表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
139/150

34.伸るか反るか


 アクア国の好景気は永遠に続く


 国民はそう信じ始めていた……。


 古典的な経済学者は警鐘をならす。彼らは原理原則を説き、後退し始める未来を予測し、政府に金利政策を行い過剰な資金の動きへの抑制を進言した。


 しかし、政府の主流派は上流階級で席を占めており、その支持層も同じくであったため。今、目の前にある利益を手放すことを良しとはしなかった。つまり、古典派経済学者の意見などスルーされた。


 それとは反対の立場をとる新鋭経済学派は、未知の理論の体現であると、現状を支持する。今の状況はホコリを被った本からは解明できないと資産家達を擁護し、新しい解釈が必要だと援護射撃を行う。政府はこちらの意見を取り入れている。


 そうこうしているうちに、益々株価は上がり続け、土地や建物の地価も軒並み上昇。貴金属やブランドものは飛ぶように売れ、上流階級はもちろんだが、下級層にも強欲さは広がっていく。それは甘い砂糖菓子のようにアクア国民の心に浸食していった。


 その反面、もっとも弱気者は住む家にすら困り、値上がりする生活費に耐えられなくなっていく。しかし、それらの弊害は、簡単に打ち捨てられ、見てみぬふりをされた。


 この狂気にも似た熱量は、悲しいかな、パプチへの侵攻の正当性を高めることにも貢献する結果になっている。


 パタン


 アラギは、青ざめた表情でパソコンの画面を閉じた。そして、重たい口を開く。


「レオナルド、資金が底をついた。これ以上、保証金すら払えない。計画を変更した方がいいんじゃないか?」


 レオナルドは最新のレビューを確認しているところだった。一貫して楽観的な見通しを出してきている。明らかに自然の法則を脱しているというのに、違和感を感じていないのが不思議なくらいだ。


 それを傍に置くと、腕組みをしながら微笑む。パートナーの神経質さにはだいぶ慣れていた。


「もう数日待ってみないか?俺達の計画まであと1週間あるじゃないか?」


 のんびりと微笑んでいる同僚に対し、アラギはヤキモキしている。


「毎日、出来高の高値が更新されている。このまま上がり続ければ、決済日には俺たちは破産だ。アクアをやつけるつもりだったが、俺たちが完璧にやられる」


「さっき、口座に資金を入れた。それを使えばいい。大丈夫だ、このまま上がり続けることはない」


「資金って……お前、だいぶ個人資金投入してるじゃないか?大丈夫かのかよ??」


「今回のは俺のじゃない。心配するな、確かな金だから」


「どうせ、言えない金なんだろ……」


 アラギはそれ以上聞こうとは思わなない。レオナルドが個人の資金をかなりつぎこんでいるのはわかっているし、それ以外にも兄や親からもかき集めているのを知っている。更にというと、考えられるのは……スノウ国しかないだろう。しかし、それが明るみに出れば後々困ることになるから、出所は簡単にはわからないようにしている筈。触れてはいけない話だと思う。


「しかし……確かに、もうそろそろ動かないと、アイツの方が持たないな」


 レオナルドは遥か遠くに視線を向ける。この事務所の中に居ながらも、その心は宙を超えた遠くを見ている。その先にいるはずの想い人を心配していた。


 相棒の見ている先を察したのだろう。アラギはインフィニタの状況の話を始めた。


「ボオラ区が破られたら、アルデナまで一気に進む。そうなったら、ドゥーリを守ったのが無駄になってしまう」


 レオナルドは苦笑する。


 無駄だと?ラウダが前線に立っているというのに、無駄かんてよく言ったものだ。


「武器の補給は邪魔してるだろ?いずれ、アクアの弾薬は切れる。道具が無くなれば、アイツらは戦えないだろ?」


「確かにそうだけど、それもいつまで続くか……。新型兵器も残されている。噂によると……スノウ国から盗まれた技術を使ってるらしいじゃないか。お前の兄なんだろ?発明者って……そんなものを使われてみろ、一瞬で勝負がついてしまう」


 最後の方はアラギの非難の念が入った。


 よりにもよって、敵の兵器に協力するとは余計なことをしてくれたものだ。学者先生は大人しく本でも読んで、下界のことなど関わらずに生きていればいいものを!それも神の領域の頭を持つ男。わが故郷が焼き尽くされるかもしれない。それ考えただけで、自然と怒りが込み上げてくる。


