9.レオナルドの両親
レオナルドが自宅で休養をしてから1か月が過ぎた。衰弱していた体も元に戻り、今では毎日の鍛錬もこなしている。若さもあるだろうが、主体能力のポテンシャルが元々優れていた。
もうそろそろ……と思いかけていた頃、タイミング良く家族会議を行うと父が言った。大学の研究室に戻っていた兄も、今日は家に帰って来ている。
広いリビングのソファに腰掛けながら、4人の家族が集う。兄と父はコーヒー、母はローズティー、レオナルドはココアを飲んでいる。
誰が口火を切るかと伺っていたが。痺れを切らしたのはレオナルドだった。
「父さん、母さん、何の相談もなく結婚して悪かったよ。だけど、どうしても一緒にいたかった人なんだ。明日にでもその人のもとに行きたい」
レオナルドは両親に向かって頭を下げる。
母はあら、まぁ、と口を押さえた。この息子がこんなにも情熱的なこと、我儘をいうのは珍しい。
「レオ、そんなにもその人が好きなのね……私はお前の意思を尊重するわ……」
なぜだろう?母が自分を異様に気遣う視線を向けている。とてもありがたい言葉を言ってくれているのに、何かが引っかかった。
しかし、そんな余韻を残す間もなく、次の声が割って入る。
「私は反対だぞ!!」
「あなた!!」
「父さん!」
父の一言に、母と兄がカブせるように、抗議の意思を示す。
「父さん、僕と事前に話し合ったよね?レオの意思を尊重するって!僕達、家族が味方してあげなかったら、誰が味方するんだよ」
ロナウドは父に向かって捲し立てる。普段おとなしい兄のいつもでない姿にレオナルドは唖然とした。
「これは違うだろう!フィリアが怒るのも無理はない。国に仕える身で他国でよくもやってくれたな!」
「あなた!一方的すぎます!!レオの話も聞いてやってください!」
「父さん、そうだよ。レオだって1人の人間だよ」
父はこめかみを抑えながら、吠える妻と長男を見据える。そして、レオナルドを睨みつけた。
「私は内務長官だ。子供だからといって、罪をなかったことにはできないぞ」
え?と固まる妻と兄。
「何のことですか?」
レオナルドは身構える。
父とはいえ、任務に関する話ならば、全力で抵抗しなければならない。
「公文書偽造」
「はい?」
「お前、男性を女性に訂正させ、強引に婚姻届を通したな?スノウ国では同性の結婚を認めてないから、外国で法を破ってまでやったな?」
「え………」
レオナルドは父が大きな勘違いをしていることに気付いた。ちらり、と兄に目をやる。平然とした様子だ。どうも、こちらも何かかん違いしてないか?
「いや、彼女は女性なんですよ!」
「いいじゃないの!愛は自由よ!相手が男だって、私は息子を尊重するわ!!」
母が父に向かって身を乗り出す。
「君は黙っていてくれ、今は罪について話しているんだよ。愛ではない」
「そう言いながら、レオが後継者になれなくなるから反対してるんでしょ!この子を犠牲にはできないわ」
「そんなことは言ってないだろ!」
「父さん!レオの代わりに僕が家を継ぐから、良家のお嬢さんと結婚して、ちゃんと子供も作るから、許してあげてよ」
「はぁ?お前は学者バカだろ?ウチは代々、官僚なのだ。お前に宮務めなどできないだろ?」
「ほーら、やっぱり!あなた後継ぎのことで反対してるんじゃない!外国で犯した罪など、こっちに帰ればチャラよ!チャラ!」
「マリア!何てことを言うんだ。罪は罪だぞ」
「父さん、レオは十分償ったよ!帰ってきた時の姿を思い出してよ」
「そうよ!あんなに拷問を受けたんだから、十分じゃない!フィリアもフィリアよ!あなたもそうだけど!身内に厳しすぎなのよ」
「なんだと!責任ある立場の者は、自粛するのは当たり前だろ」
「別にいいじゃない!好きなんだから!」
目の前で繰り広げられる家族ドラマに、レオナルドは見入ってしまった。よくわからないが、とんでもない方に話が流れている。
「ちょっと、すまないけど。誤解してるよ、ラウダは男じゃなくて、女なんだ」
3人は、憐れむ視線を一斉にレオナルドに向ける。
「ふざけるな」
まず、父がいっ喝。
「いいのよ……母さんはその気持ちわかってるから」
母の労りの言葉。
「僕は愛が根深いことを知ってるから」
兄の理解。
3人は、口々に反応した。
少し考え、レオナルドは落ち着くまでもうしばらく様子をみることにした。
「とりあえずだ。そのラウダという少年は、あの国の主家の若君らしいのだ。その当主になる少年を唆し、戸籍を女性に書き換え、自分の妻にしたらしい」
「主家ってなんですの?」
「あの国を治める者らしい。国王というより、皇帝とか?それに近い」
「主家って……各区を治める家のこと!?」
ロナウドがそれを聞き、青ざめた。なかなかの相手じゃないか。
「父さん、確かにラウダは主家の子供ですが……」
