13.目に見える過去
ラウダは大きく目を見開いた。そこは見たこともない場所だった。真っ白な建物の中、大理石が敷き詰められた床は透き通るように美しく、太く並ぶ白い柱や外壁は御影石でできている。天窓からは美しい光りが差していた。
神々しく輝いた、厳粛な場所である。
「ウルティマーテ!いい加減わかれよ!」
ラウダは突然の声に我に返った。
目の前には男が立っていた。
黒髪と緑の瞳が印象的な、短髪の背の高い男。白い軍服を着ている、主力が着る服だ。襟には青い鳥の紋章が入っている。そして、腰にはグロリアが携われ、その姿は亡き母を思い出させる。
「スペッサ……落ち着いて。今は皆で団結することが優先だ」
ラウダの口が開き、勝手に言葉が発せられる。それは全て決められた流れで、自分の意思ではコントロールはできない。意識がありながらも、夢を見ているかのようだった。
(そうだ、ここはヴィサス区の首都イズモ。神殿だ)
不思議なことに、初めて見るこの建物や場所を記憶している。意識を向け答えを求めると、それは常識の知識へと形を変える。ラウダの瞳は少しフラリと揺らいだ。
「なにが団結だよ!他の区の奴は俺達を厄介に思ってるよ!ヴィサスの知性は決して歓迎はされていないよ!」
ラウダはふと、壁に目をやった。磨かれた白い壁には人が写り込んでいる。2人の男だ。1人は目の前のスペッサ、もう1人は……。その腰には宝刀グロリアの1番が佩刀されている。
(そうだ、私はウルティマーテ。0番の主力だ)
その存在を認めた瞬間、ラウダの意識に大量の記憶がなだれ込んできた。必死に目を凝らした。集中しなければ、自分の核が飛ばされてしまいそうだ。
「話し合いを積み重ね、理解し合うことが大切だ。答えを早めるではない」
ウルティマーテの言葉は静かで落ち着いている。相手の熱も冷ましてしまうほどである。
「ドゥーリ区のミルスキ家はアクアと通じている。彼らはヴィサスが邪魔だという共通の認識を持っているんだぞ。アルデナ区のカンサス家は、インフィニタを掌握したいと望んでいる。こちらもウルティマーテを邪魔だと思っている」
心配症の従兄弟の真っ直ぐな言葉に対し、0番の主力は優しく微笑んだ。
「大した話だ。そんなに私に力があるとでも?私はお前ほど賢くはないぞ。それにアクアと縁を持つことは悪くはないだろ?スノウ国と同じように友好な関係を築くことも、視野に入れてもいいのでは?」
「何が友好関係だよ!ドゥボがアクアでどんな扱いを受けてるか知ってるだろ!?奴隷同然だよ!アイツらは俺達を人としては見ていない」
スペッサには双子の兄がいる。幼い頃にこの地を離れた男だ。アクア国の民族学者について行った。それは留学としてだったが、現実は全く違う扱いを受けている。
「気の毒だとは思うが、ドゥボが選んだ道だ……」
スペッサの言うことはよくわかる。気付いているのだろう、アクアはこの国を属国にし、鉱物資源や技術を手に入れようとしていることを。兄を奪われた彼だからこそ、より一層感じるのかもしれない。
「お前が次に発する言葉もその次の行動も私には見えている」
それは自分の能力の一つだ。少し先の世界が見える。人はそれを予知と呼ぶが、予想とは少し違っている。物事は透明な糸のようなもので繋がっていて、人の思考や言葉も連なり、それを辿っていくと次の出来事が姿を表す。それらが見えるのだ。
「だろうね、ウルティマーテはいつも先が見えてるから。じゃ、話しは早い。この世界を捨てて、皆を連れて時の国へ向かうよ」
「やめておけ、その先は見えない。辿り着けるかわからない」
「僕は方法を見つけたんだ。ご先祖が残したパスの答えだよ。ここは僕達のいる場所じゃない。それに、終わりは昔から見えているじゃないか」
ウルティマーテは先が見える男だ。今からこの地で起こることが少し前から見えている。
それは定めであり、努力で変えることはできない。
「お前と行く者を止めるつもりはない。しかし、皆が行けるわけではないのだろう?DNA1956番型が一定の規格内に入ってないと無理だ」
スペッサは表情を強ばらせる。それは自分が見つけられなかった答えだった……。渡る方法は見つけたが
、過去に渡航を試した者が姿を保たずに消えた原因には行き着いていない。
「答えが見えたの?」
「ああ。……その遺伝子に欠陥がある者は姿を保てるが、正常な者は崩れて朽ちるのが見えた」
ウルティマーテは旅立つ従兄弟に微笑みかける。この男は確かに旅立っていく。しかし、その先は自分の力を使っても見えない。時空を超えるからかもしれないが。
「お前に続く者の型を全て調べ、選抜をして行くがいい。当てはまらない者は国外に逃すのだ。お前の言う通り、ヴィサスは消える運命だ」
ヴィサスには古来から隠れた暦がある。いにしえの賢者達が創ったものだ。その暦はあと少しで終わりを迎える。
この世界でも、インフィニタでもなく、ヴィサスの終わりということだったようだ。
何となく思い描いていた最後が現実味を帯びてくると、2人の男の心は重苦しい空気を吸い込んだ。
「ウルティマーテ、君はどうするんだ?」
問いかけられた男は悲しそうに微笑んだ。
「皆が去った後、ここを封じる」
「え?何言ってんだよ!死ぬ気なのか!?」
その言葉にウルティマーテは目を見開いた。
(———まさか……こんな簡単なことに気付がなかったとは……死は自分を例外だと思わせるのか……)
思いがけずにその答えがわかった。
「そうか……だからか…私は死ぬから、その先が見えないんだな……」
であるならば、もしかしたら、その先に他の者達には未来はあるのかもしれない。
フラリフラリ
ウルティマーテは軽くコメカミを押さえる。それはよくある仕草だ。彼の脳裏に新しい繋がりが見え始める瞬間なのだ。新しい未来が作られる瞬間でもある。
「スペッサ……一つお願いできないか?」
「なに?」
「私が思うものを神殿の下に作ってほしい。僅かな可能性を残したいんだ……」
ウルティマーテは薄っすらと微笑んだ。その表情は儚く…美しくて……スペッサは断ることはできなかった。




