15.インフィニタの夜明け
カステルマの町が炎に包まれていた頃、アクア軍の司令部では計画通りの結果に満足していた。スタア将軍は満足げに、望遠カメラの映像を確認している。
ここはアクア軍の作戦本部、仮設で作られたその部屋は三階にあり、大きなガラス窓からは砂漠が見渡せた。遥か向こうには、闇夜に進軍する隊形が見える。
「あの町の壊落は時間の問題だ。さらに戦車を進めろ」
そう述べると、帰り支度をする男に目をやった。
「もう帰るのか?今からが面白いというのに」
カバンに荷物を押し込むと、その男は顔を上げた。鋼色の黒髪が軽く揺れ、紫の瞳が将軍を射るように見つめた。白く美しい肌と鼻筋の通った整った顔は、女性的な美しさもあった。
「呆気なさすぎて、つまんな過ぎ。つぅーか、この程度の相手で何で長引いてるわけ?」
馬鹿にした態度を隠す礼儀は持ち合わせていない。男はただ、将軍を見つめた。
「御前から派遣されたのだろ?もう少し協力しろ」
スタアは更なる一手にこの男を使いたかった。そもそも、相手の兵士の動きと望遠カメラの映像だけで、敵の作戦を見破り、罠にかかると見せかけ、奇襲を計画したのはこの男だ。町の爆撃を行い、戦意を失わせ、恐怖を植え付けることも、躊躇なく指示した。
「あんな幼稚な作戦をやるとは、パプチのレベルは低すぎ〜導線なんて古い、切ってしまったらおしまいだし」
男はつまらなさそうに外に目をやった。敵が作った的の中に、全ての戦車が入った所だ。起爆させたとしても、各爆薬同士の導線が繋がっていない以上、何の支障もない。
男はペンを出すと、作戦の指示書に発案者としての署名を書き込んだ。
考案者名 ×
バツではなく、クロスと呼ばれている。
「あんた勘違いしてない?僕が来たかったから、御前を動かしたんだけど?」
「なんだと?」
「あんまり暇だから、遊びに来てやったんだよ。ここでは何でもありだからな」
スタアはクロスを睨んだ。こちらは命のやり取りをしている。将軍の実直な姿勢に対し、面白そうにクスクスと笑っている。
(お遊びだ?ふざけるな!この若造が)
クロスは愉快に微笑むと、外に目をやった。戦車が進む暗闇の中で何かが光ったような気がした。
「望遠カメラの映像を貸して」
将軍の不満などには目にもくれず、その手からカメラ映像を奪い取った。そして、気になるところを映し出した。一瞬何かを感じた場所だ。
「こりゃあ、いい」
クロスは目を見開いた。そして、口を大きく歪めた。
「面白い奴がでてきた」
それは3台のバイクだった。軍服の男、民間人らしき男と少年、その組み合わせは異様だった。
「なんだ?自暴自棄になった奴らか?」
スタアは傍から覗くと、嘲笑った。
(アイツらの計画は潰した。今更何をしようというのだ?)
クロスは画像を拡大する。その人物の顔を拝みたかったが、解像度が低すぎる。顔は潰れて見えなかった。
「自暴自棄ねぇ……」
クロスは呆れた目で見返した。
2台のバイクは左右に分かれると、アクア軍の前方陣の両端に向かっていく。そして、一台のバイクは全く違う方向に走っていった。
「おいおい、そっちに何かあるのかよ」
起爆装置があった場所は破壊し、導火線は全て切断してある。とても細い、貧弱な線だったらしい。確かに、広範囲に埋められているが、直接爆薬に火を投じない限り、爆発など起こせない。
右側の何もない小高い山へ、そのバイクは向かった。スピードはマックス、何もないそこには枯れた木が一本立っていた。気にもとめなかったその風景は、今から思うと何処となく不自然にも思える。
「あの木だけが、どうしてあそこにあるんだ?」
(そもそも植物なんて生えない土地だ。あれはあそこにあったのではなく、ある必要があったとしたら?)
クロスは嫌な予感がした。細い導火線が頭によぎる。そもそも、火で着火させるつもりだったのか?もしそうなら、通常ならそんな細い導火線など使わない。
(トラップ?)
もし、相手が狡猾な相手ならこちらの奢った心を利用するかもしれない。自分ならば……。
ド———ン!バーン!
戦隊を取り囲むように大きな爆発が同時に起こった。クロスは目の前に広がる光景に唖然とした。
「通信型起爆装置……」
まさかと思った。パプチにはそこまでの技術と知識がないと思い込んでいた。
「爆発が起きたではないか!!」
スタアは目の前に広がる光景に、怒鳴り声を上げた。戦隊は炎の中に囲まれて、隊形は大きく乱れる。戦車の一部は後退し始めた。
「何を企んでいる?」
左右に対していたバイクが、その場を離れ、北上していく。
(何しに来た?手作業の何かが必要かだったのか?爆発の後に何かをしなければならないのか?)
