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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第2章 ゼロ番の主力
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10.主力の帰還

 ガンジスはラウダ達が旅立つ際、ごく普通の目立たない四輪駆動のRV車を貸してくれた。かなり古いものだがよく手入れをされていて、庶民が乗るものとしては充分だった。4人はそれでエレクトロを訪れ、その後、この地にやってきた。旧ヴィサス区、主家グロリアの邸宅があったとされる場所だ。


 在りし日には美しい景色が広がっていたようだが、今はセイタカソウに覆われ、破壊された建物が所々だけが残っているのが見える。そのほとんどが朽ち果て、元の姿を思い浮かべるのは困難だ。


 多くの命が奪われたとされるこの地は、長らく人を遠ざけた。今は植物で隠されているが、当時は残酷な光景が広がり、人々は記憶からそれらを早く消し去ることを選択した。


「ガリ、この地もだいぶ落ち着いたな?」


 ウンブラは煙草を吹かしながら、周辺の草刈りに勤しむ相棒に声をかける。お喋りな男には珍しく、ひたすら草を刈っている。その心中は未だに穏やかとは程遠い。それは彼も同じであるが……。


「ラウダとレオナルドはどうしてる?」


「確か、神殿の跡地に行くと言っていたよ」


 ようやくガリが問いに答えた。先程の質問に答えなかったのは、この地が落ち着いたとは到底思えなかったからだ。


「草なんか刈っても、すぐ元に戻るだろ?何をムキになってるんだ?」


「こんな扱いの場所じゃないんだ……ここは俺達の故郷のはずだよ?」


 ガリは手を止めると、涙を溜めた瞳で振り返った。


「俺達はスノウ国民だ」


 ウンブラはその言葉を感情のないトーンで発音すると、口の中の煙草の煙を空に向かって吐き出す。


「俺のじーちゃんはここで死んだ!ウンブラの父さんだって……」


 ガリは最後の方は飲み込む。それを言い終えるのは偲ばれた。


 ガリの祖父はここに残り最後まで戦った。祖母と母と叔父はスノウ国に逃れ、母はスノウ人の父と結婚し、自分を産んだ。それなりには幸せだった。祖父の最期の話を聞くまでは……。


 ウンブラの父もここで果てたという。ウンブラは母と共にスノウ国に逃れ、そこで育った。夫は迎えに来ることはできず、彼女はウンブラを1人で育て上げた。


 ヴィサスからスノウ国に渡った者達は、皆で協力しながらその地で生き延びた。故郷を失った彼らは、惨事が収まった後もインフィニタに戻ることはなかった。ヴィサスを失い、それを見殺しにしたインフィニタを見捨てたのだ。


 ウンブラとガリ、2人はコミュニティの中で育った、昔からの長い付き合いである。


「無くなってしまったものは戻らない……」


 未熟な時代はかなり悶え苦しんだが、最後に行き着いた先は諦めだった。過去は変えることはできない。変えられらのはこれから先だけだ。


「そんなこと……わかってるよ。だけど…ヴィサスの主力が現れたんだ……」


「勘違いするな、あれはヴィサスの主力ではない」


 ラウダが0番のグロリアを手にしたと聞いてから、ガリの目の色が変わった。ラウダの深緑の瞳がヴィサスの血であり、それも0番、ウルティマーテを連想させたのだ。


「ラウダは……主家の血を引いてるのではないか?」


 ウンブラはそれに静かに頷く。カステルマの一件から、薄っすらと(えにし)は見えていた。


「居なくなったアルデナの正室の子供がラウダ。その正室はグロリア、ウルティマーテの娘だよ」


 ガリは驚いた顔で振り返った。


「そうなのか!?」


 その質問返しに対し、むしろ知らなかったのか?と見返す。


「ヴィサスの血が流れていて、クゥストスが命を賭けてまで守る命といえば、主家の血筋しかないだろ」


 スノウ国で平和に暮らしていた男がインフィニタに突然戻った。主家の姫君のためだったということだ。


「だが、アルデナの主力であるとも言える」


 まさか!と言いかけたが、確かにそうだった。アルデナの血も継いでいる。

 

「そうか……」


 ガリの顔は高揚している。少なくとも、彼にとっては、ヴィサスの主力が帰還したと思えるから。


「ラウダに余計なことを言うなよ。あの子の人生だ」


(それはその通りだが……)


 ウンブラはガリの不満そうな表情は捨て置く。周りを見渡しながら、状況を細かく分析していた。


(ここに長居すると面倒なことになるかもしれん……)


「頃合いを見て立ち去るぞ。アイツが来たら厄介だ」


 アイツという言葉で、ガリは一瞬にして理解した。そこはいつもの「あうん」の呼吸だ。大まかな草むしりを終えると、手や体を払い、草や泥を落とした。


「とりあえず、車に戻る?」


「そうだな、俺達には特に用もないだろ?」


 ガリは渋々頷き、ウンブラとその場を立ち去ることにした。


 ガサガサガサガサ


 草をかき分け、こちらに向かってくる頭が見えた。その髪色を見た瞬間、ガリとウンブラは顔を見合わせる。


(アイツきた……)


 2人は目配せをし、二手に分かれて草むらに入っていく。とりあえず、分かれて後で落ち合うことにする。


「ねぇ!ちょっと待ちなよ!!そこの2人!!」


 ウンブラは知らぬフリをして歩み続ける。ガリもなるべく距離を取りながら先に進んだ。緑頭とは関わり合いたくない。


 ガサガサガサガサ


 相手がペースを上げたようなので、それに合わせて歩みを早める。


「ねってば!!」


 ガサガサ


 急に前に出て来られて、ガリは驚いて後ろにのけぞる。


(おい、後ろにいた筈だよな……なんで前にいるわけ??)


「僕から逃げるなんて酷いなぁ〜スノウ国の犬のくせに」


 緑頭の男、年齢は20才半ば。ニコニコと笑っているが、凄い速さで回り込んだのに息も乱れていない。それは恐怖を抱かせる。


「いつも煙草吹かしてる相棒は逃げた?逃げ足速いよね〜犬だけに?」


 ふわふわした印象の男だが、口から出る言葉はイラだたせるには十分だ。


 ヘルメース、主力6番。


 いわくつきの男の望まれぬ登場だった。

 



 


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