7.失格の新人
アクア国、スノウ国、パプチ地区には、それぞれの国境がある。アクア国とパプチ地区の境界線は、年々、北上しており、パプチ地区はアクア軍に侵されている。それとは反対に、スノウ国とパプチ地区の境は、ザイバイ女王の在任時から現王に至るまで少しも動いていない。
また、その国境の状況もそれぞれの仲をよく表していた。スノウ国からパプチ地区に入ることは、アクア国から入るよりも易しい。パプチの受け入れが緩かった。スノウ国側の出国審査が厳重なことが、その信頼を得たことに間違いない。
さて、スノウ国側の出国ゲートには2人の男が立っている。1人は背が156センチとスノウ国民としては低めの男。もう1人は180センチくらいあり、平均値だろか。
背の高い方の男は、手足が長く、全体的にバランスの良い体型をしている。前髪は顎まで伸び、バラバラに切り揃えられた黒髪は、それはそれで雰囲気が良く似合っている。鼻筋がおとった細長い顔、日焼けした肌と無精髭、薄く形が整った唇とのバランスも絶妙で、ヒールな色男とも言える。そして、悩ましげに見上げるエメラルド色の瞳は哀愁が漂い、大人の魅了がある。
「ガリ、俺ら2人で行く予定ではなかったか?」
ウンブラはウンザリだ、という表情を隠さず、相棒に話しかけた。
この2人はスノウ国の諜報員である。仕事はそつなく、古株にしてフィリアが1番信頼を置くチームだった。欠点をあげるならば、ウンブラは難しい性格でガリしか随行できる者がいないことくらい。まあ、それが1番の大きな厄介事でもあるが……。
「今度は主宰の勅命だからなぁ〜」
ガリはクルクルにカールした頭をくしゃくしゃに掻きながら、ニコッと笑う。
「新人って言ってたよな?足手まといだ。迷惑だ。下手すると死ぬぞ……」
「まぁ、そうだね〜いきなりパプチ行きとは、自殺行為だよね〜」
「出国までに送り返すぞ……」
「そう、上手く行くかなぁ〜凄くできる子だったらどうするのさ?」
「研修明けの新人に期待なんかできるか。そんなに甘い仕事やってないだろうが、俺たちは」
「まぁね」
ガリは軽く答えながらも、面白そうにウンブラを見ていた。新人の資料を渡しても、はなから追い返すつもりなので全く目を通していない。本人を知っても同じ対応をするのだろうか?
「あれじゃない?あの金髪の子」
「はあ?あんな貴公子みたいな弱そうな奴あり得んだろ、あっちじゃないか?」
ウンブラは金髪碧眼の男ではなく、身なりが汚い若い男を指差した。そっちの方がパプチに潜入しても違和感がなかった。
「え?マジで言ってんの?」
ガリはその言葉に、呆れた目を向けた。しかし、よくよく観察すると、受け入れるしかなかった。
金髪の男は無地の白いシャツのボタンを2番目まで外し、黒色のジーンズを履いている。背負うリュックも大きかった。スニーカーはブランドものである。
ガリはため息をついた。
ウンブラがそう思うのも仕方ない。多分、服もリュックもブランドものだ。シンプルでも、モノが良すぎる。
ウンブラが身なりの悪い男を観察していたが、しばらくすると、その目は鋭く変わった。
「あいつ……違うな…むしろ」
ウンブラは急いで金髪の男のもとへ走り出す。ガリは一瞬で状況を把握する。
「しまった!」
ガリは拳銃を構えた。
【ここで銃は使うな】
ウンブラの声がガリの脳内に響く。ガリは慌てて銃を隠した。
金髪碧眼の男がこちらに向かってくる。その後ろに不審な男がピッタリと付いていた。そして、間隔を詰めると、金髪の男に襲いかかった。
ふらり
金髪の男は体を左に揺らすと、次の瞬間には男の後ろに回り込み、あっという間に首を腕で締め上げた。
「おい!」
あまりに優雅な瞬足な仕草に、ウンブラは面食らった。
金髪の男は冷たく微笑みながらは、容赦なく首を締め上げる。美しい顔には似つかわない冷酷な表情だった。
「お前、誰に頼まれた?アクア国の奴だな?」
「おい!殺すな!」
ウンブラが慌てて2人の間に割って入ると、引き離した。金髪の男の力も強かったが、ウンブラの方が経験値が高かった。身なりの悪い男を引き離すと、そいつに拘束具をはめる。
