8.破格の新人
パプチへの入国はすんなりと済み、ウンブラ、ガリ、ロナウドの3人はその日のうちに国境から1番近いラカス地区に入った。ラカス地区の主要街、ディセプティオに4流の宿をとった。
「あいつ、大丈夫かな?」
「……」
「温室のおぼっちゃまだよね?」
「……」
ウンブラはガリに鋭い視線を投げかける。面倒臭そうに体を揺らすと、街を見渡せる窓際に移動し、椅子を引っ張り出し、腰を掛けた。両足は机に放り出す。
「えーっと、そうだよね……たかが買い物だよね〜。この町は足元を見られるとぼったくられるけど〜」
「……」
「夕飯買ってくるだろうけど、美味い店って裏道にあって、わかりやすい所って不味いし、食べたらヤバいよね〜」
「お前、様子を見に行くつもりか?ダメだぞ」
「だよね、うんうん。まさかそんなことしないよね。簡単に刺される街だけど、特に気にしなくてもいいよね」
ガリは言葉を選びながら、ウンブラに目をやる。ウンブラは興味がなさそうに外の景色を見ていた。
(フィリアに叱られる結果になっても知らないよ)
恨みがましい目を向けるが、何の攻撃にもならない。
「俺達は底辺のところで活動してるんだ。下の下、貧しい汚いところを蠢いている。簡単にくたばるんなら、それまでだろ」
ウンブラは外を見ながら、特に気にかける様子もない。
「まぁ、確かにそうだけどね……段階ってあるんじゃって、俺は思うけどね」
きっと守られて育ってきた子だ。品位と善意、美しい世界に生きてきた子だろう。頼んだものを買って帰ってくるだけでマシな方だと思う。
「言ってない指示を読むまでは、無理だと思うよ」
ガリはの言葉に、ウンブラは面白そうに微笑んだ。
「お前はホントいい奴だな」
「はぁ?」
「お前の心配の種が帰ってきたぞ」
しばらくすると、階段を登る音が聞こえてきた。足取りはとても軽い。
ガチャ
「戻りました」
両手にいっぱいの荷物を持って、レオナルドが入ってきた。
「あ、テンドルの鳥焼き買ってきたんだ……」
ガリは荷物の中の一つに目を奪われた。それは、自分のイチオシの店だった。
「とりあえず、ご飯を並べますね」
テーブルの上を整えると、レオナルドはテキパキと料理を並べ始めた。ガリは興味深そうに覗く。自分が買ったことのない食べ物も並んでいたが、まぐれとは言えないチョイスだった。
「あと、これは余ったお金です」
レオナルドはガリにお金を手渡した。予想よりもかなり多く残っている。
「え?こんなに?自分の財布から出した?」
「いいえ、思ったより安く買えたり、サービスで貰いました」
「そうなんだ……」
なぜか手慣れている。資料の記述には、オールS評価と記載されていたが。それは間違いない、ということのようだ。
(こいつ、いつの間に……)
最初に会った時と雰囲気がガラリと変わっている。粗末な服を違和感なく着こなし、育ちの良さはあるが、身分の高さは感じられなかった。
「それと、このラカス族で、次期主領争いが起こっているようです」
「後継者争い、まだ続いてるんだ……」
「はい、その中で有力なのは2人らしいんですが。この街の民の間では、別の1人が有力だと噂されているそうです」
「有力な2人というのは、ソラジとジャンドルのこと?」
「はい、現主領の長男ソラジと甥っ子のジャンドルです。そして、別の1人とは、チェリという男らしいです」
「聞かない名前だね、主家ではないのかな」
「そうらしいです。庶民の出らしいです。自警団の一員から区衛団の兵士になり、パプチ…いや、インフィニタ軍の中央部に呼ばれた男らしいです」
「叩き上げの実力者だね。後ろ盾の家がなく、インフィニタ軍に引き上げられるとは稀なことだよ」
「はい、とても有能な魅力のある人でした」
「でした?」
「はい、オーラが半端なかったです」
「見かけたの?」
「えーっと……チェリ氏にスカウトされました」
「は!?今さっきの話!?」
「はい。買い物をしながら、お店の奥様方から話を聞いていたんですが。変な動きをする男達がいて、気になって遠目に監視してたんです」
「へぇ……」
「そしたら、裏道で要人3人を取り囲み、ドンパチやり始めて、要人はめっぽう強かったんで素知らぬ顔で離れてました」
「教科書どおりの対応だね」
「しかし、隠れて銃で狙ってる奴がいて、そいつは要人の中で1番強い奴を狙ってて、まずいなぁと思って」
「お前、助けに入ってないよね?」
レオナルドはニコリと微笑む。口角を綺麗に上げている。
「入ったな……で、その要人がチェリだったんだね?」
「入っちゃいました。それで、チェリ氏に気に入られちゃいました」
「おいおい……もしかして、この大量の買い物ってチェリがくれたの?」
「いやぁ、俺は要らないって言ったんですよ!でも受け取らないと帰さないって言うし……」
「お前、スカウトって兵士になれって?」
「チェリの側近になれと言われました」
「いきなり側近!?」
「それはないでしょ、って言ったんですが。数日やるから考えろと引かなかったんですよ……」
「おいおい……」
ガリは頭を抱える。自分達は情報を取りに来ただけだ。この国に干渉するためではない。
(買い物に行かせただけなのに、なに上級業務をやってくるんだよ……)
ガリはチラリとウンブラに視線を向けた。
(このボスはこの新人をどうするつもりなのだろうか?)
