22.ボオラ区へ入る
ボオラ区はドゥーリ区とアルデナ区に接している。ボオラ族は鉱業民族であり、主家はケンブリッド家、主力はフォルテ、唯一の女性である。
ラウダ、ウンブラ、ガリ、ルシート(レオナルド)の4人は、ボオラ区のエレクトロという街に来ていた。ガタイのいい男達があちこちにいる。
「なんでアイツが一緒にいるわけ?」
ラウダはルシートを指差すと、ガリに話しかける。
「ラウダ、人を指差すもんじゃない。チェリ様に軍師を守るように言われたようだよ?」
「アイツに守られる!?ないだろ。あんな弱っちそうな奴に」
ガリは苦笑いをする。
「あのさぁ〜全部丸聞こえるんだけど??」
ルシートは簡易な制服を身にまといながら、ラウダを睨んでいた。
「あながち、間違いでないな」
ウンブラはポツリとこぼした。
ルシートは納得いかない顔をしているが、口をつぐんだ。本番で力を見せればいい。
「あのさ、ラウダはアイツ嫌いなのか?」
ガリはこっそりとラウダに聞いてみる。
「そうだね。基本的に苦労知らずの坊ちゃんは嫌いだよ」
「坊ちゃんかも知れないけど、苦労って人それぞれではないか?お前には理解できていない苦労もあるかも知れないだろ」
ぐっ、とラウダは言葉を飲み込んだ。確かに、あの男のことはよく知らない。
「まぁ、せっかくなんだし。アイツとも話をして、それでも気に食わないなら無視すればいいんじゃない?」
ガリはニッコリと笑う。ラウダは小さく頷いた。
ウンブラは目的地を見つけたようで、露店の間の小道へと入っていく。その奥には古びた小さな店があった。それは写真店だった。
「ごめんよ〜いるか?」
ウンブラはそう言いながら店に入っていく。扉を開け、細い入り口に吸い込まれていく。ラウダ達もそれに続いた。店の中に入ると、沢山の記念写真と共に、客を迎える部屋が用意されていた。
「ウンブラ、お供を引き連れて大したものだな」
奥のカーテンから眼鏡を掛けた男が顔だけを出した。どうやら、カーテンの向こうは暗室のようだ。現像作業をしているのだろう。
「もうちょっとしたら終わるから、待ってろ」
そう言い残すと、暗室に戻っていった。
ウンブラは近くのソファにドカッと腰を下ろした。ガリは手慣れた様子で、近くのキッチンに向かい、お茶の準備を始める。ラウダは気まずいながらも、ルシートと同じソファに腰を下ろした。
「アイツは俺のダチだ。あちこちを転々としている。写真家って名乗ってやがるが、要は情報屋だ」
「転々としてるんなら、なんで場所がわかるわけ?」
「仲間うちだけの目印がある。それは教えられねぇな」
ウンブラがニッと笑うと、目の前にお茶が並べられる。ガリが手際良く4人分のお茶を並べた。
「酒は?」
「お茶だよ!」
「え?酒は?」
「ないよ!」
ガリは呆れた顔をしながら、ウンブラとやり取りをする。そもそも、飲み出したら潰れるまで飲む男だ。間違っても出さない。
「おいおい、俺の店は飲み屋じゃないからな」
そう言いながら、奥から眼鏡の男が出てきた。白いエプロンは薬剤で少し汚れている。ウンブラは男に紙の包みを手渡す。
「現像液、定着剤などが入ってる。最近のやつだから使いやすいらしいぞ」
「ありがとな。助かる」
男は嬉しそうに受け取った。
「で、ガリは知ってるけど、あと2人の坊やは誰?」
「あの金髪の方は俺の弟子、隣の赤毛は通訳」
「相変わらず、ザックリだな。あー、俺はルーカスね。よろしく」
詮索するなと言うことだろう。
ルーカスは眼鏡を持ち上がると2人をじっくりと見た。そして、目を疑った。
「おい、ウンブラ!ヴィサスか!?」
ラウダの深緑の瞳を見て、ルーカスが口を押さえた。自分が持ってるネタの人物なら、まさに今が旬の子供だ。
「煩い、騒ぐな。それより、アクア国と通じてる奴らの情報持ってるか?」
ルーカスは名残惜しそうにラウダを見ると、渋々と話し始める。
「アルデナ族のカンサス家が怪しい動きをしているらしいぞ。あとは、ラカス族のブスクラ家の動きも怪しい。お前らが関わったカルティマの大戦にかなり焦っている」
「俺らのことまで漏れてるのかよ?」
「まぁな、ルーカス様の情報網は寝言まで拾うからな」
ルーカスはガリからお茶を手渡され、口に運ぶ。そして、興味深そうに口を開いた。
「ガンジスの軍師を探し回ってるぞ」
ラウダはギクリ、とする。
「やはりか」
「アクア軍は既に情報を入手し、国内に密偵を放っている。それと、アウロラ族が珍しく動きだした、どうやらこっちも軍師狙いだ。インフィニタ軍の代表エクセンも同じくだな」
ルーカスは、面白そうにウンブラを見ている。
「えらい面倒背負い込んだな?ガラにもないやつ?」
「お前は全部わかってるのだろう?この騒ぎは落ち着くか?」
「無理だろうね」
ルーカスはラウダの方を向いた。
「光が強すぎるのは問題だよ?その分、影も濃くなるからね」
ラウダは頭を傾げる。
「まぁ、君は隠れられるほどの大きさの人間じゃなさそうだから、無理もないだろうけど?この国荒れるよ」
ラウダの口が歪んだ。自分が荒らすと言うような口ぶりではないか。
「ルーカス脅かすな。転換期は起こるものだ。それがたまたま今だ、というだけだろ」
ウンブラはルーカスを睨む。
「まぁ、今までの積み重ねがあってのことだから。しかし、そちらの軍師さんは表に引っ張り出されるだろうね」
それもかなりの変革をもたらす結果になる。深緑の色の瞳、ヴィサスが絡むとなると。
「スノウ国に亡命させてしまったら?」
ガリがルーカスに思わず漏らしてしまった。ウンブラは冷たい視線を向けた。この男は味方ではない。
「それって、まずいんじゃない?アクアが黙っていないよ」
ルシート(レオナルド)の表情が歪む。ラウダという厄介者を受け入れたくはない。自国が大事だ。
「ガンジスは良い男だが、力としてはまだ弱い。おススメするなら、アウロラ区に保護を求めることかな」
ルーカスは意味ありげな笑みを浮かべる。
「君の母親との繋がりがあるようだし?」
ウンブラは訝しげな表情を浮かべる。ラウダはルーカスを睨んだ。自分がよく知らないことをコイツは知っている。その上で話をしてるのが気に食わない。
「俺からこの人達に話していいのかな?」
ルーカスはラウダを覗き込んだ。ラウダはため息をつくと、観念して話し出した。
「俺はアルデナのエクセンの子供だ。母親はヴィサス族の出身だ」
レオナルドはドキリとした。王妃が探していた子供は目の前にいる。だとすれば、保護すべきだ。
ウンブラとガリは顔を見合わせる。見当はついていたが、それでも実際にそうだとなると驚くものだ。
「だけど、アウロラ区との繋がりは知らない」
ルーカスはラウダに静かに語る。
「君の母親グロリアは元々、アウロラ族のイエロズの許嫁だったんだよ。エクセンはそれを奪って婚姻を結んだ」
レオナルドは思わず口を押さえた。何だかドロドロの愛憎劇が目に浮かんだ。
「イエロズが動いたのは、多分、君を取り戻すつもりなのだと思う。今もグロリアを愛しているらしい」
「オヤジはアイツだぞ?」
「それを超えるものを持っている。君はヴィサス族の特徴をよく受け継いでいる。今回の作戦で証明してしまった。皮肉だな、今の君は引くて数多だよ」
ルーカスは哀れむような視線を向けた。
「もう、隠れる必要はないし。隠れることもできない」
ラウダは大きなため息をついた。平穏に暮らせるだけで良かった。何かを変革するつもりなんてないし、誰かの期待に応えるつもりもない。
「ここに来たのも何かの縁だ。主力のフォルテに会うといい。望むなら繋ぎをつけてやってもいい」
ルーカスは優しくそう言い終えた。
「ルシート、先にラウダを連れて宿に行け。場所はガリに聞くんだ。俺とガリは別件の話が山ほどあるから」
ルーカスはギョッとする。
「沢山って……おいおい、頼むよ」
今度はウンブラがニッコリと笑った。随分と好き勝手に口を開いてくれたもんだ。おかげでラウダの扱い方を変えなければならなくなった。
「夜は長いよなぁ?ガリ?」
ガリは奥の棚から酒を出してくる。
「不本意だけど、解禁ってやつ?」
ガリも思うところがあるのだろう。止めやしない。
「おいおい、マジかよ……」
ルーカスはゲッソリとした。




