10.主力の帰還
ガンジスはラウダ達が旅立つ際、ごく普通の目立たない四輪駆動のRV車を貸してくれた。かなり古いものだがよく手入れをされていて、庶民が乗るものとしては充分だった。4人はそれでエレクトロを訪れ、その後、この地にやってきた。旧ヴィサス区、主家グロリアの邸宅があったとされる場所だ。
在りし日には美しい景色が広がっていたようだが、今はセイタカソウに覆われ、破壊された建物が所々だけが残っているのが見える。そのほとんどが朽ち果て、元の姿を思い浮かべるのは困難だ。
多くの命が奪われたとされるこの地は、長らく人を遠ざけた。今は植物で隠されているが、当時は残酷な光景が広がり、人々は記憶からそれらを早く消し去ることを選択した。
「ガリ、この地もだいぶ落ち着いたな?」
ウンブラは煙草を吹かしながら、周辺の草刈りに勤しむ相棒に声をかける。お喋りな男には珍しく、ひたすら草を刈っている。その心中は未だに穏やかとは程遠い。それは彼も同じであるが……。
「ラウダとレオナルドはどうしてる?」
「確か、神殿の跡地に行くと言っていたよ」
ようやくガリが問いに答えた。先程の質問に答えなかったのは、この地が落ち着いたとは到底思えなかったからだ。
「草なんか刈っても、すぐ元に戻るだろ?何をムキになってるんだ?」
「こんな扱いの場所じゃないんだ……ここは俺達の故郷のはずだよ?」
ガリは手を止めると、涙を溜めた瞳で振り返った。
「俺達はスノウ国民だ」
ウンブラはその言葉を感情のないトーンで発音すると、口の中の煙草の煙を空に向かって吐き出す。
「俺のじーちゃんはここで死んだ!ウンブラの父さんだって……」
ガリは最後の方は飲み込む。それを言い終えるのは偲ばれた。
ガリの祖父はここに残り最後まで戦った。祖母と母と叔父はスノウ国に逃れ、母はスノウ人の父と結婚し、自分を産んだ。それなりには幸せだった。祖父の最期の話を聞くまでは……。
ウンブラの父もここで果てたという。ウンブラは母と共にスノウ国に逃れ、そこで育った。夫は迎えに来ることはできず、彼女はウンブラを1人で育て上げた。
ヴィサスからスノウ国に渡った者達は、皆で協力しながらその地で生き延びた。故郷を失った彼らは、惨事が収まった後もインフィニタに戻ることはなかった。ヴィサスを失い、それを見殺しにしたインフィニタを見捨てたのだ。
ウンブラとガリ、2人はコミュニティの中で育った、昔からの長い付き合いである。
「無くなってしまったものは戻らない……」
未熟な時代はかなり悶え苦しんだが、最後に行き着いた先は諦めだった。過去は変えることはできない。変えられらのはこれから先だけだ。
「そんなこと……わかってるよ。だけど…ヴィサスの主力が現れたんだ……」
「勘違いするな、あれはヴィサスの主力ではない」
ラウダが0番のグロリアを手にしたと聞いてから、ガリの目の色が変わった。ラウダの深緑の瞳がヴィサスの血であり、それも0番、ウルティマーテを連想させたのだ。
「ラウダは……主家の血を引いてるのではないか?」
ウンブラはそれに静かに頷く。カステルマの一件から、薄っすらと縁は見えていた。
「居なくなったアルデナの正室の子供がラウダ。その正室はグロリア、ウルティマーテの娘だよ」
ガリは驚いた顔で振り返った。
「そうなのか!?」
その質問返しに対し、むしろ知らなかったのか?と見返す。
「ヴィサスの血が流れていて、クゥストスが命を賭けてまで守る命といえば、主家の血筋しかないだろ」
スノウ国で平和に暮らしていた男がインフィニタに突然戻った。主家の姫君のためだったということだ。
「だが、アルデナの主力であるとも言える」
まさか!と言いかけたが、確かにそうだった。アルデナの血も継いでいる。
「そうか……」
ガリの顔は高揚している。少なくとも、彼にとっては、ヴィサスの主力が帰還したと思えるから。
「ラウダに余計なことを言うなよ。あの子の人生だ」
(それはその通りだが……)
ウンブラはガリの不満そうな表情は捨て置く。周りを見渡しながら、状況を細かく分析していた。
(ここに長居すると面倒なことになるかもしれん……)
「頃合いを見て立ち去るぞ。アイツが来たら厄介だ」
アイツという言葉で、ガリは一瞬にして理解した。そこはいつもの「あうん」の呼吸だ。大まかな草むしりを終えると、手や体を払い、草や泥を落とした。
「とりあえず、車に戻る?」
「そうだな、俺達には特に用もないだろ?」
ガリは渋々頷き、ウンブラとその場を立ち去ることにした。
ガサガサガサガサ
草をかき分け、こちらに向かってくる頭が見えた。その髪色を見た瞬間、ガリとウンブラは顔を見合わせる。
(アイツきた……)
2人は目配せをし、二手に分かれて草むらに入っていく。とりあえず、分かれて後で落ち合うことにする。
「ねぇ!ちょっと待ちなよ!!そこの2人!!」
ウンブラは知らぬフリをして歩み続ける。ガリもなるべく距離を取りながら先に進んだ。緑頭とは関わり合いたくない。
ガサガサガサガサ
相手がペースを上げたようなので、それに合わせて歩みを早める。
「ねってば!!」
ガサガサ
急に前に出て来られて、ガリは驚いて後ろにのけぞる。
(おい、後ろにいた筈だよな……なんで前にいるわけ??)
「僕から逃げるなんて酷いなぁ〜スノウ国の犬のくせに」
緑頭の男、年齢は20才半ば。ニコニコと笑っているが、凄い速さで回り込んだのに息も乱れていない。それは恐怖を抱かせる。
「いつも煙草吹かしてる相棒は逃げた?逃げ足速いよね〜犬だけに?」
ふわふわした印象の男だが、口から出る言葉はイラだたせるには十分だ。
ヘルメース、主力6番。
いわくつきの男の望まれぬ登場だった。