ウンブラはこちらに顔を向けると、レオナルドと目を合わせた。
「レオ、お前はチェリだから助けたのか。それとも、誰でも助けるのか?」
ウンブラは腕組みをしながら、鋭い視線をレオナルドに向けた。
「弱い民は見捨てるのは困難です」
「つまり、誰でも助けるのだな?」
「そういうわけではないです。今回はチェリだから助けました」
「どういうことだ?」
「チェリが帯刀していた刀は、インフィニタ軍の主力、我国で言う将軍に値する身分の者が持つ刀でした」
「グロリアか?」
「はい、7本のうちの一本でした。それに、チェリが民に接する姿が統治者に相応しかったのです。殺してしまうのは、スノウ国にとっても損失だと思いました」
「完全なる干渉だな」
ウンブラは天井を見上げ、ため息をつく。
(フィリアはとんだ男を寄越したものだ。破格すぎる)
「あのさ……研修でそこまで教わらないよね?ちなみに、パプチに来たことあるの?めちゃめちゃ馴染んでるけど」
ガリはとても気になることを聞いていた。普通にこの国に溶け込んで、普通に情報を取ってきている。特にこの国の民は警戒心が強い。アクアに迫害されているため、外から来た者への隔たりは分厚い。
「兄と俺とクリミアでパプチを回っていました」
「え?クリミアって……クリミア王子!?」
「おいおい、マジかよ」
ウンブラもさすがに唖然としている。
「パリス王が夏休みに旅行に行っておいでと、数年間、毎年この国へ送り込み、それぞれ3ヶ月くらい暮らしました」
「はぁ?クリミア王子は、次期国王だぞ!?国賓としてだよね?」
「いや、違うだろ。あの王がやることだ」
ウンブラは呆れた顔をしている。あのふざけた王については、よーく知っている。
「護衛も最小限、資金も半月分しか待たされず、俺達は稼ぎながら回りました」
「クリミア王子も働いたの!?」
「クリミアは人当たりがいいので、市場で商品を流して稼ぎまくってましたよ。ロナウド、俺の兄は統計学が得意なので、占い師をしてました。そっちも調子が良くて……特に女の子のファンが激しくて…」
ガリはガックリときていた。
(なんなの!?夏休みなら避暑地だよね?普通はサン国あたりでしょ?何で紛争地に行かせるわけ!?)
「あっ、俺は下働きをしてました。主家の使用人みたいなこともしたなぁ」
「あのクソ王が考えそうなことだな」
ウンブラは気に入らない、という表情を浮かべた。クソ王と言うだけあって、ウンブラは王が嫌いだった。
本人はふらりふらりとしているのに、駒は思う場所に動き、結局、王が望む通りになっている。人畜無害のような顔をしているが、食えない男だ。そして、フィリアを手に入れた男でもある。
「それでなんですが……」
ウンブラは嫌な予感がしていた。さっき窓から見ていたら、こちら側に見張りが張り付いているのに気づいたのだ。
「2日後にチェリに会いに行くように約束させられました」
「あの見張り、お前にだな?逃げないように付けられたな?」
「尾行をまこうとしたんですが、無理でした」
ウンブラは大きなため息をついた。
「とんだ奴を寄越したな、フィリア」
ガリも苦笑いをするしかなかった。