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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第3章 儼乎なる玉桂
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5.美しい人

 ラウダの横にピーノがピッタリとくっついている。その2人の前を歩き廊下を進む女性は、イエロズの妻でありファミリアの母である。豊満な女性らしい体つきは、とても妖艶である。しかし、それとは真逆にその女性(ひと)は可愛らしかった。


「イエロズは真面目だから……ラウダさんも困ったでしょ?グロリアを深く想っていたから、拗らせてるのよ。許してあげて?」


 ピーノはそのあっけらかんとした態度に戸惑っている様子。


「……あの、奥様……母や私のことが(いと)ましくはないのですか?」


「え?どうして??イエロズが好きだった人とそのお子さんでしょ??」


 全く悪意はなく、本当に心底にそう思っているらしい……。純真な少女のようだと、ピーノは面食らった。


「私もファミリアもダリアも夫から十分の愛情を貰っているわ。ホント十分過ぎるくらい……お腹がいっぱいだわ」


 奥様は喜びを通り越した、困った顔で笑っている。どうやら、冷淡に振る舞うイエロズは、実は執着が激しい人のようだ……。


「ラウダちゃんがウチの嫁になってくれたら、心強かったのよ?あの人と対等にやり合ったんでしょ?凄いわよ……」


「……それは、主力の力があっただけで……」


「いいえ!軍師で活躍したって言うじゃない!剣の腕だってファミリアといい勝負でしょ?アウロラでは稀な話だわ!女ってだけで、制限が多いのよ!!ホント!!」


 口を尖らせながら、プンプンと怒っている。遠くから身守るファミリアは呆れた顔をしていた。


「でも……まぁ、大人し過ぎるファミリアが少し変わってきたようだし?」


 チラリと息子に視線を向けると面白そうに微笑んだ。その息子は背筋がゾワリとした。


「ねえ!ラウダちゃん!夫はいた方がいいわよ〜寄りかかれる存在って案外いいものよ?」


 ひたすら喋り続ける美女を相手に、ラウダは圧倒された。


「……はぁ……」


「そばにいるとホッとして、何か隣にいて落ち着く人?この人なら大丈夫と思える人??そんな人っているかしら??」


 ラウダは記憶を巡らせた。ホッとする?ホッとしたことがあっただろうか??


「堅苦しく感じなくてもいいのよぉ〜落ちそうな時に手を差し伸べてくれる、その手って誰のかしら?」


 ラウダは目をぱちくりとさせた。1人思い浮かんだ……。


 ルシートと名乗っている男。レオナルド=ロイドだった……。金髪碧眼の男が和やかに笑っていた……。


「あら、まぁ……」


 その乙女の表情は自分の息子にではないこと、は容易に想像できた。奥様は息子に視線を投げかけると。


「ドンマイ!」


 と親指を立てた。そして、小さく舌を出してみる。


 息子は母親に、余計なことを言うんじゃない!と冷ややかな視線を返す。いつもそうだ、母は不用意な発言を簡単にし、ノリで乗り切ろうとする……。


「さあさあ!切り替えて行くわよ!!ラウダちゃんのお婆ちゃんの妹さん。大叔母様がお待ちですよ!私の姉の嫁ぎ先のお姑さんなのよ〜」

 

 奥様は城の中庭にラウダ達を案内した。白い薔薇が咲き乱れ、一部が温室になっていた。今は天気がとてもいいので、全ての窓が開かれていた。


 その温室の一角に茶席が用意されており、そこに老女が美しい姿勢で座っていた。銀色の髪と瞳は水色のドレスによく映えている。


 その女性はラウダをジッと見つめると、口を両手で押さえた。瞳には涙が滲み始める。


「伯母様!ラウダちゃんよ〜」


 老女の隣の席を案内され、ラウダは腰をおろした。


「……グロリアにどことなく似ているわね……。姉さんが会えたら良かったのに……」


 老女のつたない言葉に、奥様が解説を入れる。


「ラウダちゃんのお婆様は数年前に亡くなったの……。ずっと貴方を探していたのよ?」


 そんな身内がいたことが信じられなかった。自分の存在を探す者は、命を奪おうとする者だけだと思っていた。


「……姉さんは……グロリアを奪われてから、いつもアルデナを恨んでいたわ……」


 その様子は壮絶なものだったのかもしれない。老女の表情は酷く苦しげだ……。


「ラウダちゃん、イエロズは優しい人なのよ……。いつも大叔母様に寄り添っていらしたわ……多少歪んだ人ではあるけど、深い想いがあるのよ……正直、私達はアルデナを良くは思えないの……」


 奥様は申し訳なさそうにしている。


 ラウダを窮地から救えなかったこと、押し付けようとした正義に対して。そして、半分流れるアルデナの血に対してもだ。


「……あの……大丈夫ですので……こうしてお会いできただけで、充分ありがたいと思っています。アルデナがここに押しかけ、子供を奪ったのですから憎まれてもしょうがないです」


 その物分かりの良さに老女はさらに涙ぐんだ。


「姉はウルティマーテと出会い、彼に恋をしたわ……。親の反対を押し切って、彼について行ったの……」


 ウルティマーテは大きな男だった。聡明で寛容な男だった。姉が心を奪われたのも理解できた。


「ラウダ……貴方はウルティマーテ様と同じ感じがするわ……」


 残念なことに、という言葉は飲み込んだ。それは言うに(はばか)れた。彼がもっと狡猾であれば、ヴィサスは滅びず、姉達の家族は幸せに暮らせた。


 姉は彼の愛した部分に苦しめられたとも言える。


 皮肉なことだ。


「大叔母様、ラウダちゃんは0番の主力なんですって」


 奥様の言葉に老婆は閉口した……。涙は止めどなく溢れ出す。 


 よりにもよって……主力を継ぐなど……。それも0番なんて……。まだ若いこの子の行く末が心配だわ……。


 しかし、この再会は不安を与えるだけであってはならない。老婆は口をグッと閉じると、ただ頷いた。何度も何度も頷いた。


 ラウダは躊躇いがちに老婆の手を取ると、小さく呟いた。


「私を気にかけてくれて……ありがとう…」


 老婆はそれに、ただ何度も何度も頷いた。

 



 




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