表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第2章 ゼロ番の主力
31/150

5.新しい一歩

 サファイアはインフィニタ軍から払い下げられた車に乗っていた。傍には姪のアメリ、ボオラ区のエレクトロに向かっている。運転席と助手席には護衛が2名、計4名の旅になる。アルデナ区を出てから3時間、果てしなく続く荒野を走りながら、時折、姪の様子を確認する。


(不憫な子だ)


 爛々と目を輝かせる姪を見ながら、サファイアは心の中で呟いた。


 敵同士を婚姻させるなど、カランは何を考えているのか。真実が明るみになった時、1番傷つくのはラウダとアメリになるだろう。互いに心を通わせれば通わせるほど、その傷は深くなっていく。


「伯母様、エレクトロとはどんな街かしら?」


 アルデナ区を出たのは7歳の頃、母とヤマト国に旅して以来だ。その時はスノウ国の親戚の家を滞在し、ヤマト国の祖父母の家に数ヶ月滞在した。幼かったから記憶はほとんどない。それ以来、アルデナを出ることはなかった。


「賑やかな街よ。職人達が働く街だから多少は荒っぽい所もあるけど、気さくな人が多いわ」


 いつも着ている絹の服とは違い、麻でできた粗末な服は涼しくて動きやすい。伯母の趣味らしくシンプルでどことなく品がある。


「伯母様はよく行かれるのですか?」


「そうね。エレクトロは武器の生産地だと思われてるけど、実は鍋や包丁などの調理具も優秀なのよ。国外でも人気が高いから、頻繁に仕入れに来ているの」


 サファイアは母の祖国、スノウ国の人脈を活かして販路を築き上げた。元々の外交的な性格と商才、嫁ぎ先の商団の力が上手くマッチし、嫁というより共同経営者としての地位を手にしている。


「私の知らない世界が広がっているのね……」


 アメリは遥か遠くに目をやる。この先は果てしなく、見つめていると自分の居場所がわからなくなりそうだ。ラウダもこの道を通ったのだろうか?アルデナから逃れ、各地を転々としたという。その日々は自分には想像もつかないことだ。


「ある意味、自由とは言えないかしら……」


 今日も明日もその先も全てが決められた日々、それを過ごしてきた自分がとても窮屈に感じた。


 遠く離れた戦場で名をあげ、この国の人々から喝采を受けている。次期の主力と望まれ、大きな世界で輝いている。ラウダがとても自由で才に溢れていると感じた。


(私は主役ではないのかしら……)


 それに比べて自分はどうだろう。父から与えられた使命を思い浮かべる。ラウダの輝きにあやかり、自分が彼の人生の脇役に過ぎないように思えてきた。


(私だって……)


 負けん気からそう反抗しようとするが、ラウダに勝るものはない気もした。父に守られた家から出てきて、自分だけの力で何ができるというのか。


 何もない目の前の荒野を見ていると、自分と大差がない気がしてきた。何もないのだ。


「アメリ、疲れたの?少し休憩を入れようか?」


 思い詰めた表情をしている姪を伯母は心配する。屋敷で守られて育った少女は、華奢で色白で儚げである。


「大丈夫、楽しいわ」


 アメリは薄っすらと笑う。心に抱えたモヤモヤはなかなか晴れそうもない。


「—————なにも…こちらから出向かなくても良いのでは?どうせ、その男はアルデナに乗り込んでくるでしょう?」


 助手席の護衛の1人がぽっりと呟いた。その者は、アメリの家に長らく勤める者だ。幼い頃から知る姫が荒野を抜けるなど、なかなか受け入れることができなかった。そもそも、ラウダという流れ者に嫁がせるなど、喜べることではない。


「出過ぎたことを言うな、我々は従うのみだ」


 運転手は戒めるように、厳しい視線を助手席に落とす。


「しかし、噂によれば賎民街でネズミのように暮らしてたと言うじゃないか!そんな若造が主力などあり得ん」


 男は我慢ならん、と捲し立てる。


「何が宰相だ。ガンジス殿の指揮が良かったのだろう。ヴィサスの血だかなんだか知らないが、皆騙されてるのだよ」


 運転手はやれやれと頭を振った。確かに賎民街で育った子供が、将軍に勝る働きをすることはあり得ない。面白い話ではあるが……。しかし、カラン=プロディの勘は確かだ。あの男が本物だと言うのなら、そうだと自分は信じられる。


「そんなに気に入らないなら、本人を目にしたら切り付けてみればいい。そうすればわかるだろ」


 半ば呆れながら、運転手は笑い話で終わらせる。助手席の男には、それは冗談の話では無くなっていたが……。


 サファイアは2人の会話を聞きながら、これが今のアルデナをよく表していると思った。彼らにとって、主力はカンサス家なのだ。それから外れた者を主人だとは認めたくないのだ。


 勿論、そうでない者達もいる。カンサス家と縁のない者達、新興の者達だ。彼らにとっては、カンサスの血を引くが、異端であるラウダは歓迎すべき主になっている。


 そして、カランのように両方を取り込もうと貪欲な者達。アルデナでは、いろいろな思惑が渦巻いている。


「ラウダとは、()()()()の子供だろ?」


 助手席の男は顔を歪めながら、吐き捨てるように言った。


「そうだ。新年の宴の場で、エクセン様を碁で打ち負かした方だよ」


 運転手席の男はその場に居合わせていた。黒髪で深緑の瞳を持つ美しい少女は表情も変えずに、10歳も年上の夫を大差で負かした。その完璧な勝ち筋は清々しくもあったが、それを快く思わないものが多かった。


「小賢しい女の子供だ、気に食わない奴に違いないさ。グアバ様のように夫の華である女の方がずっといい」


 男はウンウンと頷いている。サファイアは冷ややかな視線を後ろから向けていた。


(つまらない男だ)


 心の中でそう吐き捨てていた。自分もその場にいたが、かの方は姿勢が良く、美しく碁を差していた。その聡明な姿は貶されるものではなかった。


 同じく気分が害された者がいた。


(私はグアバ伯母様のようになることを望まれているのかしら?)


 それは酷く屈辱的な思いにさせた。

 



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その他の作品はこちら 作品一覧 良かったら読んでみてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