5.美しい人
ラウダの横にピーノがピッタリとくっついている。その2人の前を歩き廊下を進む女性は、イエロズの妻でありファミリアの母である。豊満な女性らしい体つきは、とても妖艶である。しかし、それとは真逆にその女性は可愛らしかった。
「イエロズは真面目だから……ラウダさんも困ったでしょ?グロリアを深く想っていたから、拗らせてるのよ。許してあげて?」
ピーノはそのあっけらかんとした態度に戸惑っている様子。
「……あの、奥様……母や私のことが忌ましくはないのですか?」
「え?どうして??イエロズが好きだった人とそのお子さんでしょ??」
全く悪意はなく、本当に心底にそう思っているらしい……。純真な少女のようだと、ピーノは面食らった。
「私もファミリアもダリアも夫から十分の愛情を貰っているわ。ホント十分過ぎるくらい……お腹がいっぱいだわ」
奥様は喜びを通り越した、困った顔で笑っている。どうやら、冷淡に振る舞うイエロズは、実は執着が激しい人のようだ……。
「ラウダちゃんがウチの嫁になってくれたら、心強かったのよ?あの人と対等にやり合ったんでしょ?凄いわよ……」
「……それは、主力の力があっただけで……」
「いいえ!軍師で活躍したって言うじゃない!剣の腕だってファミリアといい勝負でしょ?アウロラでは稀な話だわ!女ってだけで、制限が多いのよ!!ホント!!」
口を尖らせながら、プンプンと怒っている。遠くから身守るファミリアは呆れた顔をしていた。
「でも……まぁ、大人し過ぎるファミリアが少し変わってきたようだし?」
チラリと息子に視線を向けると面白そうに微笑んだ。その息子は背筋がゾワリとした。
「ねえ!ラウダちゃん!夫はいた方がいいわよ〜寄りかかれる存在って案外いいものよ?」
ひたすら喋り続ける美女を相手に、ラウダは圧倒された。
「……はぁ……」
「そばにいるとホッとして、何か隣にいて落ち着く人?この人なら大丈夫と思える人??そんな人っているかしら??」
ラウダは記憶を巡らせた。ホッとする?ホッとしたことがあっただろうか??
「堅苦しく感じなくてもいいのよぉ〜落ちそうな時に手を差し伸べてくれる、その手って誰のかしら?」
ラウダは目をぱちくりとさせた。1人思い浮かんだ……。
ルシートと名乗っている男。レオナルド=ロイドだった……。金髪碧眼の男が和やかに笑っていた……。
「あら、まぁ……」
その乙女の表情は自分の息子にではないこと、は容易に想像できた。奥様は息子に視線を投げかけると。
「ドンマイ!」
と親指を立てた。そして、小さく舌を出してみる。
息子は母親に、余計なことを言うんじゃない!と冷ややかな視線を返す。いつもそうだ、母は不用意な発言を簡単にし、ノリで乗り切ろうとする……。
「さあさあ!切り替えて行くわよ!!ラウダちゃんのお婆ちゃんの妹さん。大叔母様がお待ちですよ!私の姉の嫁ぎ先のお姑さんなのよ〜」
奥様は城の中庭にラウダ達を案内した。白い薔薇が咲き乱れ、一部が温室になっていた。今は天気がとてもいいので、全ての窓が開かれていた。
その温室の一角に茶席が用意されており、そこに老女が美しい姿勢で座っていた。銀色の髪と瞳は水色のドレスによく映えている。
その女性はラウダをジッと見つめると、口を両手で押さえた。瞳には涙が滲み始める。
「伯母様!ラウダちゃんよ〜」
老女の隣の席を案内され、ラウダは腰をおろした。
「……グロリアにどことなく似ているわね……。姉さんが会えたら良かったのに……」
老女のつたない言葉に、奥様が解説を入れる。
「ラウダちゃんのお婆様は数年前に亡くなったの……。ずっと貴方を探していたのよ?」
そんな身内がいたことが信じられなかった。自分の存在を探す者は、命を奪おうとする者だけだと思っていた。
「……姉さんは……グロリアを奪われてから、いつもアルデナを恨んでいたわ……」
その様子は壮絶なものだったのかもしれない。老女の表情は酷く苦しげだ……。
「ラウダちゃん、イエロズは優しい人なのよ……。いつも大叔母様に寄り添っていらしたわ……多少歪んだ人ではあるけど、深い想いがあるのよ……正直、私達はアルデナを良くは思えないの……」
奥様は申し訳なさそうにしている。
ラウダを窮地から救えなかったこと、押し付けようとした正義に対して。そして、半分流れるアルデナの血に対してもだ。
「……あの……大丈夫ですので……こうしてお会いできただけで、充分ありがたいと思っています。アルデナがここに押しかけ、子供を奪ったのですから憎まれてもしょうがないです」
その物分かりの良さに老女はさらに涙ぐんだ。
「姉はウルティマーテと出会い、彼に恋をしたわ……。親の反対を押し切って、彼について行ったの……」
ウルティマーテは大きな男だった。聡明で寛容な男だった。姉が心を奪われたのも理解できた。
「ラウダ……貴方はウルティマーテ様と同じ感じがするわ……」
残念なことに、という言葉は飲み込んだ。それは言うに憚れた。彼がもっと狡猾であれば、ヴィサスは滅びず、姉達の家族は幸せに暮らせた。
姉は彼の愛した部分に苦しめられたとも言える。
皮肉なことだ。
「大叔母様、ラウダちゃんは0番の主力なんですって」
奥様の言葉に老婆は閉口した……。涙は止めどなく溢れ出す。
よりにもよって……主力を継ぐなど……。それも0番なんて……。まだ若いこの子の行く末が心配だわ……。
しかし、この再会は不安を与えるだけであってはならない。老婆は口をグッと閉じると、ただ頷いた。何度も何度も頷いた。
ラウダは躊躇いがちに老婆の手を取ると、小さく呟いた。
「私を気にかけてくれて……ありがとう…」
老婆はそれに、ただ何度も何度も頷いた。




