4.秘蔵の子
「策士なんて、どういうつもりだよ……。軍服まで着せてやり過ぎだろ〜」
テルビス達が帰った後、ラウダは椅子にふんぞり返りながらサドを睨んでいる。
「なかなか様になってたぞ。やはり、血は争えねぇな」
「何言ってんだよ、俺は街のどぶネズミで十分だ。頼むから、面倒に巻き込まないで下さいよ」
「ハハハッ!どぶネズミ結構!アイツらの慌てた姿は面白かったわ!久々に楽しんだぞ。おまけにいい買い物になった」
サドはご機嫌に応えると、女給に手を振り合図した。すると、次々と食事が運ばれる。ラウダが食べたかった羊の肉もあった。
「おっ!肉!!食っていいのか!?」
サドが返事をするより先に、ラウダは手づかみで肉を口に放り込む。空腹で限界だった。
「さっきとは大違いだな……品がねぇ」
サドは呆れた顔をすると、テーブルに肘をついた。
「お前、いつまで便利屋するつもりなんだ?ウチでも他の商団でも、軍でさえもやってけるだろ?」
ラウダはそれには答えずに、次々と肉に手を出した。
(なかなか食べれない上級の肉だ、今のうちに蓄えておかないと)
「通訳としても、お前ほどの力量がある奴は少ない。それを生かして、もっと割のいい仕事をしたらどうだ?」
「大した能力ではないだろ?生きるために身についただけだし、今の仕事は気楽でいいよ」
ラウダの会話能力は、大人達の話を盗み聞きして身につけたものだった。誰かに習ったわけではない。貧しい子供は食べるために必死だった。
「いつの間に銃の種類まで覚えた?」
「……」
ラウダは答えずに肉を胃に流し込む。何でもこの男に話せるわけではない。この町のボスで面倒見はいいが、全てを預けられるほどの保証はない。
「まぁ、便利屋だから何でもやるわな」
ラウダは黙って、パンを手にするとガッガツ口に放り込む。その様子を見ながら、サドは女給に合図した。
「じーさんにも持って帰ってやれ」
女給はお持ち帰り用に詰め始めた。
「ありがと」
「礼は言えんだな。金も一緒に持たせる。悪いことはいわねぇ、銃を扱うような仕事を受けるなよ」
ラウダは口をいっぱいにしながら睨む。お前が言うか?のいう視線だった。それを汲み取ると、サドはニンマリと笑う。
「俺は別だがな」
ラウダは果物を手にすると、それも口に運ぶ。飯も金もお土産まで貰えた、変な奴に顔を覚えられたが、まぁボチボチと言うところだろうか。
「俺、しばらくこの町を出ることになったわ。テルビスとか言う奴の商談はしばらくないだろ?」
「は?何言ってんだ!」
サドは大きな舌打ちをする。通訳は他にも沢山いるが、機転が効いて扱い易い者は少ない。それに上客に張り合うだけの演じ分けができるものは皆無だった。
「ジジイの頼みでガイドをすることになった」
ラウダは興味が無さそうに話す。ジジイの旧友が遊びに来るらしく、その人達の案内をするようにと言われた。
「ガイドって……他の奴でもいいだろ」
「ジジイは絶対なんだよ」
家族のことなら口出しはできない。ラウダの祖父は盲目だ。友を案内することなどできないだろう。それなら孫にと言うことになるのはしょうがない。
「町を出るって、どこに行くんだ?」
「さあね、行きたいところに連れてってやれって言われたから。主要区でも行くんじゃね?」
「主要区って……お前!」
「大丈夫だよ。俺のことなんて誰も覚えてないだろ?」
「アルデナに行くんじゃないだろうな?コンサス族の愛妾グアバに生きてるが知れたら、殺されるぞ」
ラウダは、その女の名前が出るだけで怒りを覚える。母を殺した女だ。そして、その女の隣には父がいる。
「アイツらは俺の存在なんて忘れてるさ。ちょろっと案内して、観光して帰ってくるわ」
サドが訳ありの2人を受け入れ、10年になる。こう見えてもラウダは16才だ。コンサス族は今のインフィニタを率いる筆頭民族、その主家の当主の息子がラウダだ。本来なら盛大に成人の儀を迎え、後継者になっていた。
「父に会いに行かないのか?」
ギロリと厳しい視線が飛んできた。予想はしていたが、よほど嫌っているようだ。
「ありえない、何の関係もない奴だ」
「ならば、ヴィサスを継ぐ気もないのか?」
「今さら何言ってんだよ。滅びた民族だろ?」
「区を出ていて、たまたま助かった者はいるはずだろ?」
ラウダはそれにも頭を振った。ヴィサスはアクア国に滅ぼされたが、それだけではないと自分は思っている。内部から手を貸した者がいるはずだ。見える情報だけを信じるほど、生優しい世界に生きてきたわけではない。
「ヴィサスを再興するのは望まれてない、必要ないだろ」
サドはギクリとする。
(相変わらず、鋭い洞察力だな……)
失ってその存在の大きさを知ったが、賢明で崇高過ぎる民族を妬み、疎ましく思う者もいたようだ。光が強すぎれば、陰もまた濃くなるものだ。
(しかし、この子はいずれ、引っ張り出されるだろう)
サドは綺麗な顔をした少年を憐れんだ。影に隠れるには光が強すぎる。母親の血が強いからだろう。
「お前の母はヴィサス族の主家の姫君だったな?」
「あぁ、そうだよ」
「どんなにか悔しかっただろうな、故郷を失ったときは……」
「だろうな」
自分はまだ幼なく、母の記憶はあまりない。笑っている顔しか覚えていないが、母は実家の後ろ盾が無くなった途端、不遇な扱いを受けたと言う。妾のグアバ側に着いた家来に命を奪われた。
「じーさんはお前の命の恩人だったな……気をつけて行けよ。何かあったら俺を頼れ」
ジジイは、ヴィサス族からの母の護衛だった。きっと愛していたのかもしれない。自分を連れ逃亡し、命を守るために両目を失った。それでもなお、母の命日には花を買いに行く。欠かさずだ。
「ありがとうございます」
ラウダは椅子から立ち上がると、深々と頭を下げる。この男にも借りがある。厄介者の子供をかくまうどころか、似た年頃の死体を二体用意し、事故に見せかけて追撃者を諦めさせた。
「おっ?素直じゃねぇか。俺はウチの町民には優しいからな」
サドはフフッと笑う。
この男は気まぐれな男だが、心眼は確かだ。この少年は守るべき価値があると一瞬で判断した。この国を動かす一人になるだろうと。
それだけに、纏う光が眩しすぎた。
この話を読んで頂きありがとうございます。
天の雫も良かったら……。
ちょろっと宣伝してみました。