「ロナウドは人を殺す道具は作らない」


「どうだか!現に新型爆弾が持ち込まれているだろ」


「身内だから言うんじゃない。ロナウドは兵器は作らないんだ」


 真剣なレオナルドに対し、アラギは冷ややかな視線を返す。


「ハサミは便利な道具だけど。使い方によっては人を傷つける。使い方次第だろ」


 アラギが言っていることは、間違いではない。その通りだと思う。平和的な技術であっても、兵器に転用され、多くの命を奪うこともある。

 しかし、それでも違うと言い切れる。自分にはロナウドの感覚がわかるのだ。口で説明するのは簡単ではないが……それを理解しろと言うのは我儘だろうか。


「それでも、俺はロナウドを信じてる。ラウダと同じくらいに」


 アラギは納得はできない。しかし、言い争いを続けるほどの根気もない。ここに来るまでに多くの時間を費やし、長丁場になっていた。どっちにしろ、今は相棒を信じてここで戦う選択肢しかない。もう、後戻りすらできなくなっている。


 ガチャ


 アラギはモヤモヤする気持ちを晴らせることもなく。とりあえずは資金を動かすため、もう一度パソコンを開いた。


 カチャカチャカチャ


 軽快にキーボードを叩きながら、軽くため息をついてみる。


 パン!


 エンターキーを押せば、会社の口座の残高が表示された。レオナルドの言う通り、かなりの金額の残高に増えている。それを確認し、保証金の金額を確認するため、メイン画面を開いた。右上がりの折れ線グラフが表示され、プラスが変わらず表示されるかと思ったが………


 カチャカチャカチャ


 アラギは目を見開き、いくつもの画面を同時に開いていく。そのどれもが同じような動きを始めていた……。


「レオ……来たかもしれない……上昇が止まった」


 ガタッ!


 レオナルドは立ち上がり、カツカツカツとアラギの元へと駆け寄った。横から覗き込むと口元を緩めた。


「これは……一気に下がるぞ」


 レオナルドは1番最初に下がり始めた銘柄を見分け、アラギに指示し、特定の銘柄の履歴を検索した。その的確さに指示を受ける方は、妙な納得感を感じる。そして、その意図が分かり始めた。


「これって……かなり大きな規模での売りがでてるよな?それもタイミングが揃っている。こんなことできるのは……大規模な商団の集まりか……」


「新宮かもしれないな」


 あの男の顔が頭に浮かぶ。ヤマト国の港で会った銀色の髪の男だ。たしか、筆頭書記官だったか……。


 新宮は小さな自治区であり、宗教的な組織だと思われているが。表立って知られてはいないが、金融、経済的の世界で大きな力を持っている。彼らがどうしてこんな動きをしているのかはわからないが。こちらにも利があり、正直ありがたい。このタイミングでの介入は奇跡的だ。


「新宮が動いたのなら、それに追従して放出が始まる。これは相場が荒れるぞ。市場が緊急的に閉められるかもしれない」


 先ほどの絶望感はどこに行ったのか、アラギ目は力強く頷く。更新する度、急落の波形が繋がっていく。本来の価値よりも高まった評価が本来の位置に戻るのは、上る時よりも下りのスピードの方が明らかに速い。


 ガチャ


 自席に戻り、受話器を手にした。かける場所は1箇所、言葉を発することはない。数字と記号のボタンを押し、プッシュ音の組み合わせ。相手は受け取ったメッセージを解読する。そのレオナルドの動きを相棒は特に気にする様子もなく、ひたすら作業を続けている。


 それを横目で確認しながら、報告と指令を送る。それはいち早く各持ち場に待機している諜報員に共有され、それぞれが最適な動きをはじめる合図となる。 


 レオナルドはスノウ国の諜報員を外されたはずだが、そう簡単にはいかないのも真実。秘密裏に接触があり、王からの密令を受け取った。もちろん、断る選択肢はない。


 アクアで生み出された富は泡となって消え失せるだろう。そして、得た以上の大きな代償が課せられる。それに気づいた時に門を閉めようとしても間に合わない。既に奴らはコントロールを失っているのだ。


 昼行灯と揶揄される、現スノウ国王。

 必ずしも見えるものが全てとは限らない。

 そして、見えないものは見えることもない。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その他の作品はこちら 作品一覧 良かったら読んでみてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