23.率いる者
ここはインフィニタ軍の施設。ドゥーリ区とヴォラ区の境に位置している。両区をまたいでいるため、ここにいる兵は融通のきく者が多い。
カカル達がやってきても、特に気にする様子もなかった。
「いっ……痛い!!」
カカルは医務室にいた。ブキャナンから左手の手当てを受けている。軽く触れられただけだが、跳び上がるくらい痛い。声を抑えることは難しかった。
「ヒビが入ってるな」
細い手首はパンパンに腫れ、熱を帯びている。軽く固定をすると氷嚢を当てた。
「俺達が来なかったら、お前殺されてたぞ?」
全身がボロボロの女に向け、ブキャナンは呆れた顔をしている。見上げた根性だが、無謀過ぎる。若い男2人相手にやり合うとは……。
「私が守ってやらなきゃ、あの子はどうなってた?」
助けてくれた相手ではあるが、インフィニタ軍の軍人である限り、自分達の味方ではないのは確かだ。良くて無関心、悪くて粛清される。
自分達はそういう存在だというのは、幼い頃から頭の隅まで染み付いている。
「私達を守ってくれる場所もなく、人もいない」
ヌーア族はそもそもがバラバラであった。皆、それぞれが生きるので精一杯。同じ民族だからと助け合うようなコミュニティもない。
カカルは子供を守っていたが、それを愚かな行いだと言う同胞もいる。他人の子供になぜそこまでするのかと。
それに、ヌーア族の特徴を多く引き継いでいないカカルは、賎民に混ざって生きることもできた。それを羨む者もいれば、妬むものさえいた。本人は全く気にもしていなかったが……。
そもそも、生来のお節介、面倒見の良さ、真っ直ぐな気性は、己を偽って生きることも見て見ぬフリをすることも許さなかった。いつでも真正面にぶつかっていく……。
「あの街でお前達の場所を作れないものか?俺も定期的に見回るつもりだし」
ブキャナンは真面目に考えていた。このドゥーリ区とヴォラ区の狭間の街は、まだ他の場所よりはマシな地域だ。多くの人種が集まり、無法地帯ではあるが、差別は少ない方だ。
「本気で言ってるわけ?ヌーアを人間だと誰も思わないよ。そもそも、受け入れるとか馴染むとか、そういうレベルではないだろ?」
ブキャナンは納得がいかない表情を浮かべた。同じ人間ではないか、お互いに歩み寄れば違う付き合い方はできるのでは?
「全ては畏れのせいだろう」
2人の間に静かな声が割って入った。若干、ヒートアップし始めた話が少し鎮まるくらいに、それはとても落ち着いた声だった。
「ヌーアへの畏れは歴史が長く、人々の中に根深く宿っている。また、それを利用する愚かな者達の手によって、異端であるように仕向けられている」
ブキャナンはその声の主に頭をさげた。子供の手を引いてウルティマーテが部屋に入ってきたのだ。
「ほらな!主力様はよくわかってらっしゃる」
フン!とカカルは青臭い男を嘲笑った。所詮、綺麗な世界で生きてきた男なのだろう。世の中の汚さをわかっていない。
「で、お前は場所があればいいのだな?」
ウルティマーテは子供をカカルの横に座らせる。
急に自分に話を振られ、驚いた。
「え?」
「お前達の場所があればいいのだな?」
「場所って……確かに私達が安心して住める土地があれば理想だけど……」
蔑まれたり、利用されることのない。自分達の住む場所、それは理想ではあるが……。
「そこを誰が造ってくれるのさ……」
とても現実的ではないように思えた。そもそも、まとまりがない民族である。まとまりが少しでもあったら、こんなことにはなっていない。
そうだ、言い訳だったのかもしれない。
自分達を受け入れる場所があれば、守ってくれる人がいればこんな生き方をしていない。自分達は惨めな思いをせず、もっと幸せになれるはずだと言っていれば、救いようの無い毎日をやり過ごしていける。
「お前がその場所を創ればいいではないか?」
「はぁ?」
ウルティマーテはニッコリと微笑んだ。
「お前達が安心して住むことができる場所を用意してやろう。私ができるのはそこまでだ。後はお前がその場所を創るのだよ」
ウルティマーテは子供の手を優しく撫ぜている。この幼い子供が守られて育つ場所があれば……。
「はっ?そんな場所あるわけないし!あったとしても、なんで私が創るんだよ!?」
ブキャナンも信じられないと頭を振る。どの地区もヌーア族のために土地を分けようとはしないだろう。ヴィサスは小さな領地で分け与えるほどもない。
「果ての地にお前達の場所を用意しよう」
「果ての地だって!?」
カカルは思わず、声が上ずった。
ヴォラ区からアウロラ区に抜けるまでに、生き物がが存在することができない土地が広がっている。そこは果ての地と呼ばれた、捨て去られた土地であり、どの区にも属していない。いや、どこも引き取らない場所であった。
「お前達の能力は悪いものではないと思う。しかし、畏れ多いものではある。この子供のように多くを持つものは、どうしても目立ってしまう」
子供は眩しそうに、ヴィサスの主力を見つめた。その真っ黒な瞳はくるりと回る。
「果ての地に簡単に人が寄り付くことができない場所を用意する。そこでこの子を育てるといい」
ウルティマーテはカカルの目を真っ直ぐに見つめる。
「お前のように面倒見が良く、真っ直ぐな人間は人を統べることに向いている。お前が望む場所を創ってみろ。私も手を貸す」
自分にそんなことができるのだろうか?
「大丈夫だ、お前ならできる」
自分の思いを悟っているのか、ヴィサスの主力は即座に応えた。
深緑の瞳が優しく自分を見つめている。それは揺らぎのない、確固たるものである。
それを見ていると、なんだか自分がならなければならない気がした。いや、できるような気がしてきた。
「まず……どうしたらいい??」
「そうだな……まずはお前が信頼できる同胞を数人探すことから始めよう」
カカルは小さく頷く。
その2人の話しをブキャナンは黙って聞いている。自分が声を上げることで邪魔になるのではないかと恐れた。
この2人の話し合い、問いかけ合いは何度も続き。
何年も続いた。
そして、その後、カカルがヌーア族の首長になり、その民は密かに果ての地に根を下ろした。
彼等はその地から多くの薬を作り出し、影でインフィニタを支えた。
今やその民族の存在も記憶も薄れた。言霊の力を持つ子供はその地で守られて育ち、民の一部は各地で商売をしている。
彼らの帰る故郷は、果ての地に隠されて存在している。