「ぐはっ!」
突然、引き離された男が泡を吹いて、倒れた。
「毒を所持していたか……」
金髪の男は口元を歪めていた。その冷酷な表情をウンブラは見つめていた。
パタパタパタパタ
ガリが警官を連れてやってきた。若い警官は泡を吹いている男を見ると、小さく震えている。死体を見るのが初めてだった。
「不法侵入者だ。拘束しようとしたが、服毒自殺した」
ウンブラは警官に事の経緯を説明すると、腕の刺青を見せた。警官はその印を見ると、頭を下げた。検察の印だった。
「後は任せた」
ウンブラは警官にそう告げると、金髪の男の腕を掴んだ。そして、そこから立ち去る。ガリはウンブラの後ろに続いた。
奥へ奥へと進んでいき、人の少ない国境の境界門の近くに来ると、ウンブラは思い切り、金髪の男を投げ飛ばした。
パタン
金髪の男は床に倒れると思われたが、身を交わし、体勢を整えた。
チッ
ウンブラは忌々しいという表情を浮かべた。
「俺達は殺し屋ではない。さっきのあれは何だ?殺すつもりだったろ?」
「出所を確認しようとしただけだ。しかし、結果的にそうなったとしても、仕方ないとは思ってはいた」
男は悪びれもせずに、真っ直ぐに答えた。
「お前、だいぶ前から尾行られてたの気付いていただろ?なぜ、ここまで引っ張ってきた?」
「アイツは俺の兄の命を狙ってたんだよ。引き離し、誰の仕業かを突き止めるつもりだった」
「兄だと?」
「俺の双子の兄だよ。さっきの男は俺が兄貴だと思って襲ってきた」
ウンブラは思わぬ話に、ポカンとした顔になった。
「えーえー、皆さんが揃ったところで良いですかね?」
ガリは2人の間に入ると、気まずそうな顔をする。
「ウチのボスのウンブラ、で、こっちは新人のレオナルド=ロイドだよね?で、僕はガリです。と、自己紹介をとりあえず〜」
パン!
ガリは軽く手を叩くと、手を合わせて2人を見比べた。
金髪碧眼の男は目を大きく開け、ウンブラを見つめている。ウンブラは苦笑いをしていた。
「で、確認だけど。さっきの死んだ男は、ロナウド=ロイドを狙った男で、レオナルドくんは兄に変装してウチの待ち合わせに来たと」
ガリはレオナルドに右手を向けていた。
「その通りです」
ふんふん、とガリは頷く。
「だから、そんな高い服を着てきたわけね?ごめん、事情知らんかったから、馬鹿だと思ってたわ」
ガリは平然とレオナルドをディスった。ウンブラは口をポカンと開けたままだ。
「レオナルド、待ち合わせに面倒は困るよ。ウチらを舐めてんの?」
ガリは厳しい視線をレオナルドに向ける。
「それに君、身内が狙われたからって動揺し、我を忘れたよね?それって失格だから、もう一回研修をやり直したら?」
ガリは目を細めると、レオナルドを冷たく睨む。レオナルドはやっと自分を取り戻し、頭を深々と下げた。
「ウンブラ、本部に送り返す?今までで最悪のお荷物だけど?」
ガリは面白そうにウンブラに視線を向けた。ウンブラは口を開けてきた。そして、ポツリと漏らした。
「ロイド……お前、ロイド家か……」
「はい。先程は失礼しました。どうか、もう一度チャンスをください。今返されたら、王妃に会わせる顔がありません」
レオナルドは深々と頭を下げる。
「くそっ!フィリアの奴!」
ウンブラは悔しそうに顔を歪めた。
ドカドカと歩いてレオナルドに歩み寄ると、両手でレオナルドの顔を持ち上げた。そして、その瞳をじっくりと見つめる。
「フィリアの甥っ子ってお前か!」
ウンブラは苦笑いをする。レオナルドは声もなく頷いた。
クスッ、グハッ!!
ガリは笑いを堪えきれずに吹き出した。ウンブラはこの新人は追い返せない、そんなことは資料を見た瞬間、ガリはすぐにわかった。
「フィリアの頼みの甥っ子じゃぁ、断れないよね〜」
ガリがウンブラをからかうと、ウンブラは真っ赤な顔をして睨んだ。
ガリは次に口から出る言葉を飲み込んだ。ウンブラを本気で怒らせるつもりはない。しかし、心の中でその言葉を唱えた。
(フィリアはウンブラの愛する女性だからね〜)




