12.記憶の石
ラウダから少し遅れてレオナルドが続く。神殿と言われていた場所にはその面影もなく、ただ石畳が向こうまで続いている。至る所に崩れ去った白い大理石が山のように連なっている。しかし、不思議なことに草どころか、ゴミ一つ落ちていない。明らかに人の手が入っていた。
(誰かが定期的にここに来ているみたいだ)
ラウダは周りを見渡しながら、確認する。祖父に聞いたことがある。ヴィサスの知性は、全て神殿に集約されていたと。
「既に持ち出されたのかな?それとも、戦いで破壊されたか……」
石畳の上をさっきから何周も回っている。変わったところはなく、せっかく来てみたが得られるものは無さそうだ。
「そもそも、知性ってなに?書物か書類か?何らかのデータ?絵画?彫刻とか?」
立ち止まって考え込むラウダをレオナルドは黙って見守っている。あくまで自分はラウダの護衛、立場はわきまえている。しかし、離れて歩いているからこそ見える世界もある。
「ラウダ!右奥にもう一度行ってみたらいい」
「え?右奥?」
言われた場所を見てみるが、相変わらず、ただの石畳しかない。
「瓦礫の位置から考えると、あそこは神殿の1番奥だろう。通常は信仰の対象を安置する場所だ」
「そういうものなのか?」
「大抵はそうだ。それに、大理石が使われているが、あの辺りは少し石の種類に違いがある」
ラウダは歩いて近づくが、その違いはよくわからなかった。幼い頃から大理石の建物に囲まれて育ったレオナルドだからこそ、違いがわかるのかもしれない。
「ルシート、他に何かあるか?」
「あるよ。ラウダが歩くと、石の色が微妙に変化する場所でもある。君の何かに反応している」
ラウダは身の回りを確認する。あり得るとしたら……0番のグロリア??
「ルシート、一緒に来て」
「わかった」
ラウダは腰からグロリアを外し、石畳にカツンカツンと当てながら歩く。
「この一角だけ違う種類の石だ。模様も彫られている。溝が綺麗に掃除されている、他の誰かもここが特別だと思ってるみたいだ」
今度はレオナルドが考え込む。
(既に気づかれて持ち出された?いや、それなら掘り出されているだろう……)
「ロナウドなら、どう考える?」
「ロナウド?誰?」
ラウダの問いかけにも答えず、ブツブツと呟きながら考え込む。
「もし、存在するとしたら、誰の為に残して誰に開けてもらいたい?ヴィサスの民だろうな……いや、もっと絞るだろ…本家?血筋か?」
ブツブツ言う男の横に立ちながら、模様の場所にグロリアを立てていく。薄い青い光が見える気がした。模様をよく見ると、鳥と水と空白。
「青い鳥……」
鳥の模様と水の模様の交差する場所、その空白にグロリアを立ててみる。
パリパリパリ
金属の歯車が組み換えられる音がした。空白の石は青白く光り、下の方に薄っすらと鳥の紋章が現れた…。
「ルシート!反応してる!これはきっとヴィサスの紋章だよ!」
レオナルドは覗き込んだ。確かに剣が鍵になっているが……。そして、直感で感じた。この先の過程がある……。
「0番の刀を持つ者が第1条件……でも、足りない……つまり、ここの民でないとだめ……いや、グロリア家の者……」
ラウダをじっと見つめる。グロリア家の者であること……。
「まさか、DNAか!?」
レオナルドの呟きに答え、ラウダは小指の先を剣で切った。少量の血を鳥の瞳に少し垂らした。
カチカチカチカチ
沢山の鍵が順番に開けられる音がした。最後の音が鳴り響いた後、ラウダの立つ地面が下に抜けた。
「きゃあ!!」
下に落ちる間際、咄嗟にレオナルドの手首を掴んだ。レオナルドはラウダに引っ張られ、一緒に暗闇へと落ちていく。
「ラウダ!こっちに!!」
レオナルドは片方の手でラウダの腕を掴み、引き寄せて抱きしめる。掴まれた手をラウダの腰に回し、彼女を守るかのように抱える。
上を見上げると何十ものガラスが閉じられていく。見えていた外の光はゆっくりと閉じられた。
(これはなんだ!?……外観は前文明的な作りだが、中身はきっとアクア国の技術すら大きく超えている……)
