42.トーイ=ランカスター
アクア国における学問の最高峰は、創設以来初の混乱期を迎えていた。徹夜で教授会が開かれ、多くの講義が休講になっている。学生の流動がほとんどなかった名門は、多くの優秀な研究者の流出に歯止めをかけられない状況に至っている。大きな段ボールが次々と研究室から運び出され、大学の門には多くの車が順番待ちをしている。
「トーイ!戻って来たの?」
大きなメガネをかけた女子が向こうで手を振っている。トーイ=ランカスターは、やっとのこと知り合いに出くわし、思わず顔を綻ばせた。
「セナ!久しぶね!元気にしてた?」
キャッキャとはしゃぐトーイとは正反対に、セナは静かにしろ!と目で威嚇し、トーイの目の前まで小走りでやってくると、腕を引っ張り近くの部屋へと引っ張り込んだ。
通常なら、それぞれの部屋は施錠され、簡単に入り込むなどできるはずもない。許可されていない部屋への入室は御法度のため、セナの強引な行動にトーイは慌てふためいた。
「ちょっ……ちょっと、セナ!勝手に入ったらマズイわよ」
セナは部屋に入なりすぐにドアを閉め、トーイの口を強く抑えた。そして、もぬけの殻になった部屋を見渡すした。
思った通り、部屋の中は荒れ、残骸としか思えない物が放置された状態だ。急いで出て行った後なのだろう。これならば、人が入ってくる心配もなさそうだ。
せなは、凄い目力でトーイを覗き込む。
「マズイのはあんたでしょ……。あんた、あの爆弾に関わってたよね?」
あの爆弾と言われ、何のことかすぐに理解できた。しかし、この友人がどこまで知っているのだろうか……。
「……え……私は大学に言われて……トーマスの所に派遣されてたけど……」
ハァーッ
セナは大きくため息をついた。やはり、この人のいい友人は運悪く巻き込まれただけのようだ……。
「マルティンが設計した兵器が、パプチ戦で大失敗したらしいわ……軍がかなりお怒りで探しまくってる……。次期教授候補の大失態なわけだから、大学側の責任についても言及されているらしいわ」
「大失敗って……不発に終わったのかしら……」
ギロッ、とセナはトーイをまっすぐに見つめる、
「トーイ、あんたどこまでも関わってるの?アイツが新型兵器なんて作れるわけない。アンタが……作ったんじゃないでしょうね?」
モゴモゴ……何て言っていいのか悩む質問だ……。確かに……自分があの設計図を調整したのはそうだが。アレを作ったというのは畏れ多い。
「トーマスに言われて……手伝っただけよ」
「ふ〜ん……その割にはわかっている風よね?」
「それほどでも……」
「不発に終わったかって?発射され、爆発はしたらしいわ。だけど、大失敗だったって話よ。それ以上は機密情報らしくて、わからないの……ただ、撤退するキッカケになったみたい」
「……それなら……ある意味成功したんだわ」
トーイは穏やかに微笑む。もちろん、立場によってその見解は大きく変わるだろうが……少なくとも、設計者と自分の見方ではそれが正しい。
「……やっぱり、関わってたのね……ルナン工業がなかなか試験段階をクリアできずにいたのに、トーマスを引き入れた途端に実戦配備まで進んだ時点でわかるべきだったわ」
「さすがだわ、セナ。貴方ほど国の情報の流れを掴んでいる人はいないわね」
「褒めてくれて、ありがとう。で?何を作ったの?」
それにはさすがのトーイも即答できない。話していいものか……迷っている。設計者とされているマルティンも、武器の開発者とされているルナン工業、トーマスすら、あの設計図の真意に気付いていないだろうから……。それを自分が話していいのかどうか……。
「セナはなぜそれを知りたいの……」
ガシッ!!
セナは強い力で、トーイの両肩を掴んだ。
「わからないの?あんたを心配してるからでしょ!!今、兵器の責任を誰に押し付けるかで揉めてるのよ!関わった人達は自分以外の誰か都合がいい人間を探してるわ……」
「え……そんな……」
トーマスに大学に戻れと言われ、喜んで帰って来たが……。自分がそれを負わされそうになっているなど思ってもいなかった。
「……正直に話して。知らなければ、助けられない。それとも……私が信じられない?」
不安げなセナの瞳に対し、トーイは大きく頭を振る。
この友人はいつでも自分に対し、真っ直ぐな人だ。間違っている時には正面切って意見し、ありのままの自分を受け入れてくれる僅かな人であった。
「アレは爆弾ではなかったの……花火よ……平和を訴えかける最新技術が搭載された完璧な花火」
「……はぁ?」
そこでセナの思考は一時停止した。予想もしなかった答えだった。トーイはさらに言葉を続ける。
「きっと、あれは戦争を止めるために作られたものだと思う。設計者にとって、アレはアクア軍が使用することに意味があった。だから、新型兵器だと思わせるような配管を組んだのよ」
「ちょっ……ちょっと待ってよ!途中で花火だってバレるでしょ?普通!それに改良されて本当の爆弾になることだってあるわ。ありえないでしょ」
「だけど、やり遂げたのよ。だから、アクア軍は兵を引かざるおえなかったのだと思う」
「……トーイは気付いたけど……他は気づけなかったのね」
「あの設計図にはあるべき物がなかったから、そこから設計図を見ると答えがわかったの。答えはすぐにわかったけど……そこからが難しかったわ」
「どういうこと?設計図の謎がわかったのに?」
「そうなの。あの設計図を読み解けるのは、科学者としての倫理を持ち合わせている人だけだと思うわ」
「ごめん、理解できないわ」
これが天才の領域なのだろうか?セナは全く話が掴めずにいた。わかる範囲で解釈するとしたら、その設計図を読める人は限られていて、トーイは読める人で、最終的に設計者に協力したというのとになる。
「アレは謎解きから始まり、最後には人間としての良心と科学者としての良識を問われる。とても面白い作業であったけど、最後には自分の尊厳を問われたわ」
「つまり?」
「私は殺戮兵器を作るために科学者になったわけじゃない、って答えを出したのよ」
「トーイ……」
「それに……完璧過ぎる設計図と指示だったわ。火薬の種類を特定している意味が最初はわからなかったけど。湿度で化学反応が少しずつ変わり、アクアで使用した時とパプチで使用した時で違いが出ることが予想できた時には、神の域だと思ったわ……。
とくに意味なく配置していたと思っていた火薬の位置が、実は正確な爆発地点を想定し、計算尽くされたモノだと気付いた時には……もう!頭の奥まで痺れたものよ!これは最高な状態でこの方の想いを実現させなきゃって……」
と、さらに続けようとするのをセナが抑える。
「あーなんか、もういい。マニアック過ぎてわかんないし……。
とりあえず!あんたそれ誰にも話しちゃダメよ!どうせ誰も読めない設計図だったんなら!誰かに何を聞かれても、トーマスの指示に従っただけだとシラをきりなさい!」
トーイはセナの手で抑えられた口をぐにゅぐにゅさせ、素直に頷く。
「設計図はマルティンが設計したの!マルティンは密かにパプチと通じていた。そして、国外に亡命したのよ」
「え?なにそれ」
「そういうことにするわ」
「そういうことに……できるわけ?」
「任せてよ。それくらいはできるわ」
セナはニッコリと微笑む。
「新型兵器が成功してたら、我が国は窮地に陥ってた。外交面で孤立してたし、従来の体制が強化されてた。今は経済もバタバタで国は荒れているけど。見方を変えれば、軍と上流階級層が1番力を失っている好機とも言えるわ」
「え?なにそれ?」
セナは、科学オタクの友人に笑いかける。
「私、大学を出ることにしたの」
「ええええ!!政治学の教授目指すんじゃなかったの!?」
「ええ、社会に出ることにした」
「どうして?一緒に教授になろって言ったじゃない」
「アンタへの大学の仕打ちを見ていて、心底嫌になったし……思ったより、自分がこの国を愛していることに気付いたからかな?」
「社会に出るって……どこに行くつもりなの?」
やっと戻ってきた大学だと言うのに、僅かな友が居なくなるという事実がトーイの心を疼かせる。
「政治家の政策秘書になろうと思うの。彼なら賭けてもいいかなって思ってる」
「政治の世界は恐ろしいって言うわよ……」
「そうだと思う。甘くない世界だわ。だけど、そこに飛び込まないと、この国を変えることはできないと思うの」
セナがこの表情になれば、自分が何を言っても変えられない。できることは、応援することぐらいだろう。
「……で、どんな色男に惹かれていくわけ?」
トーイもお手上げとばかりに、セナを見送る覚悟を決めた。賢い友の旅立ちは寂しくもあり、誇らしくもある。
そんな優しい友に向け、セナはとびっきりの笑顔で答えた。
「プリンチェプス=ダンテ、中流階級出の議員よ」




