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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第4章 天陽の冥暗
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5.去った者

 ヴィサスの主力、ラウダがその席を得た後、主力会議では手薄な兵力を埋めるため、各区から兵を借り受ける話になった。ガンジスからはカスティマで一緒に戦った兵士、アウロラからはウンブラと親交がある者達、エレクトロからは女性の文官、アルデナからはソリア派の者が数名。チェリからは人の提供はなかった。


「優秀な男を追い出すことになったため、勘弁してほしい」


 チェリはラウダを別室に呼び出し、釈明をしている。会議は終わり、多くの者は帰路についていた。


「チェリ様には多くの援助を頂いています。それだけでも恐れ多いです」


「ルシートを貸し出したかったが、アイツはスノウ国の罪人として強制送還した。賢い奴だと思っていたが、違っていたようだ」


「罪人……強制送還……」


 ラウダは軽く動揺した。平静を装うが、両手から何かが零れ落ちる感覚を感じた。レオナルドの姿は見えなかったが、どこかに居てくれていると信じ切っていた。


「貴方とも関わりがあったようなのでお知らせするが。罪人のことは早々に忘れることだ」


 罪人という言葉には現実味がない。レオナルドは善良な男であるし、この国で何一つ悪いことはしていない。むしろ、自分を守り助けてくれた。


「彼が罪人ではなかったのは、チェリ様が1番おわかりですよね?」


 ラウダは静かに言葉を吐き出した。


「それは、立場や見方で変わるものだよ」


 チェリは近くにあった椅子に腰掛ける。ラウダにも椅子を差し出した。


「0番の主力ラウダ=グロリア、この国のために貴方に力を貸した。遊びじゃない」


 チェリの紫色の瞳は冷ややかな印象を与える。全てを見通すかのような視線。この男が全てのことを知っているのではないかと思わせる。


「遊びのつもりはないです」


「そうじゃなくては困る。()()()()0番の主力に名乗り上げたのだから、国をぐらつかせることがないことを祈る」


(女だと知っているのか? )


 ラウダは軽く見開いた。情報はラカス地区の得意分野だが……。


「俺は……」


 ラウダは言葉に詰まった。自分が隠している不安定な部分を突かれている気分になる。


「皆が絶対的な味方だとは思わない方がいい。皆、守りたいものや掴みたい未来がある。今の貴方もそうだ。皆が貴方に良い未来を見ているから、協力しているに過ぎない。私も含めて」


 チェリの言っていることは間違いではない。むしろ、真意を伝えてくれているのだろう。しかし、レオナルドのことを想うことすら許されないのだろうか。


「お言葉を謹んで受け取ります」


 ラウダにはそう言うのが精一杯だ。皆の期待に応え切れるかはわからない。自分がどこまでやれるかも。レオナルドへの気持ちも手放せるほど小さくはない。


「個人情報を本人達以外に漏らさないよう、教会には厳しく処した」


「え……っ」


「教会を組織化し、役所の機能を一部持たせたのは国民を監視するためではない。貴方の祖父のウルティマーテが作った仕組みは、国民を守るためのものだ」


 ラウダはその言葉の意味を必死で考えた。こんな話をするということは……。


「俺の婚姻のことですか?」


「そうだ。私が対処した。この国では知る者はいないだろうが……スノウ国は別だ。向こうに記録が渡った後だった」


 であるなら、自分が女であり、レオナルドの妻になったことは既に知られている。


「知った上で手を貸してくれたのですか?」


 チェリは表情を崩さずに頷く。


「ラウダ、この国は動き出している。これは止めることができない流れだ」


 ズシン


 重たいものが目の前に投げかけられた気がした。


「あの男を離したくなかったのなら、全て投げ出して逃げるべきだった」


 チェリは目を細めた。それは蔑みか……哀れみか……。


「あの男は戻ることはないだろう。私もこのことは忘れることにしよう」


 チェリはラウダの肩に軽く手をかけ、その場を立ち去った。


 ガチャリ


 バタン


 チェリが閉じた扉の音は、ラウダの心の扉も閉めたように感じた。


 レオナルドへの気持ちを手放せということだろう。確かに、1番大切な思いなら彼の後を真っ先に追うはずだ。


「全てを投げ出すことはできない……」


 冷たい唇に指を当てた。


「だけど、レオナルドへの想いを消せる気もしない……」


 いつもは軽い宝刀が重く感じる。腰にズッシリと重みを伝える。


 彼は国に戻されたらどうなるのだろう?自分に味方し、婚姻までしたことがスノウ国では大罪なのだろうか?


 いや、自分とのことが国を揺るがすと、この国を追われただけだろうか……。


 少なくとも、自分が彼に関わらなければ……そんな扱いは受けなかった筈だ。


「婚姻は安易すぎた……」


 しかし、婚姻届を出した帰り道、とても幸せだった。レオナルドと手を取り合って歩いた夜道は今までで1番幸せだったのだ。


 いつか、必ず会いに行くから……。


 ラウダは胸に手を当て、その気持ちを奥底に沈めた。全てのことから守るために。

 


  






 

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