2.立場の選択
足止めを喰らい、ウンブラは選択を迫られていた。アウロラを敵に回すのは後々面倒くさい。できれば、揉め事は避けておきたい。
彼らが興味を持つのは隣国の傭兵ではなく、ヴィサスの血を引く主力、0番のラウダだけだ。ラウダから離れ、早々に立ち去ればそれまでだ。
「イエロズが面会するのはラウダ様のみ。他の者はこの先には入れるわけにはいかない」
長い銀色の髪を軽く後ろで束ね、軽装ではあるが、そのシャツや上着は上等な物だとわかる。とても洗練されているのだ。紺のパンツにもシワ一つ見当たらない。
穏やかな物腰で話をするが、銀色の瞳はキッパリとウンブラ達を拒絶している。アウロラが得意とする本音と建前だ。
ガリは心配そうに、ラウダとウンブラに交互に視線を向ける。お互いに気を遣っているのがよくわかっていた。正直なところ、ガリは置いて行く気にはなれない。相手はサラストス家だ、一癖も二癖もある。
いや、別の理由もあった。多分、ウンブラも薄々気付いている。しかし、お互いに覚悟が足りていない。踏み出すには勇気と選択が必要だ。
「ファミリアさん、少しコチラで話す時間を下さい。私は雇われの身でコチラに来ているので……」
ラウダの言葉にファミリアは怪訝な表情を浮かべた。雇われるという言葉に過剰に反応したのだ。
「……いいですよ。あちらの車でお待ちしております」
ラウダの連れの男達に鋭い視線を向けた。いかがわしい男達が愛しの姫を雇うなど腹立たしい。軽く一礼をするとラウダ達の車から離れた。従者もそれに続く。
ラウダが迷惑をかけれない、と言おうと来た時、ウンブラが先越した。
「お前の望む通りにしろ。俺達の力が必要なら遠慮はするな」
「……あっ……ありがとうございます」
てっきり、迷惑がられると思っていた。正直、この地を知らない身としては、側に居てくれるのは心強い。しかし、過剰な願いではないか?この人達を自分の厄介事に確実に巻き込むことになる。
「イエロズは生易しい男ではないよ。ガンジスとは全く違う人種だよ。酷く冷淡な男だと俺は思う」
「ガリ!言葉が過ぎるぞ!主力への批判は危険だ」
ウンブラは外の様子を警戒する。
「……俺は、ラウダを1人では行かせたくない!アイツらは平気な顔でこの地に閉じ込めることだってするぞ!」
「それはあり得る話ですね」
割って入ったのはピーノだった。静かな口調で更に続ける。
「彼はラウダ様をグロリア様の忘れ形見だと見ている。奪われた婚約者の子供をアルデナに二度と奪われてはならないと思っているはず」
この美しい地区では、そんな黒い感情は似つかわしくない。しかし、彼等はそれを保護と言うだろう。自分のためであると。
ラウダは軽く目を閉じると、ゆっくりと息を吸ってはいた。
「ウンブラ、ガリ、力を借りたい。今から俺がすることに黙って従ってほしい」
2人は大きく頷く。
ラウダはそれを確認すると、ピーノと共に車から出た。ファミリアもそれを確認すると車から出てきた。ラウダが1人で来なかったことに苦笑いを浮かべた。
ラウダは姿勢を正すと、ファミリアに一礼をする。ピーノはラウダの後ろにピッタリと張り付き、ラウダの側近であるかのような振る舞いをしている。ファミリアは何か圧倒されるものを感じた。
「ラウダ様、どうされますか?」
ファミリアは意識的にピーノから視線を外した。父からの命は、姫君1人のみを連れ帰ることなのだ。
「申し訳ない。私1人では面会に伺うのは難しい」
「……ラウダ様……どういうことです?」
予想外の反応にファミリアは困惑する。不遇な目に遭っている姫君を迎えるだけだが、相手の警戒している様子に胸がキリキリとする。
「イエロズ様にお会いします。しかし、同伴者が一緒でなければ伺えません。彼等は私の従者なのです」
「従者……」
あんな不成者が従者なんて……信じがたい。この地を訪れた目的を追求し、拘束するのは容易だが、それは関係を悪くするのは明らかだ。
「あの2人は私の後見的な者達です。そして、このピーノは私の側近です」
ファミリアが目を細めてその男を見ると、その黒髪の男は涼しい顔で見返した。よくよく見ると、不思議な男だ。何の印象も抱かせない。エメラルドの瞳は何の感情も感じさせず、見かけよりも若くはない気がする。
「あの2人はともかく、私が側を離れるわけにはいかない」
その男は静かにではあるが、キッパリと言い切った。なぜだろう、拒否できないものを感じる。
「そちらの立場もあるだろう。容易に余所者を入れたくないだろう。で、あれば主力会、アルデナでお会いしてもいいのではないかと思いますが。いかがです?」
「……そっ!……そんな!」
ファミリアは思わず声を上げた。
「この国は貴方の故郷なのですよ!貴方のお婆様の国ですし、本来は貴方が生まれ育つ筈だった国なのです」
ラウダは驚いた目でファミリアを見つめた。相手がそんなことを考えているとは思わなかった。無かった過去をいかにも自分の正しい歴史のように語っている。
「そういうことは思うのは勝手だが、公に発することは許されない」
ピーノは冷ややかに見下す。
ラウダをアウロラの者のように言っているが、名乗るとするならヴィサスの主力だ。それも主力0番だ。主力に単身で来いなどと馬鹿にしている。
ラウダは困ったように笑う。
「私は迷子の姫君ではない」
ファミリアは黙って考え込む。優先すべきは父に会わせること、話をさせることだ。おまけの者がいるのなら、行動を制限すればいい。
「わかりました。連れて来ても構いません。ただし、皆さんの銃や剣は封印して頂く。許可された場所以外への移動は控えてください」
「なっ……」
ピーノが抗議しようとするのを静止する。
「わかった。それはコチラがのもう」
「ありがとうございます。車はラウダ様とピーノ様は私と共に、あのお二人はもう一台の車に乗って頂く」
「わかった」
ウンブラとガリが合流すると、ファミリアが呼んだ青年が銃や剣に封印を施す。その青年は小柄で真っ黒な瞳をしていた。体を小さく折り畳み、背中を丸めている。常に頭を下げていた。
その姿はまるで下僕である。周りの者達も蔑むような視線を向けていた。ラウダはその青年をじっと見つめると、ふと名を口ずさんだ。
「タオ?タオか?」
青年はビクリと体を震わせた。顔を上げるなと常に命令されているが、つい目線を上げてしまった。その声の主は、深緑の瞳を覗かせていた……。
(ヴィサス……ウルティマーテ様……)
幼い頃から聞いていた伝説が目の前にいると思った。反射的に小さく頷く。そうすると、その少年は目を大きくし、破顔した。
「見つけた!母上が探していたよ!!」
タオは震える手で口を抑えると、瞳から大きな涙の粒が溢れ出した。もう、郷に触れることはないと覚悟を決めていた。
「タオ!君を探していたんだ!!私と一緒に帰ろう!」
嬉しそうに微笑むラウダに、ファミリアは閉口していた。この不浄なる男に、この姫君は友人の如く愛情を示している。
「ファミリアさん、タオについても話したい」
ラウダは鋭い視線をファミリアに向けた。
(この方を父に会わせるのはマズいかもしれない)
イエロズの性格を知るファミリアは、言いようのない不安を感じた。
「……わかりました。とりあえず、向かいましょう」
それぞれで車に乗り込み、アウロラの奥へと車を進めた。




