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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第3章 儼乎なる玉桂
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12.契約

 ピーノは何の感情もなく、その光景を見ていた。主人を助け守った男だと言うが、特に何の感情も湧き起こらない。元々が、事実を事実のままにしか理解できない生き物だからかも知れないが。祖父と呼ばれるその男に、極めて冷ややかな気持ちだった。


 この老人に対して、異常に気を配る主人に違和感を感じていた。ヴィサスの主力にその人生を捧げた事実には、勿論、感謝はしているが。自分にとって、この男の重要度はそれほど高くない。


 ラウダは庭に大きなテーブルを広げ、サドに持たされたお土産を広げた。ちょうど昼の時間帯に差し掛かっていた。手際よく準備をする傍で、タオが手伝っている。


 大量の食事が所狭しと並んだ。ラウダは祖父の好きなものを小分けにし、目の前に並べる。皆にも取り皿を渡しながら席を勧めた。


 皆が席に着くと、誰ともなく話を始めた。ラウダは食事をしながら、この家を出てからのことをペラペラと話す。その話を祖父は黙って聞いていた。覚悟を決めたのだろう、最初の動揺は全く見せることはなかった。ひと通り話が終わると、祖父はポツリと呟いた。


「宿命は変えられぬのだな……」


 普通の人生を用意してやりたかった。ひっそりと町の片隅で暮らし、良い人と家庭を持たせ、ささやかだが穏やかな人生を与えてやりたかった。しかし、思い起こせば、時の流れはこの子を放っておくことはしなかった。必ず何処からか呼び寄せられ、時勢に影響を与える。


 それは小さな渦であったが、徐々に大きくなり、今やこの国へと大きくなっている。それはこの子が持って生まれたものなのかも知れない……。


「ラウダ、お前の思う道に進みなさい」


 今まで自分の子供のようにも思ってきたが、主家の後継者とそれを支える従者という立場に気持ちを切り替える時が来たようだ。もう、自分の役割は終わったのだ。


「……じーちゃん、じーちゃんは俺のじーちゃんだからな……」


 ラウダはクゥストスから違うものを感じたのだろう。自分の想いを改めて伝える。血のつながりがないことなど、最初からわかっているのだ。


 クゥストスは小さく頷いた。ラウダの気持ちが嬉しい。簡単に切り分けられるほど、この2人の歩んできた道は決して緩やかではなかった。


「……それでなんだけど、ウンブラとガリ、俺の正式な主力の右席と左席を務めてもらえないか?」


 ガリはウンブラに真っ直ぐな視線を向けた。自分の気持ちは決まっているが、ウンブラがどう動くか予想がつかなかった。


 ウンブラは気怠そうに煙草をふかす。視線は遥か遠くを見ていた。その様子からは歓迎する態度ではない。左肘をテーブルに付くと、エメラルドの瞳をラウダに向けた。


「勿論、俺が右席だよなぁ?」


 ウンブラはニヤリと笑いながら、ゆっくりとその言葉を吐き出した。


 主力を支える重要な側近は通常3名、背側、右席、左席と呼ばれる。その信頼度、重要度もその並びである。


「そうだよ、ウンブラには右席を務めてもらいたい。つまり、この国、それもヴィサスに籍を移してもらいたい」


 今までの仮の地位ではない。この国の民になってくれと言っているのだ。それも今はまだ再興が約束されていないヴィサス、再興されたとしても荒地に過ぎない区だ。スノウ国に築いた生活基盤、地位、財を失うことになる。


「それはそれは……大きな人生の選択だな」


 ウンブラは気怠そうに煙草の煙を吐いた。そもそもこの男は面倒ごとには関わらず、ことなかれ主義、家族なんて責任が重いものも持たず……。このオファーは速攻でお断りの案件だが————。


「わかった、早々に手続きをしてこっちに移る」


 ガタッ


 その意外な答えに、1番動揺したのはガリだった。勿論、この流れは嬉しいが、ある意味……恐怖である。


「……ウンブラ……あのさ……いいと思うんだけどさ……即決って、どういうこと?」


 ガリの予想では数日説得だと覚悟していた……。


「……あの婆さん……あの婆さんが煩くてな。俺も考えをだいぶ変えたのかもな」


 ヌーア族の首領、カカル。その豪傑がウンブラを連日呼び出し、父の話やらウルティマーテの話をうんざりするくらい語った。その熱意はこの男の心に何かを及ぼしたようだ。


 糸の切れた凧と称されたこの男、それは自分の核を定めきれていなかったからかも知れない。この男の核は父親だったのだ。父親の信じたもの、夢みたものを理解できたとき、心の絡みが定まったのかも知れない。そして、少なからずアウロラのイエロズと対峙したことも影響を与えていた。区と民を守る本物の主力の覇気だ。


「ありがとう、嬉しいよ」


 ラウダは深々と頭を下げる。そして、ガリに向き合った。


「ガリ、貴方にも同じようにヴィサスの民として、俺の左席を務めて欲しい」


「……喜んでお受けします」


 ガリは静かに頭を下げる。ウンブラが断ったとしても、自分だけは受けるつもりだった。この国のことはいつも気になっていた。祖父の国だからでもあるが、知れば知るほど、血が騒いで止められなかった。スノウ国の諜報員としてココを志願したのも、それが理由だった。もしかしたら、ウンブラもそうだったのかも知れない。


