4.彼女の選択
父が部屋から去った後、アメリはソファに身を投げていた。14歳、自分の結婚はずっと先だと思っていた。自分より年上の従姉妹がまだ沢山いる。きっと彼女から順番に嫁ぐと甘くみていた。
(そうだ。父は兄達を凌ごうとしているのに、順番などないようなものね)
しかし、まだ猶予はあるだろうとも思う。もし、本当に婚約したからといって、すぐに結婚までは行かないだろう。少なくとも2〜3年は先になる。ラウダは16歳であるし、自分も14歳だ。
「私だって、好きで女に生まれたわけではないのに」
思わず、本音が口から溢れた。いや、そうではないのかも知れない。ヴオラ区の主力フォルテは女性だという。生まれ出た環境によるのか?求められる役割なのか……。
家庭を守り、夫を支える。そういう道もあるだろう。しかし、その役割だけに生きる価値を見出すほど、アメリは世界を知らないわけではなかった。自分も1人の人間として、外に出て仕事がしてみたかった。
(そうだ、ラウダに自分が選ばれることが前提になっているが。そもそも選ばれない可能性の方が高いわ)
自分と母親を追いやった者達を許すはずはない。むしろ、虐げるかもしれない……。そしたら、自分はどうなるのだろうか?ラウダに擦り寄り、断られたら、それは傷として残るのではないか。
「下位の軍人に嫁ぐしかないかもね」
教養のない男であるのなら、その妻の役割はもっと原始的なものに成り下がるだろう。アメリは親指の爪を噛んだ。淑女としてはあるまじき行為だが、考え出すと、ついついこの癖が出てくる。
(いや、いっそのことラウダに派手に嫌われれば、嫁ぎ先もなくなるのかも)
とんでもないことを考える14歳。籠の鳥のように守られ、慈しまれながら生きる姫は、その外に憧れを描きながら、その現実を知らな過ぎた。
(いっそのこと、この家を出て自由になれば、私は好きに生きられるかも)
生きるということの本当の大変さを彼女はまだ知らなかった。
「アメリ様、サファイア様がいらっしゃいました」
部屋の外からの声に、アメリはときめいた。
「伯母様が!?すぐに入ってもらって!!」
サファイアはカランの3歳年上の姉で、ドゥーリ区ミルスキ家の血筋をひく、大商人の家に嫁いだ。元々が姫として収まっていられない気質のため、嫁ぎ先では自らが商談に出向き、夫を凌ぐほどの商人に変貌した。
「アメリ、久しぶりですね」
皮のジャケットとダンガリーのシャツ、デニムを履いた女性が侍女に案内されて入ってきた。腰まである金髪は組紐で1つにまとめられ、紅い瞳はカランと同じである。
ちなみに主力エクセンの愛妾グアバは1番目の長女であり、2番目は長男、3番目は三男、4番目は次女、5番目は三女でサファイア、6番目は四男でカランである。1番と2番は第一妃、3番は第三妃、4番は第二妃、5番と6番は第四妃の子供である。
つまり、サファイアとカランは、同じ腹の姉弟であり、共に育ったからか仲が非常に良い。また、母親がスノウ国民だったこともあり、わりと自由な環境で育ててもらった。
「伯母!お知らせ頂ければ、お好きなお菓子を準備できましたのに!!」
可愛らしい姪に目を細めながら、サファイアは今回の訪問について語る。
「急にお前の父に呼び出されたのよ」
急にということは、婚約のことだろうか?父は思い立ってからのスピードが早すぎる。すぐに伯母を呼び寄せるなどよくあることだ。
姪が顔をしかめたのを確認し、サファイアはクスリと笑った。
(聡い子だわ。訪問の理由をわかっているのね。さすがカランの娘だわ)
「お前の父は野心の塊だからね。ラウダを婿にするなんて突拍子がないことを考えるのよ」
親族の中では既に、グアバ派とカラン派に分かれ始めている。今まではグアバにかなう者はいなかったが、アシオスの醜態が晒される度にカランの力が高まっている。
「ラウダの妻になるなんて……どうせ、賎民なのでしょ?」
「いえ、ラウダは買いですよ」
「え?」
「アレは破格だわ」
言っている意味がわからず、アメリは口をぽかんと開けた。
「カステルマの大勝利に従軍した兵士から仕入れた話によると、ラウダは宰相としては勿論、戦士としても能力が高いらしい」
そして、ニッコリと微笑むと付け足した。
「そして、何よりも麗しく、美男子らしいわよ。心根が優しい方で、犠牲になった庶民のために怒り、アクア軍を壊滅させたらしい」
商団はあらゆる情報に触れている。この地ではラウダは謎の人物だが。サファイアは既にラウダの情報を多く得ている。
「さらに、この国の5民族語の他に、アクア、サン、スノウ、ヤマト語も話せるらしい。6歳の時点では既に兵法を全巻読破している」
アメリは息を飲み込んだ。そもそも、アルデナ区は優秀な戦士は輩出するが、優秀な宰相や策士を出す血統ではない。それを両方持つ者が現れれば、確かに破格だと言えるだろう。
「—————しかし……そんなに優れた方は、我が一族を許すでしょうか?」
聞く限りでは申し分ない人だとは思う。愛情は持たなくても、尊敬はできるかも知れない。しかし、そもそもコチラに興味を示すかは怪しい。
「そうね、難しいわね」
サファイアはキッパリと言い放つ。姪が知らないことを伯母は知っている。ラウダの過酷な幼少時代、生きるために苦渋を舐めたこと。
何より、この子の父が、ラウダの母親を殺したこと。
「だから、貴方を連れに来たのよ」
「はい?」
サファイアはニッコリと笑う。
「ただのアメリとしてラウダに会い、心に入り込みなさい」
「どういうこと?」
「私と共にラウダを追い、偶然を装って仲間に入るのよ」
そう言い終えると、サファイアは侍女に伝え、荷物を部屋に運ばせた。粗末な布でできた服と庶民が持つ荷物だった。
「私、旅に出れるの?」
「そうよ。それに……」
サファイアはアメリに近寄ると小さな耳に囁いた。
「自分の伴侶は自分で決めなさい。そばで観察して、ダメだと思ったら断ればいいのよ」
パッとアメリの瞳が輝いた。悪戯っぽく微笑む伯母と目が合う。
「私は弟じゃなくて、あなたの味方なのよ」
アメリの胸は一気に高まった。外の世界に出られることは勿論だが、自分で決めていいと言ってくれる人がいる。
「わかったわ!行くわ!!」
アメリはサファイアに抱きついた。




