兄に目をやる。平然とした様子だ。どうも、こちらも何かかん違いしてないか?


「いや、彼女は女性なんですよ!」


「いいじゃないの!愛は自由よ!相手が男だって、私は息子を尊重するわ!!」


 母が父に向かって身を乗り出す。


「君は黙っていてくれ、今は罪について話しているんだよ。愛ではない」


「そう言いながら、レオが後継者になれなくなるから反対してるんでしょ!この子を犠牲にはできないわ」


「そんなことは言ってないだろ!」


「父さん!レオの代わりに僕が家を継ぐから、良家のお嬢さんと結婚して、ちゃんと子供も作るから、許してあげてよ」


「はぁ?お前は学者バカだろ?ウチは代々、官僚なのだ。お前に宮務めなどできないだろ?」


「ほーら、やっぱり!あなた後継ぎのことで反対してるんじゃない!外国で犯した罪など、こっちに帰ればチャラよ!チャラ!」


「マリア!何てことを言うんだ。罪は罪だぞ」


「父さん、レオは十分償ったよ!帰ってきた時の姿を思い出してよ」


「そうよ!あんなに拷問を受けたんだから、十分じゃない!フィリアもフィリアよ!あなたもそうだけど!身内に厳しすぎなのよ」


「なんだと!責任ある立場の者は、自粛するのは当たり前だろ」 


「別にいいじゃない!好きなんだから!」


 目の前で繰り広げられる家族ドラマに、レオナルドは見入ってしまった。よくわからないが、とんでもない方に話が流れている。


「ちょっと、すまないけど。誤解してるよ、ラウダは男じゃなくて、女なんだ」


 3人は、憐れむ視線を一斉にレオナルドに向ける。


「ふざけるな」  


 まず、父がいっ喝。


「いいのよ……母さんはその気持ちわかってるから」


 母の労りの言葉。


「僕は愛が根深いことを知ってるから」


 兄の理解。


 3人は、口々に反応した。


 少し考え、レオナルドは落ち着くまでもうしばらく様子をみることにした。


「とりあえずだ。そのラウダという少年は、あの国の主家の若君らしいのだ。その当主になる少年を唆し、戸籍を女性に書き換え、自分の妻にしたらしい」


「主家ってなんですの?」


「あの国を治める者らしい。国王というより、皇帝とか?それに近い」


「主家って……各区を治める家のこと!?」


 ロナウドがそれを聞き、青ざめた。なかなかの相手じゃないか。


「父さん、確かにラウダは主家の子供ですが……」


 どこまで詳しく言えばいいのか、悩まれた。


「それもコンサル家と言えば、事実上、あの国のナンバーワンらしいのだ。詳細を調べようと教会に問い合わせたが、早々に戸籍を閉じたという。本人達にしか情報は開示されない」


 明らかに何らかの力が働いたようだ。内務長官の職権を使っても拒まれたわけだから。


「あちらで圧力がかかったのだろう。あちらもかなり怒っているのかもしれない」


 さらに、息つくことなく話し続ける。


「あの国の統治者の息子を唆したとなれば、外交問題になるのは必須だろう。だから、フィリアが怒ったのだ」


 大きな間違いはあるが、大まかなところでは正解かもしれない。レオナルドはそんな気になってきた。大切な娘に手を出したわけだから。


「その子もレオを愛してるんだから、いいじゃない。婚姻は本人達の意思が優先で、自由でしょ。なに?あの国では違うの!?少なくともスノウ国では法で守られる権利よ」


「私は男同士で結婚したことを罪だと言ってないが?戸籍を狂わせたことが罪だと言っているのだ」


 父の指摘に対し、レオナルドは毅然とした姿勢で反論する。


「父上、事情があって男として届出されてましたが、本当は女性だったんです。デタラメの修正をしたわけではないんです。教会は厳格なところですから、女性の職員がちゃんと確認した上で修正したんですよ」


 パタリ、と動きを止める3人。


 確かに教会はしっかりとした組織で、そんな修正をするのなら、事実確認をキッチリと行う。もっともな話だった。


 父と母はロナウドに厳しい視線を向けた。


「ロナウド、レオに確認したと言ってなかったか?」


 え?と兄の動きが止まる。直接本人から聞いた話ではない。あくまで自分の解釈を話したに過ぎない。


「あー、その人の顔を見たんだけど……男に見えたんだよね」


 てへっ、と頭をかく兄。


 レオナルドはどっと疲れを感じた。発信源は、ド天然の兄だったか……。


「なんだ!せっかく、威厳のある当主を見せたかったのに!!」


「えー!もっと理解ある母の役回りやりたかったわ!!」


 何を言い出すかと思えば、なんやら馬鹿げたニオイがする。


「え……なに?」


 レオナルドが困った顔をしていると、両親は丁寧な態度で話しだした。


「どんな相手でも、お前が選んだのなら正解だ。私達は家族として受け入れるつもりだったよ」


 父は和やかに笑いかける。これがいつもの父だ。


「でも、何の相談もなかったから寂しかったのよ」


 母は拗ねたように、レオナルドを見つめる。


「いや、父さん達はそれだけじゃないよね?」


 レオナルドは冷ややかな視線を両親に向けた。


 プッ!と両親は吹き出した。


「わかっちゃった?」


 母は小さく舌を出す。


「せっかくのイベントごとなのに、盛り上がらないともったいないからな!」


 父がニコニコ顔で、そんなことを言ってのけた。


「そうそう!息子の結婚に反対する両親、やってみたかったのよね〜できれば、私が反対する役したかったけど。レオがやらかしたから、父さんにいちおは叱ってもらわなきゃでしょ!」


「偽造やらかしたと思ったんだがなぁ」


 残念そうに呟く父、レオナルドは呆れた視線を向ける。


 そもそも、この両親は息子達のことを信頼している。そして、責任ある立場の人だが、柔軟的な人でもある。


「ロナウド、ちゃんとした情報出さなきゃだめよ」


 母がぷんぷんになりながら、兄を睨む。ロナウドは申し訳なさそうに両肩を上げ、顔をしかめた。


「に、しても。ウチのお嫁さんは事情があるみたいね。向こうでは男として生活してるんでしょ?」


「そうなんだ。できれば、この国に連れ帰りたかった」


「愛ね」


「愛だな」


「愛だね」


 3人は口々に反応する。


 そもそも、この3人は応援する、受け入れるの一択だった。


「レオ、お前には出国禁止令が出ている。パスポートも取り上げられた」


 父の言葉にレオナルドの表情は固くなる。予想はしていたが……。密入国するしかないだろう。


 すると、呑気な声が発せられた。


「父さん、僕、サン国へ出張に行こうと思うんだけど——————」


 ロナウドはニッコリと笑う。


「————-僕は出国できるよね?」


 母と父は顔を見合わせると、同じく微笑む。


「もちろんだ」


 レオナルドは父を見据える。これは内務長官として許していいことなのだろうか?


「それこそ、公文書偽造ではない?」


「何のことを言ってる?ロナウドが自身の出国の申請をするだけだろ?」


 父はすました顔をした。


「まぁ、この双子の見分けが正確にできるのは、私達くらいかしら?」


 母も同じく、すました顔をしている。


「この家は研究施設も整ってるからね、退屈はしないとこだよね」


 ロナウドもすました顔をした。


「まぁ、僕はどこにでもパスポート置いとくから、よく怒られるんだけどね」


 レオナルドは軽くため息をつくと、家族に深々と頭を下げた。


 ウチの家族は、こういう人達だ。



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