3.主力会議
初日は挨拶から始まり、各区の報告が順番に行われる。各区が抱える兵の増減や治安状況、外国とのやりとりについてなど大まかなものが多い。それは慣行的な話題であり、多くは側近の政策担当者が事務的に行う。
初日では主力が発言をする機会は極めて少ない。各主力の側近にも大きな変化はなく、あるとすれば久々に出席したアウロラにイエロズの息子がいたことくらいだ。アウロラの次期の主力は、息子のファミリアに確定したことを表している。
会議の合間にはお茶の時間が設けられ、昼食会を除いて1日で1時間ほどの休憩が2回ほど挟まれる。その休憩時にも各区間での交渉が裏で行われる。
初日は動きがないのが通例だが。今回は違っている。アルデナが積極的に働きかけていた。しかし、それは思ったような成果は出なかったようだ。
チェリはのらりくらりと話をかわし、ガンジスは身内を守る熱い男だと示した。そして、エレクトロは協力出来ることが少ないと謙虚さを示すだけだった。
2日目の午後、この会議の見せ場が今から始まる。
「それでは本日の午後の議題、カステルマの戦について、ドゥーリ区の軍師の聴取を始めます。軍師を中へ」
議長が出席者を見渡しながら、確認を促すように伝える。議長を務めるのは、アルデナ区の近衛統括長を務めるキレキラだ。
ガチャ
分厚く重いドアが開けられると、警護につくアルデナの兵がまず中に入る。その者に案内され、華奢で小柄な赤髪の少年が入ってきた。真っ白な軍の正装を見に纏い、後ろには3人の男を引き連れている。
案内する兵は青ざめた顔で自区の主力に目配せした。その光景は、想定したものと違っていた。
「なっ……どういうことだ……」
動揺する区としない区。エクセンはその様子を見ながら、いっぱい食わされた状況を把握した。少なくも、イエロズとガンジスはこの状況を知っていたはずである。
エクセンはその少年を睨んだ。あの軍服はアウロラ産のものだ、それも主家が着用している一級品に違いない。そして、襟に刺繍された紋章の青い鳥、あれはヴィサスのグロリア家の証だ。さらに、後ろに控える3人の従者。自分の息子が何をしようとしているか、それを目にしただけで理解ができた。
「どういうことだ?軍師がなぜ、主力の真似事をしている!!」
エクセンは低く重たい声で、その場に異議を唱えた。主力のトップであるその言葉は、会議を支配するには十分なものである。
「エクセン殿、まずは落ち着いてこの者の話を聞きましょう」
議長は極めて冷静にエクセンを制した。彼もこの状況を把握していたわけではないが、エクセンほどこの少年に思い入れがあるわけではない。
「名前と身分を名乗り、なぜそのような正装で現れたかの説明をせよ」
議長の問いに、紅髪の少年は一礼して前に進み出た。
「私はラウダ=グロリア、ヴィサスの主力だ。私が過去に属し、ドゥーリ区の軍師として行った戦いの説明をするために参上した」
議長もラウダの襟を確認した、ヴィサスの紋章である。その深緑の瞳は確かにヴィサスの特徴である。
「ヴィサスの主力と言えば、6番。今は僕が6番の主力として認められてるけど?君は知らないのか?血筋じゃないんだよ?主力は」
ヘルメースは呆れた、と言わんばかりに蔑んだ視線を向けた。主力は主力会議で認められなければ、血筋を引いていてもなることはできない。
紅髪と深緑の瞳を確認すると、この子供がエクセンの息子なのだと理解した。アルデナのお家騒動に過ぎないと切り捨てた。
「ヘルメース、失礼した。申し訳ない。アレは私の息子だ。愚息で申し訳ない。一旦、ここは私に預からせてもらい、息子と話をした上、聴聞を再開させてもらえないか?」
チャンスとばかりにエクセンが割って入る。捕まらなかった息子を確保し、その身の程を知らしめなければならない。あの紅髪はコンサス家のものだ。
