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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第3章 儼乎なる玉桂
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10.筋を通す

そもそも、ラウダはドゥーリ区のサドの手下でした。

彼のおかげで今のラウダがいるとも言えます。

 ドゥーリ区の主力、ガンジス=ミルスキは幼少の名をサドと言う。ミルスキ家の当主の婚外子、母親は踊り子だったという。10歳で主家に引き取られた。主家の正妻との間に子ができなかったという、よくある話で彼の人生は大きく変わった。


 急に始まった帝王学の教育に幼い子供は反発などできなかった。奔放な母親の生活費を主家が肩代わりしてくれていたからだ。しかし、青年になった頃には反発心から、サドの名前を使い、街の元締めとして裏で羽を伸ばしていた。


 そんなある時、少年と盲目の老人が街に流れてきた。手下の話を聞けば、アルデナのコンサス家が血眼になって探している子供だと言う。鼻が効くサドはエクセンの子供だと見当はつけていた。


 盲目の老人はかなりの剣の達人のようで、優れた軍人であったことが伺えた。そして、その子供ラウダは類い稀なる身体能力と頭脳を持っていた。その少年の自分を怪しみ睨む瞳が、自分の幼い頃と重なったのは否めない。面倒を看だしたのも、自分の中の寂しさや悔しさがくすぶったからだ。


「サド、色々とありがとう。無事、戻ってきたよ」


 そう言って戻ってきた少年は深々と自分に頭を下げる。よく見れば、後ろに控えるメンバーが増えていた。2人は外国の傭兵だと思うが。もう2人は知らない男だった。


「雇い主の2人の仕事は終わったのか?後ろの2人は誰だ?」


 ここはサドとして活動する屋敷の一角。長いテーブルを挟むかたちで対峙している。商会として構えている建物なので、この下町ではそこそこの豪華さだが、主家の屋敷に比べると馬小屋くらいの扱いになるかもしれない。


「こっちはピーノ、俺の側近だよ。それで、こっちは俺の従者のタオだ」


 タオと紹介された青年は異様に姿勢が悪かった。少し色が入った眼鏡をしているが、こちらに視線を向けようとはしなかった。人と交わる様子はなく、何か異様な空気を感じさせた。


「お前はいちお、俺の配下だよな?勝手に部下を増やすんじゃねぇ」


 サドは何故かイライラした。手の中に収まっていた雛鳥が勝手に巣立っていった寂しさがある。


「でさ……言いにくいだけど……サドの手下はもうできないんだ……」


「はぁ?何言ってんだ?勝手に抜けれると思ってるのか?中央部からお前の出頭命令が俺宛に来てるんだぞ……本当はとうに行ってなきゃいけねえのに、俺が伸ばしてやってるんだぞ……」


 5番の主力はこめかみを抑えた。主力会を引き伸ばし、中央部からの叱責を無視しし、大変な対応をさせられて来たというのに……自分の所から出て行くだと?どの区に行くつもりなんだ??


「悪いと思ってるよ……サドには世話になったし……だけどさぁ、俺、やってみたいんだよ……」


「何をいまさら……カルテルマの大勝利の噂が広まった今、お前、下手すると中央部に回収されるぞ……俺が守れるのにも限界がある」


 既に、アルデナのコンサス家から頻繁に接触がある。自家の息子を引き取りたいと言う。エクセンが出張って来たら、自分だけの力では抗うのは困難だ。


「俺、0番の主力になろうと思うんだ」


 ラウダは迷いなくそう言い放つと、腰に佩刀していたグロリアをサドに差し出した。その刀は他の主力のグロリアとは大きく異なる。細身の刀だが、その覇気は比べものにならない。その違いは同じ主力にしかわからない重みである。


「おっ……おい!」


 サドは思わず立ち上がり、宝刀グロリアに手を伸ばした。


 パシッ!! 


「うっ……」


 軽い電気が走り、その手は大きく弾かれた。これは力の強さだ。刀の持つ覇気とその持ち主の覇気の強さだ……。サドははその手をマジマジと見つめた……。軽い電気のような刺激だったが、指先の麻痺はまだ元に戻らない……。


「ハッ!ハハハハハ!!!!!!」


 突然笑い出した男に、ラウダ達は固まった。気でも触れたのか?その男は腹を抱えながら大笑いしている。


「サド……悪かったよ……何の相談もしなくてさ……」


 ラウダは申し訳なさそうに、狂ったかのように大笑いする主人に声をかける。その様子を横目で確認すると、その男は右手で軽く制した。


「いや、いいんだ。お前、やっぱ面白えわ……俺の予想を軽く超えてくよな?そうでなくっちゃな……」


 察しのいい男は瞬時にこの国の状況を先読()たのだ。そこから面白いことになるのを見抜いた。凝り固まった中央部がひっくり返るくらいのことが起こる。


「俺の手を離れるのは寂しいが、あの狸ジジイ達の古巣を引っ掛け回せるなら、それはそれで愉快だ……で?俺に何をして欲しい?」


 ラウダは呆気に取られた。この男の頭の回転は速い。間の話などかっ飛ばすのは常。常に先回りをしないと付いていけない……。その当たり前のことを長らく忘れてしまっていたようだ。


