19.主力の奥方
ウルティマーテ
ヴィサス区の0番の主力、アクア軍の奇襲で亡くなった。ラウダの祖父
ヘルメース
ラカス地区の主力6番
6番はヴィサスの主力だが、どさくさに紛れて手に入れた
エクセン=コンサス
アルデナ区の主力であり、コンサス家の当主
グアバ
コンサスの愛妾、正妻とその息子に手をかけた
アルデナ区の主家コンサス、その邸宅は丘の上に建っており、ソルトの街を見下ろしている。初代当主はストロズ、その生い立ちや身の上については不明。300年以上も前の伝承であり、名前の記録のみが残っているに過ぎない。
今の主力にあたる7剣士を著した神話はあるが、その起源は明らかにされていない。それを記した最古の史書は、ヴィサス族が保管する「創造史」と言われている。少なくとも1000年前のものだ。その頃、既にヴィサスは文字を普通に使用しており、それは知性の民族の歴史としては相応しいものであろう。
話はだいぶ逸れたが。コンサス家は戦いの中で名を上げた家門で、その筋肉のパワーと身体能力の高さは他民族を大きく凌いでいる。コンサス家は政治の面では長年下位に位置していたが。先代の御代に指導権を握る位置につくことになった。その躍進に、ヴィサス族の衰退が大きく関わっているのは否めない。
ちなみに、現当主のエクセンは12代目にあたる。
「これは、まぁ、豪華にやったもんだ。コンサス家の主人は愛妾なのかえ」
白い鳥の羽で作られた大きな扇が広がられ、パタパタと宙を扇ぐ。その持ち主は紺のドレスを綺麗に着こなす、かなり歳を重ねた貴婦人である。紅髪をキッチリとまとめ、赤い宝石を付けた金色の簪が挿されている。
「お婆様、声が大きいですよ……グアバに聞こえたらどうするのです?」
貴婦人の傍らに控え、姿勢正しく立つ若い男が苦言を呈する。インフィニタ軍の正装を着用しており、その襟には赤い刺繍の百獣の王があることから、アルデナ区の武人であることがわかる。濃い赤い髪をしているということは、コンサス家を正統に受け継ぐ家柄に違いない。
「相変わらず品のない、知性のかけらもない宴よのぉ」
バタバタと扇を振りながら、歪んだ口元を上手く隠す。この貴婦人は先代の妹に当たる。そして、横で礼儀正しく控える男はその孫である。つまり、この貴婦人はエクセンの叔母にあたり、隣の男は【はとこ】にあたる。
「当主の奥方が愛妾とは、コンサスも地に落ちたものよ。息子も面汚しで………親子してブレぬ事だけは、褒めてやらねばならぬかのぉ」
「お婆様!!主家に向かって失礼ですよ!」
孫が嗜めると、貴婦人は大きく目を回してみせた。この異様な光景に苦言を呈する者が少ないことが、コンサス家の威厳が落ちている証拠だと何故気づかないのだろうか?
「タントウセイ殿、そなたの声の方が大きいですよ。—————お久しぶりです、ソリア閣下」
同じく白い正装、アルデナ区の武人である中年の男が、貴婦人に膝をついて頭を下げた。
「キレキラ!私のような単なる老婦人に膝など折るでない」
先程まで優雅に毒を吐いていた女は、一瞬にしてその男に覇気を見せた。それにタントウセイは目を見張った。祖母がこんなに強い覇気を出すのは、なかなか見ることができない光景である。
「私にとっては、貴方様が主力でした。それは今も変わりません」
この男はアルデナ区の衛兵を取りまとめる、区の防衛の最高責任者である。位からすると、膝をつく相手とすればエクセン以外にはない。主力の下に控える身分である。
でも、まぁ……。
実際には、エクセンが膝をつかせることなど絶対にできない男はではあるが……。アルデナの兵を動かしているのは、実はこの男なのである。
「お前は相変わらず口が美味いの」
そう言いながらも、ソリアはまんざらでもない様子である。その表情はかつての将軍の顔であった。
「貴方様が男であれば、間違いなく主力だった。今も私は悔しいのです」
「大の男がいつまでも昔のことを言うでない。私を買いかぶり過ぎだ。膝をつくな!立て!見っともない」
結構な年齢の紳士が嬉しそうに顔を赤らめると、姿勢正しく立ち上がった。
タントウセイは2人を見比べながら、祖母の偉大さを改めて痛感した。今は貴婦人として生きているが、若い頃は強い剣士だった。司令官としても優秀だったと聞く。未だにこの祖母を慕い、その一声に動く高官は多い。
「ソリア閣下、主家は今から騒がしくなりますよ」
「面白い情報でも仕入れたか?」
「はい、かなり面白い話です」
キレキラは周りを見渡し、声のトーンを落とした。
「ラウダが現れました」
ソリアは身を起こした。失われた子供の名前が出たことに驚きを隠せなかった。
「落ち着いて聞いてください……カルテルマの大勝利の軍師はラウダだったようです」
ソリアの瞼に1人の子供が浮かんだ。濃い紅髪と深緑の瞳を持つ、聡明な男の子。
「……なんと……生きておったか……」
ソリアは喜びのあまり、小さく震えた。そして、視界に入るグアバを睨め付けた。
「キレキラ……わかっておるな?」
「勿論です。今度はあの妾に手出しはさせません」
大きく歪んだ口元を大きな扇で隠すと、厳しい声がかけられる。
「失敗は許さぬ、あの妾を引きずり下ろせ。コンサスの威厳を取り戻すのだ」
「魂に刻みます」
キレキラは深々と頭を下げた。屈辱で表情が歪んだ。昔、グアバの思惑通りに主家の正妻と嫡男を失った。それは自分の最大の汚点になっている。
「タントウセイ、お前も覚悟を決めよ。次の主力を継ぐだ」
「お婆様……ラウダ様が見つかったのなら……ラウダ様が主力になるべきでしょう?」
タントウセイは周りを警戒しながら、小声で答える。前々から祖母に言われてはいたが、その大それた命令に身がすくむ思いだった。
「あの子はコンサスには戻らんだろう。憎んでいる。
それに、エクセンとあの妾を主家から追い出さねばならぬ」
キレキラはその言葉に目を輝かせた。遂に、ソリアの血統が主家の当主になるのだ。この男にとってはそれが正道だった。
「ラウダはヴィサスの主力を継げば良い。ラカス地区のヘルメースから6番のグロリアを返上させるのだ」
「ソリア閣下、早速、インフィニタ軍の高官を動かします」
「頼んだぞ、キレキラ。お前の力が試されるのだ」
「命を懸け、必ずや」
声を抑えながらも、キレキラが高揚しているのがわかった。
「お婆様……ラウダはコンサスの宝だと仰っていましたよね?」
てっきり、アルデナの主力に据えるものだと思っていたので、タントウセイはその意図を掴めずにいた。
「あの子供の髪は濃い紅髪。コンサス家の正当な血統を表している。お前とラウダが主力になれば、コンサス家から2人の主力が出ることになるな?」
タントウセイは口をパクパクとさせた。大人しく兄の陰に控え、主家を支えると思われていた祖母がこんな大胆なことを考えているとは……。
「タントウセイ、お前が私の孫だから主力に据えるのではない。お前には主力の資質がある。覚悟が足りないだけだ」
ソリアは孫に厳しい視線を向けた後、会場を大きく見回した。そうと決まれば、こんな無駄な茶番に付き合う時間が惜しく感じた。早々に退席しようと、身を整え始める。
視界に入った、嫌悪するエクセンの妾は、偉そうに高官を頭ずかせている。その後ろに控える娘に見覚えがあった。確か……姪だったはず。
その姪が青褪めた顔をし、見つめる視線の先を辿った—————。
その視線の先には、金髪碧眼の美しい男が立っていた。服装から察するに、ラカス区の兵士であることはわかる。あの男に恋でもしているのだろう。
何気に、その男がエスコートする女に目を止めると、ハッと息を呑んた。
「なんと……ウル……ティ……マーテ」
ソリアはその名を喉の奥に押し込んだ。その女から目を離すことができなくなった。
ありえないことだが。
ウルティマーテの覇気をその女から、僅かに感じたのだ……。




