3.主力の妻になるべく女
カラン=プロディという男は、グアバ=コンサスの弟であり、エクセン=コンサスの側近でもある。コンサス家を支えるこの男には大きな野望がある。
「お父様?今日は早いのですね」
腰まであるストレートの黒髪、華奢な体つき、賢そうなキリリとした眉と黒い瞳、日に焼かないように守られてきた白い肌。淡い青色のワンピースを着たその少女は父に抱きつくと、上目遣いで見上げた。
「お前に大切な話をするために、今日は早く帰って来たのだよ」
カランは紅い瞳を細めると、愛しい娘を抱きしめた。
この男には4人の子供がいる。長女はこの少女アメリ、14歳。長男はシャラク、12歳。次男はランポ、8歳。次女はスズカ、3歳。母親はヤマト国人だった。
「大切な話ですか?」
アメリには父の話したいことの検討はついていたが、あえて知らないフリをした。なぜなら、自分が予想している話ならば気が進まないからだ。
「お前の婚約についてだよ」
やはり、少女の小さな心に絶望感が広がった。
父は自分を軍の有力者の妻にしたいと思っている。そのために舞や声楽、洋裁を習わせ、学問も習得させている。美しさと教養が求められてきた。
(他家の軍人と結婚させるつもりなんだわ……)
歳の離れた従兄妹が思い浮んだ。コンサスの嫡男であり、アルデナの男の特徴である【生命と力の象徴】そのもの。最近では、その身体能力の凄さより、女性との噂の方が世を騒がせている男。
(軍人なんて冗談じゃないわ……)
他区では違うのかもしれないが、アルデナ区では身体の強さが階級を決める。それを好む女性ならいいが、自分はむしろ逆だった。どちらかと言うと、文官の方が好きだ。
「ラウダと婚約を結びたいと思っている。歳も近いし、ちょうどいいだろう?」
「ラウダ?」
思いがけない名前に、少女の作り笑いは一瞬にして失われた。
(ラウダとは、あのラウダだろうか……)
面識はないが、伯母が憎んでいた子供だと聞いたことがある。自分より2歳年上、正妻が産んだ男の子だが、既に死んでしまっているはずだ。
「アシオスの弟だよ。死んだと思っていたが、生きていたのだ」
笑顔の父をマジマジと見つめる。
(我が一族が排除した子供と私が婚約ですって?)
ありえない話に頭がクラクラする。まず、伯母が許すはずもない。生きていたのなら、確実に命をとりに行く女だ。
「ラウダとは、我が一族を脅かす子供でしたよね?」
長いまつ毛をパチパチさせながら、青白い顔で父に問うた。父は娘の頬を両手で包むと、揺らぎのない瞳で答える。
「時勢が変わったのだ。ラウダは優秀な男だ。賢く、身体能力にも優れているらしい。次の主力を継ぐだろう」
聡いアメリは、父の考えを読み取った。
(アシオスと伯母様を切り捨てるおつもりなんだわ)
次期の主力にラウダが就けば、伯母の血族は主要な役職から外される可能性が高い。ラウダ本人の意向だけでなく、反勢力が機会とばかりに進言するだろう。
「ラウダとお前には血の繋がりがない。お前は主力の妻になれるのだ」
顔を背けようとするが、父の掌はそれをさせない。冷たくなっていくアメリの頬、父の手はそれとは逆に熱くなっていく。
「ラウダはビィサス族の血を引く男だ。知性の一族、その血を継いだ子をお前が産むのだよ」
うっとりと将来を思い浮かべる父の表情に、アメリの体は、冷たく強張った。そこには自分の幸せを願う気持ちは含まれているだろうか。
「おっ…お父様。彼は私を受け入れるとは思えません。私はプロディ家の者ですから……」
それに、得体の知れない男との結婚は不安でしかない。生きていたとして、あの家から追い出された後、どうやって生きて来たのだろう。まともな生活をしていたとは思えない。アシオスを退け、当主に座ろうとするなんて、どんな醜悪な男かわかったものではない。
「大丈夫だ。仕掛けは父に任せろ。お前のような美しく聡い娘ならば、ラウダも受け入れずにはいられないだろう」
(この父の自信はどこから来るのだろう?)
箱入り娘として育てられ、蝶や花よと可愛がられた。身の回りは一流品ばかり、何不自由なく生きてきた。しかし、それはある意味、淑女として生きる道しかなかったとも言える。
(その男が自分に興味を持つかしら?)
父との温度差を感じてはいたが、それを素直に言える関係ではない。あくまで父はこの家の当主なのだ。今、対している父はそれなのだと、アメリの心はうずくまった。
「お前はただ、ラウダの側にいるようにすればいい。後は父に任せろ」
それにただ頷いた。それを言葉通りに取ってはいけないことはわかっている。自分がその男に取り入らなければならない。それは心の底で嘲笑っていた伯母の歩いて来た道のように思えた。
「まずは、ラウダ様の情報が知りたいわ。好きなものや嫌いなものから、その気質や考え方。そして、弱みについて」
アメリは努めて笑みを浮かべる。
決して納得しているわけではない。ただ、自分が生きる場所はここしかないとわかっていた。
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