走り去るバイクと逆に、インフィニタ軍の車両がこちらに向けて走ってくる。それは40台は超えていた。
「あんな旧式のエンジン車!我が戦車の敵ではないわ!戦車で打て!」
スタアは映像を確認しながら、まだ自分達が有利であるという自信を持っていた。どう見ても輸送車、それも旧式の古いクルマばかりだ。
クロスは装備の十分ではない輸送車でやってくることにも違和感を感じた。
(何が目的だ?なにをするつもりだ?奴らをこちらが攻撃できないと思っている……)
クロスの脳裏にある可能性がよぎった。
(ありえない、ありえないが!もしそうなら、考えた奴は破格だ)
「将軍、軍を引いて撤退しろ。ここも出た方がいい」
クロスは悔しさに顔を歪めると、荷物を背負った。しかし、それとは裏腹に心は高揚している。
(メタメタにやられるのも、それは楽しいものだ)
「はぁ?何言ってるんだ!壊滅させるチャンスだろ!」
「こっちの負けだよ!被害を最小にするように動いたら?今さらだけど、もっとあっちの情報分析しろって言ったよね?思ったより、賢い策士があっちにはいたみたいだよ」
クロスはそばに控えていた側近に声をかける。
「1号!EMP対策しろ!電子機器を守れ」
クロスはアルミ素材の袋に自分のPCを放り込んだ。1号と呼ばれた男は、急いで荷物をアルミ材で巻き始める。
「電磁パルスだと!?馬鹿げている!相手はスノウ国ではないんだぞ!!あの野蛮なパプチだぞ!」
クロスはフラリとその部屋を出て行く。傍には1号が付き添った。
「おい!無視か!」
「急いでるんだよ!ゲームのデータが消えるかもしれないだろ!それに!車乗れなくなるぞ!」
クロスは真剣な眼差しで将軍を睨むと、早足で去って行く。こんな形で自分が負けるのは納得いかないが、損失を減らすことが最優先だ。
「ゲームだと!!!!お前には愛国心はないのか!?」
「なにそれ?」
クロスは興味なさそうに吐き捨てた。どの国がどうなろうと関心ごとではない。そもそも、興味があることなんて、ほんの少しだ。大半はつまらないことばかりだ。
しかし、まぁ、この作戦を考えた者には心は動かされている。こんな面白いこと考える奴と戦ったら、ワクワクして眠れないかもしれない。帰ったら、徹底的に調べてやる。
「次はこちらも万全に備えて遊んでやるさ」
クロスはいつの間にか微笑んでいた。多分、甚大な被害をアクア軍は負うことになるだろう。それが大きいほど、自分の期待値は上がって行く。
(それより、まずは退避が先だ)
将軍はトレーナーとジーンズの男を見送った。その瞳は怒りで震えている。確かに、相手を侮っていたのは間違いない。未開拓の地ではないか。原始的な奴らなのはわかっていただろう?
それが大きな誤算だったと、後に痛いほど思い知らさせるのだが。今の将軍は自分に捉われ過ぎていた。
「将軍!前線の部隊からの通信が切れました!!」
スタアは戦場に視線を向ける。車両の多くが動きを止め、ライトも消えている。爆撃で燃えた車両の炎が現場を明るくしていた。
それとは対照的に、インフィニタ軍の輸送車は走り続けている。何の攻撃も受けず。
「電磁パルスだと……」
ドン!ドン!ドン!ドン!!!!!
爆発で明るくなっていた戦場に、再び火の柱が上がった。その爆発の柱は次々とこちら側へと進んでくる。爆音で部屋がミシミシと音を立てた。
キ—————ン!
爆音の次に、耳鳴りがした。それと共に、室内の電気が落ち、電子機器がショートし、爆発した。
「将軍!電磁パルスです!!」
スタアは信じられなかった。相手はスノウ国ではない。こんなことは想定していなかった。この軍は最新鋭の装備を持たされている。それらはつまり……電子制御されたものだ。
「そういうことか!そういうことか!!」
スタアは机を拳で何度も叩いた。耳鳴りに顔を歪めながら、歯を食いしばった。
インフィニタ軍は、旧モデルの銃を大量購入したという情報を得ていた。資金がないからだろう、と嘲笑ったものだ。あんなガラクタを押しつけられるとは不憫だなと。
「KPRZ-01モデル、あれはひと昔の名品だったな」
スタアは口を大きく歪め、目を見開いていた。今の我が軍ではその銃に敵うものはない。今、攻められたら全滅する。
「全隊撤退!ここから離れよ!!」
ほとんどのデータは電子管理だった。それらが全てダメになっただろう。武器も機材も全部だ。どれだけの被害になるだろうか……。しかし、それは同時に持ち出すものはないことも意味していた。
スタアは腕時計に目をやる。それだけはネジ式のものだった。
「賢い策士か、あのバイクの中の1人なのか?」
軽く貨物をまとめると、それぞれがその場を立ち去る。
それはアクア軍にとって屈辱的な一夜だった。
パプチとの争いの中で、ここまでの大敗は未だかつてなかった。




