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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第2章 ゼロ番の主力
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1.残念な兄

 アルデナ区のソルト、コンサス家の主家があるその地はスメリアに次ぐ大きさの街である。小高い丘の上の広大な敷地には、カンサスが誇る大邸宅が広がる。階層建ではなく、平家のその邸宅は贅沢を極めており、その屋敷は幾つにも連なっている。


 その中でも、目立って質素な建物があった。その他の屋敷が華美に飾られ、財が散りばめられているが。その棟だけは必要最低限のものだけ、それで何処となく品がある造りになっている。


 ここはかの奥方、グロリアが住んできた屋敷だ。息子のラウダと共に過ごしていた。その2人がいなくなってからは、家の者に忘れられ、近づく者はほとんどいない。人から忘れられ10年が経つが、荒れ果ててはいない。密かに手入れをさせる者がいたからだ。


 そして、その者は今、ゴロンと何もない平間に身を投げ出している。


 軽くウェーブした黒髪と茶色の瞳、顔は面長で目鼻立ちはハッキリとしている。醜くはないが美しいというわけでもない。背が190cmを軽く超え、厚い胸板と力強い腕、屈強なその(からだ)はその血統をよく受け継いでいる。


 アシオス=コンサス、アルデナの主力エクセンの息子である。

 

 母はここの女主人である正妻とその子を追いやり、廃墟になった屋敷を取り壊そうとしている。しかし、その息子は密かに屋敷を手入れさせ、保護し、ときおり訪れている。父も見捨てたこの屋敷を妾の子が守るとは、矛盾しているようにも思える。


 アシオスは大きなため息をついた。その音に反応し、離れた場所で影が動いた。


「アシオス様、ため息をつかれても問題は解決しませんよ」


 アシオスは忠実な父の(しもべ)に目をやった。そこにはシモンが控えていた。


「女の方が一晩でいいからと来たのだ。私からではない。私の血統と身分に目が眩んだのは、あの女のほうだぞ」


「だとしても、受け入れるべきではありませんでしたよ。お父上はお怒りです。階級の剥奪と半年の謹慎を命じられました」


 フッ


 アシオスは面白そうに笑った。


(大した罰ではない。本当に父は自分には甘い)


「シモン、カステルマの大勝利、軍師はラウダという少年らしいじゃないか?」


 シモンはドキリとした。もうここまで情報が漏れていたのか、と冷ややかなものを背中に感じた。


「ラウダとはあのラウダだろう?生きていたのだな」


 愉快だと笑うアシオスに、シモンは鋭い視線を向けた。この家のことを第一に考える(しもべ)は、()()()()()()()()を常に考えている。


「お祖父様の言う通りだったな。破格の子供、俺は足元にも及ばなかった」


「アシオス様、貴方様も優秀な方です。戦闘民族として、多くの才を父上から受け継いでいます」


 それはお世辞ではなかった。アシオスの戦闘能力は高く、素行は悪いにしても、ある程度の役職には就ける実力がある。ただ、主家の長男という事実が彼を苦しめている。そこには及ばないのだ。


「ラウダと最後に会った時は6才だった。アイツはあどけない顔をして、既に兵法を全巻読破していた。私は恐怖で震えたよ」


 シモンは口をつぐんだ。ラウダもまた、生きるために必死だった。賢い子でなければ、母子はここで生きることができなかった。


「弟君を憎んでおいでなのですか?」


「母はな。母は私のためにバケモノになったのだ」


 アシオスは冷めた目で天井を仰いだ。心が弱い女性(ひと)だ。父に溺愛されながらも、心の奥底の恐れに勝てなかった。


「もしや、ラウダ様に家督を譲るために問題を起こしたのですか?」


 アシオスはシモンに視線を向けると、ニッコリと笑う。


「買い被るな、女にだらしないのは俺のモノだ。誰のものでもない」


 父のように一族を背負い、国を背負う気はない。自分はそんな器ではない。ただ、衝動的な快楽と刹那的な戦いの場に身を置き、その日その日を生きれればいい。それだけのことだ。


「この屋敷を手入れさせるのはなぜです?母上の敵だとは思わないのですか?」


 アシオスは呆れた目を向けた。


「それは先入観だろう?私はグロリアとラウダを哀れに思う。あの2人は善良な人間だった。憎んではいない。私と母は父に十分愛させている」


 アシオスはもう一度ため息をつく。


「私はこれでも弟が可愛いのだよ。唯一の兄弟だからな。あの子がこの家に戻されれば、母は黙ってはいない。そして、父はあの子に容赦がない」


 口元を大きく歪めると、呟いた。


「ここに戻ることは、必ずしも幸せではないだろうな」


 シモンはマジマジとアシオスを見つめていた。残念な兄だと思っていたが、実にまともな男に見える。


「シモン、私と父は母を止めることはできぬ。お前は当主を守るのだろ?アイツを守ってやれ」


 シモンは深々と頭を下げる。


「アシオス様は今のお姿を普段から出していけばいいのに………」


「はぁ?普段と変わらんが?お前らが偏見で見てるだけだろ」


「女性の恋人を半殺しにした方とは思えぬ、優しさ……」


 シモンの言葉に目をぱちくりさせる。


「それはあの男が決闘だとかほざいたからだ。決闘なら全力でいかねば失礼だろう?」


「はい?」


「それに、女から求められるから応じているだけだ。奪略などしていない、欲しいとも思ってはいない。相手が嫌がることはしてないぞ」


「アシオス様!求められれば、誰にでも応じるのですか!?」


「さすがに自分の母親ほどの女は困るが。求められれば与えるのが男ではないか?」


「………」


 その悪気もない男を目の前にして、シモンは頭を抱える。


 アシオスは酷く真っ直ぐな男だった。


 






 


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