2.交渉人
テルビス=ルイナは、待たされるのが嫌いだ。父はスノウ国出身で鉱山王として名を馳せ、母はサン国出身でダンサーをしていた。そして、闇の世界の商人となったその息子は、アクア国に藉を置いている。
24歳という若さだが、武器商人としては名が知れている。この数年で急激に力を伸ばした。それはアクア国の御前に、取り入ることに成功したからであろう。
御前はアクア国を裏で動かし、実質的な支配者である。
グレイの髪は軽くウェイブしており、赤い切長の瞳、端正な顔立ちと立ち姿が生えるスタイルの良さ。それらは多くの女性を虜にしている。それはここ、ネゴシウムにあるサドの商館でも例外ではない。店の女性客の目を引いていた。
「約束よりだいぶおしてるけど、まだなのかな?」
お茶のおかわりを持ってきた女給に、テルビスは和やかに話しかけた。女性は顔を赤らめながら、何度も頭を下げた。
「申し訳ありません……今、確認して参ります」
女給は体を縮めながら、頭を何度も下げて部屋を出て行った。
「テルビス様、3時間は我々でも遅すぎだと思いますよ」
呆れ顔で話すのは、側近1のサンマルコ、サン国出身の男だ。自分の国も大概は遅れがちだが、ここまでは流石にだった。
「私だけなら、もう帰ってますけど」
黙って辛抱強く待つのは、スノウ国出身側近である。
テルビスは自分より年上の側近に、まあまあと手を振る。パプチの自衛軍とパイプを持つことは有益だ、奴らは武器を欲しがっている。目の前には大きな市場があるわけだ。もちろん、アクア軍も顧客として持つ者としては、バランス感覚は必要だが。
「お待たせしました、主人が到着しましたっ!」
さっきの女給が入ってきた。その後に、体が大きい男が入ってきて、その後に少年が入ってきた。
「待たせてすまない、私がサドだ。インフィニタ軍の物資の補給を請け負ってる」
テルビスは椅子から立ち上がると、サドと握手をする。側近の2人も立ち上がると、順番にサドと握手をする。しかし、少年は軽く客に視線を向けるだけで、興味がなさそうに握手どころか、さっさと席についた。
(なんだ?あのガキ)
シアン色の瞳は冷たくこちらを見ていた。そして、その色には違和感を感じる。綺麗だが人形のようだった。そして、短く切られた髪は、柔らかな赤毛であり、顔は中性的で色白だ。体つきは華奢であり、白い軍服はよく似合っている。この場には珍しく美しい少年だった。
「あちらは?」
テルビスはサドに尋ねた。それに、サンマルコも目で頷いた。挨拶ひとつしない若年者に軽く扱われたと怒りを感じたようだ。
「失礼した。あれはいないと思ってください」
サドは豪快に笑うと、客を無理やりテーブルに着かせた。3人は納得してはいかないが、とりあえず勧められて着席した。
「早速だが、御用向きはお伺いしています。我々に武器を売りたいとのことでしたね」
「はい。我々はインフィニタ軍の要望に応え、あらゆる武器を用意できます」
「しかし、こちら側の軍備をアクア軍に流すことも考えられるな」
サドは皮肉な笑みを浮かべた。テルビスは軽く頭を振る。
「そこは信用してもらえるかどうかでしょうね」
「ふっ、そうだな。まぁ、いい。用意できる武器のリストをまずは見ようか」
側近がカタログをテーブルに広げ始めた。それらは何枚もあり、テーブルにいっぱいになった。
「現在ご使用の物より、ずっと先に進んだ物です。価格は表示より2割は引きましょう。購入量によっては更に考えましょう」
サドは何枚か手に取ると、少年に手渡す。少年はそれを表情を動かさず、じっと見ている。
(なんでコイツが同席してる?何者だ?軍の関係者なのか?)
テルビスは横目で少年を捉えていた。サンマルコはテルビスに耳打ちをした。それは小さな声だったが、サン語だった。
「とりあえず、この銃を10,000購入したらどんなものだ?」
テルビスは紙を出すとペンで数字を書き殴った。それをサドは覗き込むと、瞬時に笑い出す。
「えらく足元を見られたもんだな?」
「これは最新式モデルなので、ディスカウントは難しいですね。こちらなら、どうでしょう?」
同じような銃のカタログを差し出した。その時に、もう1人の側近がテルビスの耳元で囁く。スノウ語だった。
「ふぅん、こっちがおススメねぇ」
サドはそれを少年に手渡した。またもや少年は興味なさそうに目を通す。そして、テーブルに軽く投げた。
その態度が気に障ったのだろう、サンマルコはサン語で捲し立てた。それは古典の言い回しだったため、サドは理解できなかった。その様子に、サンマルコはニヤリと笑う。
「お前はどれを選ぶ?」
サドは挑むように、少年に笑いかけた。少年は冷静に周辺の大人達を観察すると、1番端にあるものを指差した。
「ふふっ」
我慢できなくなり、サンマルコは吹き出した。それに対し、テルビスは厳しい視線で制した。
【お目が高い、これを選ぶとは値段、性能共に良い物です】
側近のもう1人がスノウ語で話しかける。サドは苦笑いをする。男の話す言葉は、綺麗なスノウ語過ぎて、聞きなれない単語が多かった。
サンマルコはそのやり取りも面白がり、自国の言葉をペラペラと話している。テルビスは流石にため息をつく。
「どうしてそちらは通訳を用意していないんだ?初めての取り引き相手に……あまりにも無謀では?それとも、我々と取引をする気がそもそもないのか?」
あまりのお粗末な場に、テルビスは嫌気が差していた。こちら側の品位もどうかと思うが、相手が容易す過ぎる。
ハッハッハッハッ!!
そのテルビスの様子を見ていて、サドは大声で笑った。本当に面白そうに笑った。
「いやいや、こちらこそ失礼した。紹介していなかったな、通訳はいる」
少年に目配せすると、テルビスの方に向き直る。
「こちらは、自衛軍の策士であるラウダだ。通訳でもある。ラウダ殿、この先は任せよう」
(こんな若僧が策士だと?通訳だと?ハッタリだろ?)
サンマルコは疑いの目で見た。
【こんな若僧になにができるんだよ】
吐き捨てるように、サン語で話した。その嘲りの言葉に、ラウダは静かに話し始めた。
【目に見えることに囚われるのは、愚かなことよ】
それは完璧な古典のサン語だった。それを耳にした途端、サンマルコは信じられないという顔をした。サン国でもこんなに完璧に発音し、古典語を使いこなせるものは少ない。
【どうせ、ここにはない。貴方はそう言ってたよね】
ラウダは腕組みをしながら、微笑んでいる。