5.去った者
ヴィサスの主力、ラウダがその席を得た後、主力会議では手薄な兵力を埋めるため、各区から兵を借り受ける話になった。ガンジスからはカスティマで一緒に戦った兵士、アウロラからはウンブラと親交がある者達、エレクトロからは女性の文官、アルデナからはソリア派の者が数名。チェリからは人の提供はなかった。
「優秀な男を追い出すことになったため、勘弁してほしい」
チェリはラウダを別室に呼び出し、釈明をしている。会議は終わり、多くの者は帰路についていた。
「チェリ様には多くの援助を頂いています。それだけでも恐れ多いです」
「ルシートを貸し出したかったが、アイツはスノウ国の罪人として強制送還した。賢い奴だと思っていたが、違っていたようだ」
「罪人……強制送還……」
ラウダは軽く動揺した。平静を装うが、両手から何かが零れ落ちる感覚を感じた。レオナルドの姿は見えなかったが、どこかに居てくれていると信じ切っていた。
「貴方とも関わりがあったようなのでお知らせするが。罪人のことは早々に忘れることだ」
罪人という言葉には現実味がない。レオナルドは善良な男であるし、この国で何一つ悪いことはしていない。むしろ、自分を守り助けてくれた。
「彼が罪人ではなかったのは、チェリ様が1番おわかりですよね?」
ラウダは静かに言葉を吐き出した。
「それは、立場や見方で変わるものだよ」
チェリは近くにあった椅子に腰掛ける。ラウダにも椅子を差し出した。
「0番の主力ラウダ=グロリア、この国のために貴方に力を貸した。遊びじゃない」
チェリの紫色の瞳は冷ややかな印象を与える。全てを見通すかのような視線。この男が全てのことを知っているのではないかと思わせる。
「遊びのつもりはないです」
「そうじゃなくては困る。男として0番の主力に名乗り上げたのだから、国をぐらつかせることがないことを祈る」
(女だと知っているのか? )
ラウダは軽く見開いた。情報はラカス地区の得意分野だが……。
「俺は……」
ラウダは言葉に詰まった。自分が隠している不安定な部分を突かれている気分になる。
「皆が絶対的な味方だとは思わない方がいい。皆、守りたいものや掴みたい未来がある。今の貴方もそうだ。皆が貴方に良い未来を見ているから、協力しているに過ぎない。私も含めて」
チェリの言っていることは間違いではない。むしろ、真意を伝えてくれているのだろう。しかし、レオナルドのことを想うことすら許されないのだろうか。
「お言葉を謹んで受け取ります」
ラウダにはそう言うのが精一杯だ。皆の期待に応え切れるかはわからない。自分がどこまでやれるかも。レオナルドへの気持ちも手放せるほど小さくはない。
「個人情報を本人達以外に漏らさないよう、教会には厳しく処した」
「え……っ」
「教会を組織化し、役所の機能を一部持たせたのは国民を監視するためではない。貴方の祖父のウルティマーテが作った仕組みは、国民を守るためのものだ」
ラウダはその言葉の意味を必死で考えた。こんな話をするということは……。
「俺の婚姻のことですか?」
「そうだ。私が対処した。この国では知る者はいないだろうが……スノウ国は別だ。向こうに記録が渡った後だった」
であるなら、自分が女であり、レオナルドの妻になったことは既に知られている。
「知った上で手を貸してくれたのですか?」
チェリは表情を崩さずに頷く。
「ラウダ、この国は動き出している。これは止めることができない流れだ」
ズシン
重たいものが目の前に投げかけられた気がした。
「あの男を離したくなかったのなら、全て投げ出して逃げるべきだった」
チェリは目を細めた。それは蔑みか……哀れみか……。
「あの男は戻ることはないだろう。私もこのことは忘れることにしよう」
チェリはラウダの肩に軽く手をかけ、その場を立ち去った。
ガチャリ
バタン
チェリが閉じた扉の音は、ラウダの心の扉も閉めたように感じた。
レオナルドへの気持ちを手放せということだろう。確かに、1番大切な思いなら彼の後を真っ先に追うはずだ。
「全てを投げ出すことはできない……」
冷たい唇に指を当てた。
「だけど、レオナルドへの想いを消せる気もしない……」
いつもは軽い宝刀が重く感じる。腰にズッシリと重みを伝える。
彼は国に戻されたらどうなるのだろう?自分に味方し、婚姻までしたことがスノウ国では大罪なのだろうか?
いや、自分とのことが国を揺るがすと、この国を追われただけだろうか……。
少なくとも、自分が彼に関わらなければ……そんな扱いは受けなかった筈だ。
「婚姻は安易すぎた……」
しかし、婚姻届を出した帰り道、とても幸せだった。レオナルドと手を取り合って歩いた夜道は今までで1番幸せだったのだ。
いつか、必ず会いに行くから……。
ラウダは胸に手を当て、その気持ちを奥底に沈めた。全てのことから守るために。




