21.命の恩人
厚い鉄門で閉ざされた要塞の前に到着したが、招き入れる様子は全くない。ガンジスから借り受けた車は、強風で大きく揺れている。刻々と暴風圏が近づいている。
「ラウダ、私と共に門に行きましょう。彼らは門を開けたがらない」
ピーノは揚々のない声で問いかける。ガリが止めるのを制し、ラウダは車のドアを開け、外に出た。ピーノもそれに続く。
強い風にラウダの体は飛ばされそうになるが、ピーノの力も借りて車のドアを閉めた。2人で体を支え合いながら、門の前へと進む。ラウダは右上のカメラに目を向けた。
(彼らはこちらを見ている……)
左腰に佩刀しているグロリアをシッカリと抑えた。
「俺はラウダ!4人で旅をしている!嵐の最中、大変困っている!!しばしの間、中に入れてもらいたい!!」
「ラウダ、ヴィサスの主力0番だと名乗りなさい」
ピシャリとピーノがラウダに命じた。
それにスンナリとは応えられない。まだ、ヴィサスも主力も継ぐとは決めていない。この場限りで、その肩書きを使う気にはとてもなれない。
ピーノは理解できない、と頭を振る。皆の命がかかっているというのに……。
その蔑むような目つきに、ラウダは怒りを憶える。
「俺が?ウルティマーテの後継ぎに相応しいと思う?自信も覚悟もなく名乗ることは許されない!この奥にいる人達に嘘はつけない!!」
ウンブラ達には悪いが、ラウダは信念を曲げるつもりはない。恐怖はもちろんある。それを抑えるため、左手でグロリアの柄を握った。
ガタン
金属音が大きく響く。
キ———イ!キィ——-イ!!
鉄門が左右に開き出した。ラウダの目も大きく見開かれる。
「早く!中に!!」
門の向こうから長身の男が飛び出てきた。ガリに中へ進めと合図し、ラウダ達を奥へと誘導する。ラウダは言われるまま付いて行く。ピーノは慣れた様子で先に進む。
ゴゴゴゴ!!ゴゴゴゴ!!
今度は門が閉められる。開くよりもスピードは早く、閉まるにつれ、風は弱まっていった。
案内されたのは大きな広場、空を見上げると高い天井には高圧硝子が張られていた。その奥には黒々とした空が広がっている。
広場の手前で車を停め、ガリとウンブラが降りてきた。レンガが敷き詰められたその広場には、多くの人達が集まっている。雰囲気から、歓迎されている感じはしない。
「ラウダさん、貴方はヴィサスですよね!?」
長身の男はラウダの瞳を覗き込んだ。
ラウダは返事に困る。ヴィサス族を名乗る気にはなれない。半分はアルデナだ……。
「ラウダはウルティマーテの孫にあたる。グロリア0番に選ばれましたが、本人に迷いがあり、受け入れていません」
ピーノは淡々と事実を語る。長身の男は迷うような表情を浮かべた。彼らが認めたのは、ヴィサスの主力0番だったのだから。
「ハッハッハッハッ!!!」
大きな笑い声が辺りに広がる。豪快な声にラウダ達はビクッとした。この地の人達は、それにリラックスした様子であるが……。
その声の主は、瞳が白く濁った、白髪の老女だった。体の大きさは、ラウダよりもひと回り小さい。身なり、周りの者達の距離の取り方から、高位の者だと思われる。
「この!頑固者が!!ウルティマーテそのものじゃ!!」
「お婆様!!」
長身の男は慌てて老婆のもとへ駆ける。長寿の老女は目が見えず、体力的にも歩くことは危い。長身の男は腰を屈めると老女の手を取り、ゆっくりとラウダ達のところへ案内する。
「ウルティマーテ、相変わらずの登場じゃ!この嵐!何年振りか!?ワシが生きてる間に遭えるとは愉快じゃ!!実に愉快じゃ!!」
「お婆様……落ち着いて下さい……いいお年なのですから……」
「なぜにさっさと開けんかった!主力様を待たせるとは!!不届き者が!!」
長身の男は小声で何度も謝る。
「いえ、俺はまだ主力ではないんです……」
ラウダは老女に向かって軽く頭を振る。期待に添えなくて申し訳ないが……。
その香りから、ラウダの率直さを感じると、老女はもう一度声を上げて笑った。
「ワシは目は見えぬが、覇気は見える。貴方の覇気はウルティマーテ様そのもの、我らにとっては貴方は主力であるのだ。我らがどう思うかの問題ではないか?」
ラウダは口をポカンと開けた。彼らには自分はヴィサスの0番の主力だと言いたいようだ……。
この地の者達は固唾を飲んで目の前の状況を見守っていた。老女、この地の最初の主領が紡ぐんでいく言葉に耳を傾けた。そして、内容を理解するうちに、歓喜の声が上がりだす。
「ここはウルティマーテ様が用意して下さった、我らの終の住処。ようこそ、ヌーア族の村に」
見渡すと老若男女が集まっていた。中には真っ暗な髪と真っ黒な瞳の人もいる。その瞳は角膜が判別できない黒一色だ。
「祖父はここを隠したと聞きました。祖父は貴方達を閉じ込めたのですか?」
「それは違う!!断じて違う!我々は安住の地を得たのだ!」
長身の男はラウダに訴える。その迫力にラウダは圧倒される。それはとても、真に迫っていた。
「まぁ、それはワシの家に来て、茶でも飲まながら話そう。積もる話もあるでな」
老女はニッコリと笑う。
そして、見えぬ目で、ウンブラ達を見た。僅かな覇気の流れを感じる。これもまた懐かしい波動である。ピクリと老女の鼻が動く。
「これはなんと!ブキャナン=ソルコウの息子に、キャラハンの孫までいるではないか!!」
その名前を叫ばれ、ウンブラとガリはビクリと固まる。
「お婆様、どなたです?お知り合いですか?」
長身の男は老女に問う。ラウダも全く同じ質問をするとこだった。
「ブキャナンはウルティマーテ様の側近中の側近、キャラハンは教育係だった」
ウンブラは気まずそうな顔をする。
確かに、父はブキャナン。ウルティマーテと共に果てることを選んだ男。母と自分をスノウ国に逃し、家族への責任を放棄し、主力を選んだ父。自分はそのことを未だに受け入れてはいない。
ガリはドキドキしていた。祖父の詳しいことは教わっていない。
「俺のじぃちゃん、ウルティマーテを教えてたんだ……」
それは誇らしい情報に思えた。
ウンブラとは全く違う反応だった。