「ありがとう、心強い」


 ラウダは嬉しそうに微笑んだ。


「……あの、私も貴方の側に仕えたいです……役など必要ありません……ただ、そばで守らせてください」


 背を曲げ、頭を深々と下げる青年、彼は消えそうな声を上げた。


「タオ、君を従者だと言ったのは、アウロラから逃すためだ。君は恩義を感じる必要はない。ヌーア族の元に帰っていいんだ。君は自由なんだよ」


 タオは大きく頭を振る。それでは昔と何も変わらない人生だ。


「ウンブラに頼んでスノウ国に出国させてもいい。スノウ国なら君を受け入れる大学もあるよ」


 それにガリも頷く。スノウ国の大学は差別を許さない。国王が厳しく禁じているからだ。


「違うんです!私が貴方の歩む道を辿りたいだけなんです!貴方の切り開く道をそばで見たいんです!!」


 ラウダは絶句した。それはとても大掛かりなものに思えた。まだ見えないものへの恐怖を感じた。


「ラウダ様、側においてはどうです?貴方ならこの男を仲間として見れるでしょう?」


「……確かに、タオは仲間だと思えるけど……」


 これだけ多くの仲間の全てを背負う重さを改めて感じてた……。


「主力の貴方がこの男を対等に扱うことで、ヌーア族の地位も変わるかも知れませんよ?時間はかかるかも知れませんが」


 ピーノは冷ややかな笑みを浮かべる。


「背側のお前が言うのだから……そうかもな」


 ラウダが呟くとピーノは口角を上げた。


(おいおい……これが背側か……)


 ウンブラは訝しげにその男に目をやる。


 この対応は百点満点だ。優しすぎるラウダを嗜め、取るべき道を示す。しかし、言葉通りだけではない。この男はタオの力の価値をよくわかっている。タオを身内に入れ、ラウダにつけることはリスクはあるが、実の方が多い。


 闇の言霊と言われているが、実は強力な呪力を操る才能だ。そして、タオを側に置くことでヌーア族が味方に付いているとも言える。緻密な戦略が裏にちゃんとあるのだ。単なる人助けではない。


「タオ、君には宰相をして貰う。君は分析が専門分野だったらしいね?学びは途中だったのだろう?」


 タオは思いがけない進言に身が震えた。


「とっ……とんでもありません!!そんな!!」


 ラウダは少し考えると面白そうに微笑む。


「いや、君には宰相をして貰う。そして、その為にスノウ国に渡るんだ」


「え?」


「スノウ国の大学に行き、学びを終わらせること!ガリ、情報分析の分野の権威に学ばせたい」


 タオは凄い速さで自分の人生が定まることが信じられなかった。驚きで声を失っていた……。


「それなら、スノウ大学のロナウド=ロイド助教授でしょうか。すぐに手配します」


「頼みます。タオ、俺のそばにいるなら中途半端はダメだ。スノウ国に渡り、多くを学んで帰るように」


 パシャリと言い放つその姿に、タオは深々と頭を下げる。心はとても熱い。


「……それと、闇の言霊は封印すること。これは今から守れ」


 タオは目を見開き、さらに深々と頭を下げた。それにホッとすると、ラウダは一息をついた。


 一気に決まった人事に、その場は静まり返る。各々がこれからの未来を思っている。その静かさに割って入ったのは、1人の言葉だった。


「ラウダ、わしはヴィサスの地に帰るよ」


 そう声を上げたのは、クゥストス、ラウダの祖父である。


「え??まだ帰れるとこではないよ?」


「残りの命を故郷の開拓で終わりたい」


「でも!目が……」


「できる範囲で日々少しづつやるさ。仲間も集めながら……」


「俺がちゃんとしてから呼び寄せるから!」


「ラウダ、故郷に帰りたんだ」


 それはとても重みのある言葉だった。この老人の最後の願いである。


「世話をするものを付けましょう。どっちみち、ヴィサスの地を整える部隊は必要です」


 ピーノの進言にラウダは躊躇いがちに頷く。自分のために人生を使った男が、さらに自分のために使うのではないかと心配だった。


「いい加減、祖父離れしろよ」


 ぶっきらぼうにウンブラが呟く。それがラウダの心を少し軽くする。


 ラウダは周りを見渡す。これが自分の家族だ。ここからがスタートになる。


【契約】


 それは紙に記し、互いの血判を交わすわけではない。


 ヴィサスの伝統は他国とは大きく異なる。


 互いの心に術で契約を刻むのだ。


 それを解くのは不可能ではないが、多くの痛みを伴う。


 ラウダはピーノ、ウンブラ、ガリ、それぞれと契約を交わした。タオとはスノウ国から戻った時に交わすことにした。


 特にラウダとピーノの契約には大きな負担があった。ラウダはウルティマーテの全てを受け継ぐことになった。体にかなりの負担がかかり、2日ほど寝込んだ。


 ウンブラとガリの国籍変更は思ったより簡単だった。それより、スノウ国の諜報員を辞める方が大変かと思われた。しかし、フィリア女王は二つ返事で受け入れ、1通の書簡を送ってきた。



【大馬鹿者、やっと道をみつけたか。勝手にしろ】



 それはシンプルな言葉だったが。


 ウンブラにはわかっていた、最大の祝いの言葉であると。

 




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