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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第2章 ゼロ番の主力
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8.避けられぬもの

 フォルテの屋敷は迷路のようだ。同じような扉が続き、部屋の作りも大きくは変わらない。それは外敵の侵入を意識してのものなのか、効率を重視する民族性からなのか。ともかく、同じような部屋と扉、隠し扉やカラクリ壁が至る所にあり、仕える侍女の化粧や服も統一されているため、この屋敷の全体を把握するのは困難だ。


 今、ラウダがフォルテに案内されたこの部屋も例外ではなく、ここが屋敷のどの位置にあるかはわからない。元の部屋に一人で戻れと言われても、辿り着くのは困難だ。


「ここは私の主力としての部屋だ」


 フォルテは大きな革張りの椅子に背を預けている。ラウダは部屋の片隅のソファに腰を掛けた。この部屋は他の部屋とは異なり、スノウ国のイメージに近い内装だ。


 主力の宝刀グロリアの3番刀と白い制服がかけられている。銀ボタンが輝き、細身のジャケットは形も良く、仕立ての良さが素人から見てもわかる。儀式などにも着用する正装であり、襟のカラーには、銀色の線と紋章が高価な糸で刺繍されている。ケンブリッド家の紋章、刀をモチーフにしたものだ。


「主力になると決めたのなら、まずは襟のカラーの色と紋章の刺繍だな」


 フォルテは長い足を組みながら、腕組みをしている。


「軍服ですか??」


 まずは主力としての知識や能力だと思っていたのに、いきなり格好とは……。何だか軽薄な感じがした。


「たかが服だと思ってるだろ?案外、そんな小さいことが利権の争いに繋がってることだってあるのだぞ?」


「そういうものでしょうか?」


 その疑問に対し、静かに頷く。


「例えば、アウロラ区なら緑色で紋章はアイビーという植物だ。そこには彼らのプライドである誠実さが表現されている。ガンジスが率いるドゥーリ区は黄色で、シンボルは麦と秤だ。彼らの発祥は麦の商取引だったらしい。絶妙なバランス感覚と先読みで富を生む出す」


 ラウダの脳裏に、ガンジス(サド)の正装が浮かぶ。あの秤にはそういう意味があったのだと、今更ながらに納得する。何気なく見過ごしていたものに、そんなに深い意味があったことに驚きだ。


「チェリのラカス区は黒色で印は紅鷹、世界を飛び回り情報を集め、その賢い頭で真実を見極める。ちなみに、我が区は、銀色と刀であるが、これは我が区が刀鍛冶であったことからきている」


 気が進まない表情をしながら、さらに話を進める。


「お前の父が率いるアルデナ区は紅色、印は百獣の王だ。情熱と力、それが彼らの源だ」


 幼い頃の記憶はほとんどない。しかし、鮮やかな紅色と獰猛な獣がボンヤリと記憶に残っていた。それは凄く恐ろしかった記憶がある。だからかもしれない。祖父や父親が何となく嫌なイメージとして残っているのだ。


 その中で唯一、心が落ち着く場所があった……。


「ヴィサスは何だったのでしょうか?」


 ふと母の面影を思い出していた。


「ヴィサスのシンボルカラーは青色だったと聞く。そして、その印は架空の鳥であったと……。それらは冷静さと知性の象徴だった。それが架空の青い鳥だったらしい……私は見たことはないのだがな」


 確かに、それぞれの(いわ)れを聞くと、たかが襟の飾りだと思っていたことの意味合いが変わってくる。不思議なものだ。


「お前の首の襟に、己のシンボルを入れたい者達がいる」


 つまり、それが覇権争いの始まりなのだ。予想されるのは、アルデナ、アウロラ、ドゥーリの3区だ。


「私の襟にですか……」


「単なる装飾ではない。お前がどこに属し、どの謂れを受け入れて主力になるかが決まるのだ」


「それは……」


 ラウダは言葉に詰まる。剣に選ばれたから主力0番になろうとしている。用意されたものであり、選択するものではないと思っていた。


「お前はなぜ主力になる?生きるためか?」


 そちらにも言葉が詰まった。実際、そんなものだった……。


 それを見越しているかのように、歴代初の女性主力が覇気を漂わせる。


「宝刀とは勝手なものだ。自分の波長と合うものを選ぶ。特に0番はそうだ。好みが煩い。お前を気に入ったのだろう。傍に置けと煩いだろう」


 ラウダがこの区に訪れると、0番の剣が騒いだ。場所を移し放置すると周りの刀達をたきつけ、さらに騒ぎを起こした。結局、それに負けて自分が引き合わせたわけだが……。


「剣を受け入れたとしても、主力を引き受けなければならないことはない。覚悟もなく信念もないのなら辞めておけ」


 その言葉はラウダの心にドシンとのしかかった。流されて何が悪い!とは言い返せない。今までのように底辺でその日暮らしをしていたのとは違う。自分の命だけではなく、この国の多くの命を秤にかけることになる。そういうことなのだろう……。


「1週間後に中央部で主力会議がある。もし、主力に就くのなら、そこに来なさい。そうでないなら、刀と共に消えた方がいい」


 酷だと思うが、この子の為だと思っての言葉だ。この子がこのまま中央部に行けば、間違いなくどこかに取り込まれる。貧弱すぎる。そして、苦しむことになるのが目に見えていた。


(ここまで大きなモノを持たされると、その存在を消し去ることは難しいだろう……この国を去れるかどうかすらも怪しいな)


 そう言いながらも、ラウダに引かれた線は逃れられないようにも思える。彼女をがんじがらめにし、引き寄せている。それはとても酷なことだ。自分は矛盾することを言っているのかもしれない。フォルテは自分に対して苦々しい思いも感じていた。


「時間はまだある。よくよく考えた方がいい」


 ラウダは大きくは頷けなかった。大国を相手にし、大勝利を引き寄せたが、それはあくまでサドの力においてである。小さな町でチンピラ相手に仕事をするのとは規模が違いすぎる。


「いろいろと教えて頂きありがとうございます」


 その深緑の瞳は、憂いを帯びていた。



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