8.双子の両親
毎朝目が覚めると見慣れた天井が広がる。幼い頃に兄と描いた落書きだ。自分はあの頃好きだったキャラクターの絵を描き、兄は弟の姿を描くと言って訳の分からない記号の羅列を描いた。
これを見た両親は唖然としていたが、怒ることはしなかった。それから長い年月、目を覚ますとこの落書きをまず見た。ここしばらくは離れていたが……。
朦朧とした意識の中で、口に食べ物を運ばれたり、体を拭かれた記憶はある。確か王宮の牢屋にいたはずだが、いつの間にか自宅に戻っている。
常に気になるのは、ラウダのこと。主力会議は大丈夫だっただろうか?
「今は何日なんだ?」
レオナルドは体をゆっくりと動かした。予想に反し、体に力が入らなかった。
「レオ、無理をするな。4日も寝込んでいたんだよ」
聞き覚えのある優しい声だ。
「ロナウド?」
声の方向に顔を向けると、傍に寝そべった兄が見えた。よくよく見ると簡易型のベットを自分の部屋に持ち込んでいる。周りの様子から、自分の世話をしていたことがわかる。
「今は9月16日だよ。帰国してから2か月になろうとしている」
「えっ!?」
レオナルドは重たい体を持ち上げ、体を起こした。
「マズイ!戻らなきゃ!!俺が守ってやらないと!!」
ロナウドもゆっくりと体を起こすと、じっとりとした目で弟を見つめた。
「気持ちはわかるが、その体でどうするんだ?まずは体を元に戻し、それからだろ?」
レオナルドは自身の体を確認と、短期間であるが、驚くほど体が弱っていることがわかる。あんなに筋肉があった胸も薄くなっていた。
「ロナウド、俺……」
どこまで話したらいいのか、頭を巡らせる。任務のことは守秘義務があり、家族にでも話せない。しかし、今の状態の説明は必要だろう。
「レオ、大丈夫だ。兄は全てをわかっている」
うんうん、と頷く兄。何故だろう?何となく嫌な予感がする。
「父さんは内務長官だから、お前の結婚のこと知っていたぞ。教会からすでに情報を受け取っていた」
「あ……」
レオナルドは口ごもる。そりゃそうだ、戸籍に関わることだ。それも外国の特殊な者との婚姻……。
「レオ、おめでとう」
兄は満面の笑顔で祝福の言葉をかけた。
「あっ、ありがとう……」
そんな言葉をかけられるとは思わず、不意をつかれた気分だ。
「レオ、先ずは体を治すこと。それから、家族で話し合うことだよ」
「え?」
「婚姻は本人達だけのことではないよ」
「あ、ああ……そうだな」
すぐにでもラウダと夫婦になりたくて、こちらのことなど少しも思わなかった……。軽率だと思われるだろうが……。
「父さん達怒ってるか?」
ロナウドは少しずつ考える。両親とは何度も話し合っているが……両親の願いも聞いてやるのが子供の務めかもしれない。
「母さんはお前に味方してる感じだよ。父さんは立場もあるからなぁ、怒ってると言えば……怒ってると言った方がいいのかな?」
「マジか……」
今まで両親を困らせるようなことは避けてきたが、今回はそういうわけにはいかない。
「ちなみにだけど、結婚はお互いの同意の上だよね?」
コクリ、とレオナルドは頷く。
かなり強引に迫ったが、ラウダは自分の意志で決めた。届出後に2人で歩いた道は、お互いにドキドキして幸せだった。
「そうかぁ……そらなら、兄はレオの味方だ」
「おっ?おう」
「他の人が反対しても、俺は家族として迎えいれるぞ!世間の目なんて気にするな」
「え?」
レオナルドはありがたいと思ったが。何となく引っかかった。
「外国の人でそれなりの事情がある相手だろ?フィリアもそれが原因で怒ったんだろ?」
ラウダが主力だと言うことを知っているのか?いや、そんな機密情報を兄に話すわけはない。主家の血を引くことだろうか?
「……あぁ、待っていたら離れ離れにされそうだったんだ」
兄がどこまで知っているのかはわからないが。婚姻を急いだ理由は言うべきだろう。
「賢明な判断だな」
ロナウドは何度も頷く。
その行動力は、弟の良いところだ。自分には足りない部分だ。自分はタイミングを逃し、愛する女性を失った。修復した心の奥がズキンとする。
「ロナウド?」
兄の遠くを見る表情に不安を覚えた。不安定だった頃の兄の面影である。
「え?あ、ごめん、なんでもない」
ロナウドは努めて笑顔になる。愛する人を手放さない弟が羨ましかった。
「もしかして?思い出した?」
「……そうだな。正直、お前が羨ましいよ。それと、嬉しいんだ。お前が幸せなことが」
レオナルドは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。家族に、それも兄に恋人の話をするのは何となく照れた。
「……ありがとな……ロナウド」
「愛する人から離れるのはマズイ、早く戻らないと」
ロナウドは、弟の痩せこけた肩を優しくなぜた。




