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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
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41.ラウダ=グロリア

 ヴィサス区の中心地、イズモの端にある市場にいる。徐々に国外に流れていたヴィサスの子孫達が帰ってきていた。その中には他区から移住して来た者もいる。違う文化や慣習が混ざり、いざこざが起こることもあったが。いくつかの約束事が決められ、話し合いの場も持つことにより、それらも少なくなってきている。


 歩きながら露店を見回れば、人々の生活に必要なものが並べられるようになってきた。まだまだ足りないものは多いが、この短期間でここまで発展しているなら良くやっている方だ。


 ラウダはゆっくりと歩きながら、物や人の行き来を見守る。


「ラウダ……ここにいたのか」


 ウンブラがそっと寄ってくると、ラウダにだけ聞こえるように声をかけた。普段着を着て一般人に紛れるラウダとは違い、白い制服をきちっと着たウンブラは人々の目を引く。お忍びで来ている身のラウダとしては、小さくため息をついた。


「ウンブラ……主力様がこんなところに居たら……人々の目を引くだろう?」


 ラウダはウンブラの腰に下がっている6番の宝剣をチラリと見る。この刀がヴィサスに戻り、そこに収まっていることに満足が笑みが自然と浮かぶ。


 この刀の前の持ち主、6番の主力ヘルメースはアクアと通じ、ラカス区での戦いでアクアに寝返った。インフィニタを裏切ったのだ。アクアが勝利した際には、インフィニタの統治を任されるという密約があったらしい。最終決戦でインフィニタ軍が勝利し、ラカス区に戻ったチェリは主家のブスクラ家を取り潰し、ヘルメースとその兄弟達を粛清した。


 その後、主力会議で6番をヴィサスに戻すことになり、急遽、ウンブラが6番の主力になった。ラウダと共に戦場で活躍したウンブラは、チェリ、ファミリア、フォルテの推薦により、全会一致で主力に決められた。本人の希望ではなかったようだが………。


「それはお前こそだろ……0番がここで何してる?レオナルドが知ったら大変だぞ……」


「ピーノには断ってある……」


「ピーノ……」


 ウンブラは最近のピーノの様子を快く思っていない。あんなに執着していたラウダに対し、最近は距離を置いているように思えた。前のピーノなら、ラウダを1人で行動させることもなかった。それも、こんな状態のラウダをだ……。


「屋敷に籠ってばかりじゃ、体は鈍ってしまうよ。それに、最近のヴィサスの様子を確認したかった。心配するな、チンピラ程度なら相手できるよ」


 肩まで伸びた髪を軽く結い、青年が着る軽装服のラウダが微笑んで見せる。宝剣のグロリアは携帯していない……。


「軽口を叩くな……次は心臓が止まるぞ」


 ウンブラは厳しい目をラウダに向ける。単なる疲れが溜まったのだろうと休息させたが、顔色は戻ることはなく。残党の討伐に参加した時には、戦闘の最中、胸を押さえて倒れた。以前のような体の動きに、心臓が耐えられなくなったのだ。それだけではない、日々、着実に体力が落ちているのが目に見えてわかるようになってきている。


「俺の体は日々壊れていく……あとどれだけ持つかだな」


 ラウダは子供達が井戸の周りで水遊びをするのを座りながら見守り、その言葉とは裏腹に清々しい表情を浮かべた。草がしげり、荒地だったこの地が平和で活気がある街になった。それだけで十分満足だと心から思える。


「そんなことを言うな、お前に何かあれば……レオナルドが手をつけられなくなる」


 ウンブラはタバコを手に取ると、火をつけ、思い切り吸い込んだ。そして、大きな煙を吐き出す。


 ヴィサスは順調に復興している。アラギやガリが駆け回わり、仲間と共に良い施策を実施しているからでもあるが……レオナルドがよく働いていた。ピーノはレオナルドに付き添いサポートしている。この区を実質的に動かしているのはレオナルドだ。


「レオナルドはここの住民になるつもりなのだろうか……」


「そりゃ、そうだろ。スノウ国が許可を出さないから手続きが進まないが……だいぶ前からこの地で生きることを決めているようだぞ?」


 ラウダはウンブラの言葉に軽くため息をついた。


「レオナルドが国籍まで変える必要はない……」


「お前がそんなことを言うな……アイツはお前がここで生きると決めているから、ここに骨を埋める覚悟をしているんだぞ?」


 ラウダはもう一度ため息をつく。


「俺がいなくなったらどうなるんだ……それに……レオナルドはここで一生を終える人ではないと思う」


 ウンブラは黙って聞き入る。レオナルドの友としては、ラウダのこの想いは贅沢だと思わない訳ではない。しかし……ラウダの友としては……わからなくもない。多くを背負っているラウダだが、特別な想いを抱くレオナルドの存在こそ、すごく重たい存在なのかもしれない。


