14.相続するかどうか
『これは、ウルティマーテが残した記憶です』
ラウダは眩しい光の先に目を凝らす。先程の神殿の映像が消え、真っ白で何もない空間に立っている。頭は大量の情報でくらくらきた。
そして、今度は目の前に、先程の少年が立っている。
「はっきのスペッサって、元6番の主力だった人だよね?」
『はい。私を作った方です。私は彼の兄、ドゥボの少年時に似せて作られました。ヴィサスの知性、情報が全て保管されています』
「俺が受け継ぐってどういうこと?」
『ウルティマーテは僅かな希望にかけました。生き残ったヴィサスの末裔が主力になる未来にです』
「俺はヴィサスの純血ではないし、ヴィサスの主力になるかもわからない」
『ウルティマーテの記憶がある貴方ならお分かりでは?あの方は他区の主力になることを受け入れるでしょう。ヴィサスの知が人々の幸せに役立つのなら、それでいいと言うはずです』
確かにそうだろうな、と変な納得してしまった。実際には会ったことはないが、確実に自分の記憶の一部になっている。
『それに、それを貴方に押し付けない方でもあります。貴方が手放せば、私とウルティマーテの記憶は消えます』
「俺に選べって言うんだな?」
『答えを探しに来たのでしょう?その答えがこれです』
ラウダは正直わからなかった。母の故郷を見てみたかった。ここに来れば何か変わるかもしれないとは思ったが……。
『ヴィサスを相続するかどうかお決めください』
何も残ってないと思ってやってきた。こんなに重たい遺産が残されているとは予想もしなかった。
「とても決められないよ……」
少年はラウダの瞳をじっと見つめた。その脈拍、身の動き、息遣い、汗、それらを冷静に分析していた。
『それもそうでしょう。今すぐにとは無理でしょう』
少年はラウダの頬に触れた。
『貴方の神経細胞は限界にきているようです。仲間の男が貴方のことを心配しています』
「ルシート?」
『多分、それは正しくはない。貴方はそう呼ぶが、あの男の反応は僅かに遅れる。仲間の男はルシートではない』
「他国の傭兵だ、偽名も名乗るだろう」
『特徴からすると、スノウ国の男ですね。身分を明かせない者。そして、貴方を想っているようです』
「は?」
『脈絡や熱量などから判断しました』
「まさか……」
『筋肉、反射的な動き、目の動き、思考スピード。よくできている。貴方のそばに置いて損はない人物です。安心してください』
ラウダはドギマギした。冷静な分析の大半より、想っているという言葉に心が動揺した。なぜ、こんなにも動悸を打つのかわからない。
「そばにって……彼は俺の従者ではないし。一時的に一緒にいるだけだ」
『——そうですか……それは残念です』
なにが?と聞きたかったが、なんとなく聞けなかった。確かに最初は気に食わなかったが、今は特に気にならなくなった。むしろ、そばにいると心地よい気すらする。
(しかし、他区の主力の側近だ……それに、あいつが本当は何者か知らない)
『貴方とウルティマーテは血縁関係ですね?グロリアの娘と判断しました』
「そうだよ、性別までわかるんだね」
『はい』
「俺は男として生きている。外では女では駄目だ」
『………承知しました』
少年は軽く頭を下げる。
その理由は問わなかった。大した問題ではないと思ったのか。興味がないのか。大体、予想がついているからか。
『貴方が答えを出すまで、私も貴方のそばで見守ることにします』
「え?」
『貴方に答えを出して頂かないと先が決まらないので』
「なんか、悪いな……」
『いえ、お気になさらず』
少年はラウダの手を取る。
『この意識の中から出ましょう。貴方の精神が崩壊してしまいます』
ラウダは少年の緑色の瞳を見つめた。とても懐かしい気持ちになる。ウルティマーテの記憶の影響だろうか?
美しい川と自然に囲まれたこの地が浮かんだ。穏やかな人達、知恵と理性で生きた民族。ヴィサスの風景が目の前に見える気がした。
妻と娘をアウロラに送ったウルティマーテ。祖父の記憶だ。
スペッサ達は目的地に辿り着いただろうか?
他の道はなかったのだろうか?
そして、アクアの爆撃のエネルギーを利用し、旅立ったという事実。
それらは知られることのなかった真実。
全ては過去の話に過ぎない。
ラウダは気を失うように瞳を閉じた。頬には彼の手の温もりを感じる気がした。