「待て、宝刀グロリアは佩刀しているぞ?私はその刀をよく知る。それを持つ者なら、主力で間違いないだろう」
ボオラ区のエレクトロが声を上げた。その視線は少年が佩刀する刀に向けられていた。他の主力は一斉に背後を振り返る。側近達に各人のグロリアを確認させた。それぞれの宝刀があることを確認する。
「ラウダ=グロリアと申す者。お前のその刀は本当にグロリアなのか?6本は揃っている。お前の物もグロリアならば、どれかが偽物ということになる」
議長は興味深げに問いかけた。
「どれも本物です。偽物はないでしょう」
ラウダはそう答えると腰にあった宝刀を外し、目の前に掲げた。そして、議長に歩み寄り、それを手渡す。
「0番でしたか」
議長はそれを確認すると驚いた目でラウダを見返した。その刀は非常に重く、念の為に刀を引き抜こうとしてもビクともしない。
「0番の主力……」
各区の側近の何人かが外に出て行く。急いで法規を調べに行ったのだ。0番、その存在は伝説に過ぎなくなっており、知るものは少なくなっている。
「0番のグロリアは主を選び、主人のみしかその刀を扱えない。我々の宝刀とは種類が違うのだ」
エレクトロが宝刀を守る一門として、その特性を説明する。0番の主力だけは合議制で決められないこと、その選任方法は刀を抜けるかどうかの一択。
そして、己も議長の元に歩き進んでいくと、その手から宝刀を受け取った。何度も何度も細部まで確認すると。
「これは間違いなく0番のグロリアだな」
そして、その柄に手をかけ、思い切り引っ張る。グロリアの手入れをすることができる家門、その当主すら抜けない刀。それは本物の証だ。
「ラウダ=グロリア、お前は抜けるか?」
微笑みながらエレクトロは、それをラウダに手渡した。
ラウダは目で頷くと、難なくその刀を引き抜いた。軽く振ったその仕草で、机上にあった書類が軽く巻き上がる。
「覇気……覇気まで受け継いだか……」
それを口にしたのは、この中で1番年長者に当たるシモンだった。あの少年をこちらに戻すことが困難であることを悟った。
「報告が遅れて申し訳ない。こちらの軍師が0番の主力になり、ドゥーリ区の管轄から外れた。しかし、聴聞は事前に決定していたため、出席をお願いした。本来なら、主力に失礼なお願いだったが、昔の馴染みで受けてくださった」
ガンジスはしれっと大事なことを報告する。本来なら事前に報告し、会議の内容を整えるべきであっただろう。
「0番の主力なら、僕が異議を上げることもないね」
ヘルメースは、早々に論争から引き下がる。下手に口出しをして、自分に火の粉が飛んできたら堪らない。6番の主力の是非に及ぶのは避けるべきだ。
「0番の主力については先に述べられた通り、合議制ではない。宝刀による選抜が完了したのなら、あとは側近3名が唯一の存在の条件のはず。後ろの3名はそれに当たるのだな?」
アウロラ区のイエロズがラウダに問いかける。ラウダは大きく頷く。
「背側のピーノ、右席のウンブラ、左席のガリです」
後ろに控える3名は、深々と頭をかげる。その3名は精鋭であると見るだけでわかった。
「ならば、主力を名乗ることは問題ないのではないか?席を用意し、戦の話をして貰えば済む話だろう?そう思わないか?議長」
規律を重んじるイエロズの発言に議長は同意するしかない。会席の空気もそちらに流れている。
ギリリッ
エクセンは奥歯を噛み締めた。あの少年は既に会議の過半数を手中におさめている。ただの子供だと思っていた自分が甘かったのだ。
その後の会議の内容はエクセンには面白くないものになった。捨てた息子が金の卵だったと思い知らせる事実の羅列。それらは、遥かに自分を軽く超えていた。
あの子は間違いなくヴィサスの子供だ。
エクセンはラウダを睨みつけた。
自分があの子を捨てたのではなく。あの子が自分達を捨てたのだ。
ラウダの襟の紋章の「青い鳥」は、エクセンの結果の全てを物語っていた。