「ラウダ様をヴィサスの主力として推してもらいたい」


 後ろのピーノと紹介された男が、冷静な声で隙間を縫うかのように入り込んだ。


 ほぉ、と興味深げに男に目をやった。何の特徴も掴ませない男、裏社会で凌ぎを削ってきたサドとしての目は、その薄気味悪さと機械のような明晰さを見抜いた。


(こんな面白い奴どこで拾ってきた?)


 この男の言葉には多くのものを含んでいるのをすぐに理解した。


「一時預かりになっている旧ヴィサス区を取り戻すか?ラカス区はごねるかもな?」


 ピーノは薄っすらと微笑む。サドの頭の回転の速さに軽く感嘆していた。


「まぁ、こっちとしては、アルデナに主力を持ってかれないなら、別にいいけど」


 サドはドアの前に控えていた従者に合図した。それを受けた男は驚いた顔をすると、急いで外に出て行く……。男が向かった方向を確認すると、話をさらに続ける。


「しかし、俺1人の承認だけでは3分の2は届かんぞ」


 本件は主力の3分の2の承認を必要とする。領地の権利移転に当たるため、過半数では足りないのだ。つまり、6人の主力中、4人以上が承認しなけらばならない。


「大丈夫です。アウロラ区のイエロズ様、ボオラ区のエレクトロ様、ラカス地区のチェリ様の承認は得られることになっています」


 ラウダは驚いて振り返る。


(いつの間に……)


 ウンブラはその様子を見ながら軽く笑った。ピーノは早々に各人に承認を取り付けていた。アウロラのファミリアを使ったのだ。


 その即答にサドは両手を大きく上げて、参ったという仕草をする。


「ならば、乗るべきだな?担ぐなら、勝ち神輿にかぎるからな」


 口ではそんなことを言いながら、この男は1人だけでもラウダに付いてやる気持ちでいた。心の底では既にこの少年は自分の家族になっていた。歳の離れた弟みたいなものだ。


「サド、ありがとう……恩を返せてもいないのに……」


 それにも軽く手を振る。この少年にそんなことは最初から求めてはいない。


「で?ラウダ、主力の俸禄は少ないぞ。お前どうやってやってくわけ?」


「え?」


「旧ヴィサス区は小さいうえに、荒れ果てた地に過ぎない。民は1人もいない。区としてやってけないだろ?主力は志しだけでは成り立たない」


「あ……」


 何も考えていなかった……。今までの延長で考えていた……。


「それに、まず従者。後ろの人達とちゃんと契約したか?」


「……」


「俸禄は中央部から少しは出るが、多くは主家が払うもんだ」


「そうだったのか……」


 サドが稼ぐのはそういう意味があったのだと、今更ながらに納得する。


「まずは目先の主力会の出席、お前、正装持ってるのか?軍服は?靴は?鞄は?」


「それはアウロラ国の奥様から頂いた……」


 サドは頷くと、さらに続ける。


「で、側近とそのお供達の分は?」


「あっ……」


 サドはその様子を確認すると、軽く手を上げた。それを合図に、数人の男達が大きな木箱を抱えて部屋に入ってくる。そして、その箱をテーブルに並べて行く。


「お前の退職金だ、持ってけ」


「え?」


「お前が稼いだ分だ、やる」


 ラウダはその箱をマジマジと見つめる。箱の表書きを見れば、それが大金だというのがわかる。こんな大金を稼いだ覚えはない……。


 フーッ


 サドはラウダの様子を見て、その素直で純心な心が心配になる。この少年はどれだけピンハネされていたのか、全く気付いてなかったのだろう。自分を信じ過ぎだ……。


「お前の金だ。返すなよ?後は自分で切り盛りしろ」


 面倒臭そうに手を払うサドに、ピーノは深々と頭を下げた。資金面について、ピーノは考えてはいたが、思いがけない大金はかなり助かる。


「……サド、俺、お前にどうやって恩を返せばいい?」


 思い詰めた少年に元主はニカッと笑う。


「インフィニタで大暴れして、面白くしてくれればいいさ」


 この少年はわかっていないだろう。孤独で暗闇に飲み込まれそうな時に現れ、自分に目標と人生の楽しさを教えてくれたことに。


(お前の純粋さが、俺を救ってくれた。それだけで充分だ………)


 サド、ガンジス=ミルスキは豪快に笑った。


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