4.追加の採決
カルテルマの戦いの聴聞後、インフィニタ軍の負担金の各区の配分、新年度予算の承認が行われた。その中で、エクセンから0番の主力の担当区について、追加の議案提起が行われた。
旧ヴィサス区はラカス地区の預かりになっており、民も存在しないので、廃区手前の状態だ。0番の主力を認めたとしても、それを支える区が無ければ実際には活動できない。
「一時的にアルデナが預かるのが筋だろう」
エクセンは誇らしげに自論を展開する。よくよく考えれば、ヴィサスなど滅びた民だ。0番はアルデナの主力にするのが正当な流れだ。
「それならば、ドゥーリ区にも用意がある。そもそも
ラウダを育てたのは我が区だ。育ての親が面倒をみるのが筋だろう」
ガンジスはエクセンに真っ向から反対する。
「それを言うなら、アウロラも無関係ではない。ラウダの母の故郷はアウロラでもある。アウロラ区にも用意はあるぞ」
それぞれが先に広がる利権を巡り、睨み合いを始めた。
「ラカスは旧ヴィサスを手放す用意がある」
チェリはヘルメースを牽制しながら、自区の方針を早々に述べた。筋書きは決まっていたはずだ、今更小競り合いをするのは時間の無駄である。
「……チェリ……お前!」
ヘルメースの非難を軽く受け流す。
「我々は一時的に旧ヴィサス地区を預かってるに過ぎない。4番と6番の主力を頂いてはいるが、領地まで貰い受けるつもりはないな?」
チェリはヘルメースに圧をかける。4番の主力は自分だ。ラカス区の実権を握るのは、チェリ1人である。
「旧ヴィサス区が再興されるのなら、軌道に乗るまでボオラ区は援助する」
エレクトロが前向きな援助を表明した。その潔さに、ガンジスとイエロズは本来のシナリオに戻ることにする。
「ドゥーリ区もチェリとエレクトロの意見を支持する」
「アウロラ区もそれに賛同する。ヴィサスの負担金を肩代わりする」
会場がざわつく。それはかなりの金額になるはずだ。実質の後ろ盾に、アウロラが名乗りでたことになる。もちろん、他区がすぐに追従するだろうが。
ずっと黙っていたラウダが手を上げた。注目を得ると口を開く。
「主力の皆様に感謝します。私はヴィサスを再興します。各国に散らばった民を集め、民族に関わらず、区民になりたい者を受け入れるつもりです。是非、協力をお願いしたい」
議長が改めて採決を取る。旧ヴィサス地区の返還及び再興、0番の主力の担当区とする。
チェリ、ガンジス、イエロズ、エレクトロは早々に賛成に手を上げた。ヘルメースは流れを見極め、賛成に加わる。
完全なる出来レース。
会議が始まる前から全て決まっていた。シモンはラウダの後ろに控える男に目をやった。背側と紹介された男。
(アイツが核になって動いているな……)
こちらの動きを抜け目なく監視していた。ピーノと呼ばれていたが、本名は別にあるような気がした。ラウダの後見にソリアが動くと思ったが、あの男は会議の合間にキレキラに接触していた。ソリアを黙らせる餌を提示したに違いない。
動きを見せていたソリア派を封じた。
こちらとしたら、完敗だ。エクセンはますます窮地に立たされるだろう。これはあの対局を思い起こされる。圧倒的な完敗をエクセンに食らわせた対局だ。
まだ幼かった子供は成長して現れた。主力として出席し、意見を述べる姿は他にひけは取らない。むしろ、聡明である。一瞬見せたあの覇気は強大であった。ガンジスに育てられたのなら、剣術や戦術も優秀であろう。それはカステルマでの戦略の説明からも明らかだ。
あれは怪物だ。
実に惜しいことに、ヴィサスの知性とアルデナの戦闘力を十分に受け継いでいる。先代であるエクセンの父の狙い通りになった。エクセンが父の命令に大人しく従っていれば、アルデナ区、コンサス家の栄華は約束されていた。
ギリリッ
輝く御子を垣間見ながら、シモンは悔しさを滲ませた。口の中には血の味が広がる。噛み締めた瞬間、口の中を軽く切ったようだ。エクセンを可愛がるあまり、やるべき責務を見誤ったのだと思い知った。
自分のすべきことは、グロリアとラウダを守り、グァバを早い段階で始末することだった。アシオスではなく、ラウダを可愛がるべきだった。己の愚かさに反吐が出た。
「グロリアの息子め、忌々しい」
エクセンが呟いた言葉に、シモンは信じられないと頭を振る。自分の息子だと言うのに、何を考えているのだ。その愚かさが身を滅ぼそうとしていることに何故気付かないのか。
シモンは主家を長年支えてきた。これから辛い選択をしなければならない。己の座をキレキラに引き渡し、側近にタントウセイを加える。
そうしなければ、アルデナもラカス区と同じ道を辿る。コンサス家が弱体化すれば、主家から主力を輩出できなくなり、他家もしくは庶民出身の主力が出るだろう。最悪、それだけは避けなければならない。
ラウダの紅髪を羨ましく見つめた。あの子はコンサス家のものだ。
シモンはエクセン以上に、何度も悔やんだ。