ラウダはレオナルドの腕の中で、自分の様子がおかしいことに気づいた。心臓の動悸が激しい……体が熱くなった。
思ったよりガッチリとしていて、たくましい。香水とは違う、心地よい香りがした……。自分の頭にときどき当たるレオナルドの唇にドギマギした。
「あっ……あのさ…俺大丈夫だから離してくれてもいいよ」
「もうしばらく待ってくれ」
レオナルドは足元に目をやりながら距離を測っている。足元にはアクリル板が貼られている。落下ではなく、降下しているのだろう。
だんだんと下の光が見えてきた。降下という判断が正しかったようで。地面に着く直前になると、スピードは徐々に緩められ、快適な状態で降り立つことができた。
「ルシート…ありがとう。なんか着いたみたいだね」
「え?あっ、ああ」
レオナルドは慌ててラウダから離れる。ラウダの動悸はまだ治らない。なんだというのか……。
『我が一族の0番のために、この記憶を遺す』
その声の主は椅子に座っている。黒髪と緑の瞳、幼い少年だった。
「どういうこと?1人でここに避難していたのか?」
『0番の主力、グロリアの子供ようこそ。私はグロリアの民によって作られた人形です』
レオナルドは子供を覗き込み、恐る恐る触ってみる。頬は人間そのものの柔らかさだ。他の部位も作り物とは思えない精巧さだ。
「リアルすぎる……あり得ない技術力だ…」
『お前は侵入者?排除対象者……』
「違うよ。仲間だ、手を出すな」
ラウダが強い口調で命令すると、少年は動きを止めた。
『わかりました。グロリア』
「いや、俺はラウダだ」
少年は無表情の顔を向けると頭を少し傾げた。
『記憶しました。ラウダ様、そこの侵入者は仲間』
少年は椅子から立ち上がり、ラウダの元に歩いてくる。
『私はヴィサスの知性。それを受け継ぐのはラウダ様です』
「いや……それはどうだろう」
急に財産を相続しろと言われてもピンとこない。腰は引けていた。ヴィサスを知りたいとは思ったが。全部を引き受けろと言われても……。
『ウルティマーテ様からのメッセージも預かっています』
「ウルティマーテ……」
『私の分析によると、ラウダ様の祖父に当たる方。主力です』
少年は青い透明な石を差し出した。
『ウルティマーテ様からの記憶媒体です』
ラウダは手に取ることを躊躇った。これを受け取ってしまったら、全てを引き受けなければならない。そう、強く意識づけられる。
「ウルティマーテは……どうなったの?」
『アクア国の攻撃を受けて亡くなりました。ここの技術を持ってすれば、亡くならない命でした』
「どういうこと?」
『遠くの世界に渡った者を見送り、ここを封鎖することを選択させられました』
「君を作ったのはウルティマーテなの?」
『いいえ、スペッサです』
ラウダの知らない名前だった。
「それって、前の6番の主力だよな?」
『そうです。仲間の男』
「スペッサは?どうなった?」
『遠くの世界へと旅立ちました。もう、戻らないでしょう』
レオナルドは絶句した。遠くの世界とは、死の世界?それとも、違う世界?
少年はラウダの躊躇いなど気にも留めず、その手に青い石を置いた。
「えっ!」
ピリッ
ラウダの頭に軽い衝撃が走った。それは直接、彼女の視覚神経に働きかける。目の前が真っ暗になった。
ふらりと体のバランスを崩した。レオナルドは瞬時に受け止めて、ラウダの体を支えた。
「おい!お前!何をした!?」
少年は無感情な瞳でレオナルドを見つめる。
『受け取るべきものを受け取っているだけです』
レオナルドは腕の中にいるラウダの頬に軽く触れる。
「ラウダ!しっかりしろ!」
青い石を握りしめている。レオナルドはそれを引き剥がそうとするが上手くいかない。少年に鋭い視線を向けた。
「まず、本人の意志の確認が必要だろ?」
『ここに来たのは答えを求めてでしょ?その確認は済んでいる』
(確かにそうだが……)
レオナルドは部外者だ。口を出せないことかもしれないが……。覚悟ができていない者に大きなものをいきなり渡すものか?
そっとラウダの頬を撫ぜた。それは優しい温かさだった。