どこまで詳しく言えばいいのか、悩まれた。
「それもコンサル家と言えば、事実上、あの国のナンバーワンらしいのだ。詳細を調べようと教会に問い合わせたが、早々に戸籍を閉じたという。本人達にしか情報は開示されない」
明らかに何らかの力が働いたようだ。内務長官の職権を使っても拒まれたわけだから。
「あちらで圧力がかかったのだろう。あちらもかなり怒っているのかもしれない」
さらに、息つくことなく話し続ける。
「あの国の統治者の息子を唆したとなれば、外交問題になるのは必須だろう。だから、フィリアが怒ったのだ」
大きな間違いはあるが、大まかなところでは正解かもしれない。レオナルドはそんな気になってきた。大切な娘に手を出したわけだから。
「その子もレオを愛してるんだから、いいじゃない。婚姻は本人達の意思が優先で、自由でしょ。なに?あの国では違うの!?少なくともスノウ国では法で守られる権利よ」
「私は男同士で結婚したことを罪だと言ってないが?戸籍を狂わせたことが罪だと言っているのだ」
父の指摘に対し、レオナルドは毅然とした姿勢で反論する。
「父上、事情があって男として届出されてましたが、本当は女性だったんです。デタラメの修正をしたわけではないんです。教会は厳格なところですから、女性の職員がちゃんと確認した上で修正したんですよ」
パタリ、と動きを止める3人。
確かに教会はしっかりとした組織で、そんな修正をするのなら、事実確認をキッチリと行う。もっともな話だった。
父と母はロナウドに厳しい視線を向けた。
「ロナウド、レオに確認したと言ってなかったか?」
え?と兄の動きが止まる。直接本人から聞いた話ではない。あくまで自分の解釈を話したに過ぎない。
「あー、その人の顔を見たんだけど……男に見えたんだよね」
てへっ、と頭をかく兄。
レオナルドはどっと疲れを感じた。発信源は、ド天然の兄だったか……。
「なんだ!せっかく、威厳のある当主を見せたかったのに!!」
「えー!もっと理解ある母の役回りやりたかったわ!!」
何を言い出すかと思えば、なんやら馬鹿げたニオイがする。
「え……なに?」
レオナルドが困った顔をしていると、両親は丁寧な態度で話しだした。
「どんな相手でも、お前が選んだのなら正解だ。私達は家族として受け入れるつもりだったよ」
父は和やかに笑いかける。これがいつもの父だ。
「でも、何の相談もなかったから寂しかったのよ」
母は拗ねたように、レオナルドを見つめる。
「いや、父さん達はそれだけじゃないよね?」
レオナルドは冷ややかな視線を両親に向けた。
プッ!と両親は吹き出した。
「わかっちゃった?」
母は小さく舌を出す。
「せっかくのイベントごとなのに、盛り上がらないともったいないからな!」
父がニコニコ顔で、そんなことを言ってのけた。
「そうそう!息子の結婚に反対する両親、やってみたかったのよね〜できれば、私が反対する役したかったけど。レオがやらかしたから、父さんにいちおは叱ってもらわなきゃでしょ!」
「偽造やらかしたと思ったんだがなぁ」
残念そうに呟く父、レオナルドは呆れた視線を向ける。
そもそも、この両親は息子達のことを信頼している。そして、責任ある立場の人だが、柔軟的な人でもある。
「ロナウド、ちゃんとした情報出さなきゃだめよ」
母がぷんぷんになりながら、兄を睨む。ロナウドは申し訳なさそうに両肩を上げ、顔をしかめた。
「に、しても。ウチのお嫁さんは事情があるみたいね。向こうでは男として生活してるんでしょ?」
「そうなんだ。できれば、この国に連れ帰りたかった」
「愛ね」
「愛だな」
「愛だね」
3人は口々に反応する。
そもそも、この3人は応援する、受け入れるの一択だった。
「レオ、お前には出国禁止令が出ている。パスポートも取り上げられた」
父の言葉にレオナルドの表情は固くなる。予想はしていたが……。密入国するしかないだろう。
すると、呑気な声が発せられた。
「父さん、僕、サン国へ出張に行こうと思うんだけど——————」
ロナウドはニッコリと笑う。
「————-僕は出国できるよね?」
母と父は顔を見合わせると、同じく微笑む。
「もちろんだ」
レオナルドは父を見据える。これは内務長官として許していいことなのだろうか?
「それこそ、公文書偽造ではない?」
「何のことを言ってる?ロナウドが自身の出国の申請をするだけだろ?」
父はすました顔をした。
「まぁ、この双子の見分けが正確にできるのは、私達くらいかしら?」
母も同じく、すました顔をしている。
「この家は研究施設も整ってるからね、退屈はしないとこだよね」
ロナウドもすました顔をした。
「まぁ、僕はどこにでもパスポート置いとくから、よく怒られるんだけどね」
レオナルドは軽くため息をつくと、家族に深々と頭を下げた。
ウチの家族は、こういう人達だ。