「ラウダがどう思おうと……アイツはここからは離れないと思うぞ?………お前を置いて行けるような男じゃない。それに……万が一……お前がいなくなれば……アイツがどうなるか……」


 その言葉の意味はラウダにもよくわかる。自分が倒れる度、レオナルドの過保護具合は悪化し、ラウダが目を覚さない間、何も手をつけられない日々が続く。寝ることも食べることも忘れ、付き添い続けるのだ……。ラウダを失うことを酷く恐れるようになっている。


「……そうか……嬉しい気持ちもあるけど……それはマズイな……」


 ラウダは口元を歪めると複雑な表情を浮かべる。アラギが連れてきた医師は優秀な男だった。それだけに、ラウダ達に希望を抱かせることは言わない。つまり、それが現実なのだ。


 レオナルドはスノウ国の医師を連れて来ようとしているが、ラウダが反対している。0番の主力が病んでいることを外に知られるわけにはいかないのだ。ラウダことはヴィサスの一部の者だけに知らされ、他には知られないように緘口令が出された。やっとまとまりかけているインフィニタを分裂させないために……。


「ラウダ、とりあえず家に戻ろう。今は体を治すことに専念すべきだ。自治区はレオナルド達に任せればいいし、中央部は俺がやるから」


「……わかったよ。面倒はかけないから……」


 ラウダは諦めて戻ることにする。家に帰ったからといって、体が良くなるわけでもないが。忙しいウンブラに、これ以上迷惑をかけるのが心苦しくなった。今やお荷物になってしまっている自分ができることは少ない……。


 ズキッ


 思わず胸に手を当てた……。胸の奥に広がる恒常的な痛み……。これは日々広がり……大きくなっていく……。気を失う頻度も多くなってきた。軽く息を吐き出し、気づかれないように息を整える。最近はこの動作は当たり前になってきた。


 ウンブラはラウダの体を支え、ゆっくりと市場の出口を目指す。離れたところで待たせている車までゆっくりと……。


「ウンブラ……もしも俺に何かあったら、レオナルドを頼む……」


「お前がなんとかしてやれ、俺は頼まれてやらないぞ」


「……できればそうしてるよ、だけど無理そうだ」


「……ピーノの案があるだろ?未来にかけてみたらどうだ?」


「不確定な未来に……レオナルドを縛り付けるのは気が進まない」


 ハァーッ


 ウンブラは大きなため息をつくと、ラウダの肩を担いでやる。この前まで無鉄砲に戦場に飛び出して行ったヤツはどこに行ってしまったのか……。


「ラウダ!お前自身はどうなりたいんだ?他人のことばかりではなく、お前の我儘を言ってみたらどうだ?」


「俺は……」


 ラウダは改めて問われると、口ごもってしまう。自分の我儘など考えたことはなく、即答で出てくるものは思いつかない。


 ラウダの様子に、ウンブラはもう一度大きなため息をつく。


「とてもシンプルな答えだ。お前は生きたくないのか?レオナルドと一緒にいたくないのか?」


「……そんなわけ……ないじゃないか……」


 ウンブラはラウダの歩幅に合わせながら、負担がないように気を配る。そして、その正直な答えに微笑んだ。


「それなら、不確かにかけてもいいんじゃないか?それはアイツにも希望になるかもしれない」


「……希望か……そんな風にも思えるんだな」


 レオナルドを縛ることだと遠ざけていた案が、希望を与えるものになり得るのだろうか?だとしても、レオナルドに選択肢は残してあげたいし、あげるべきであろう。


「心配するな、0番がいない間は、6番がヴィサスを支える。レオナルドがいなくても、ガリ達と協力して守っていく」


「ウンブラ、ありがとう……真剣に考えてみるよ」


 ラウダが決意すると同時に、待たせていた車の前に到着した。運転席にはアラギが待っている。ウンブラは車のドアを開けると、そっとラウダを乗せてやる。そして、自分も乗り込んだ。


「屋敷に戻るぞ」


 ウンブラの声を受け、アラギは車を進める。アラギはバックミラーでラウダの様子を確認すると安堵のため息をついた。


「ラウダ……無事で良かった。心配したんだぞ」


「悪かった……」


「……いいんだ……それより、レオナルドが戻って来てラウダがいなかったから、探しまくっている」


 その言葉に対し、ラウダは困ったように笑い返した。その表情を確認すると、アラギは黙ってハンドルに力を入れた。


 ラウダはレオナルドのことを想う。自分がしようとしていることは、本当にレオナルドにとってもいいことなのだろうか。ただ、悪戯に彼の苦しみを長引かせるだけになるのではないか?その問いは果てしなく繰り返される……。


 不規則に動く心臓に手を当てながら………ラウダは軽く息を吐いた。






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