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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
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30.二つの選択

「後方部隊を先鋒隊に合流させろ。私の指揮を忠実に守る者を向かわせるのだ」


 スタア将軍の指揮は、思い描いたようにはいかなかった。


 先鋒隊の指揮が慎重すぎて、一気に攻撃しろと命令してもすぐには動かず。やっと爆弾を使ったと思えば、分析結果を待つばかりで、またもや動かず。全く言うことを聞かない。痺れを切らしたスタアは、自分が育て上げたお気に入りの大尉とその隊を最前線に向かわせた。


 そして、スタアは直下の参謀と作戦について話している。


「射程箇所を防壁の1箇所に絞り、集中投下しろ。あるだけ使ってしまえ」


「それでは後の侵攻に支障が出ます。効果を見ながら使いましょう。カーボン499は不明な鉱物です。迂回も考えてみたらいかがでしょう」


「迂回だと?計画が遅れるではないか。あんな壁、破ってしまえば一気に進む。武器の補給は本国に頼めばいいだろう」


 参謀は、なかなか「はい」とは言えない。彼もまた自身の職務に忠実であり、誇りを持っている。ここでの選択は多くの兵の命に関わることであり、先の戦況を左右するものである。


「他の可能性も探ってみたらいかがでしょう?もしかしたら、もっといい選択肢があるかもしれません」


「可能性の話は飽き飽きだ。もしかしたらなんて、そんなことは起こるはずもない。現に今、起こってないではないか?供給が絶たれる?今までにあったか?」


「いえ……しかし、もしかしたら」


「この長い歴史で起こったことはない。パプチには我々とアクア本国を寸断する力などない。起こりもしないことを考えるだけ無駄だ。頑なで柔軟性がない、お前は社交性に問題ありだな」


 スタアの高圧的な命令に最終的に、参謀はそれ以外は何も言えなくなった。立場的にこれ以上は言ってはならない。しかし、気分は良くはない。自分の見ている世界を全否定されている気分だ。


「……わかりました。ご命令とあれば従います」


「何だと?ハッ!じゃ、今すぐやれ」


 参謀は唇を噛み締め、深々と頭を傾げてその場を立ち去った。その姿をスタアは苦々しい表情で見送る。


「生意気な男め。素直に命令に従っていればいいものを。使いにくい奴だ」


 吐き捨てると、バタンと椅子に腰掛けた。


 そのやり取りを1号は黙って見ていたが、あまりの内容の酷さに頭を振った。ゲームに熱中しているクロスに視線を送るが、当の本人は全く興味がないよう。そもそもが、この人の気まぐれで始めた戦争なのに、こんなことでいいのだろうか?


 1号はそっとソファの横にしゃがみ、クロスに小さな声で問いかけた。


「あの人、ほっといていいんですか?クロス様が指揮するんじゃないんですか?」


 クロスは軽いため息をつき、答えた。


「チュートリアルだよ」


「はい?」


「だから、チュートリアルの時間を与えてる」


「え?誰にですか?」


「ラウダ=グロリア」


「すいません……意味がよくわからないんですが」


「初心者相手に俺が最初からフルぼっこしたら、あっという間に終わるよね?」


「あーハンデ的な感じですか?」


「ちょっと育った方が面白いよね?あー、武器!俺が確保してある分には手をつけされるなよ」


「それはもちろんですが……こちらに被害が出ますよ」


「それはアホの指揮に従った報いだよね?仕方ないんじゃ?」


 ハーッ


 1号は大きくため息をついた。この主人は、興味がないことにはとことんなのだ。たとえアクアが滅びたとしても、この主人は特に気にも留めないかも知れない。人が失うことはもとより、自分が持てるものを失ったとしても、それほど心を動かされることは少ない。もちろん、例外もあるが……。


 ごく僅かではあるが、気に入った人間が消滅することには敏感だ。


 パタン


 クロスは突然、ゲーム機を机の上に置いた。


「あ〜そっかぁ」


 1号はビクッとし、思わず置かれたゲーム機を凝視する。そんな従者の様子を気にも留めず、クロスは天井を見上げながらブツブツと唱えだした。


 点滅するゲーム機のディスプレイ………。それは単なるバトルゲームかと思っていたが……あ〜なるほど……と頷いた。


 シュミレーションを繰り返していたのだと。


 そのソフトは、クロスが組み上げたシュミレーターだ。地形、気候、気質、保有する武器や戦闘員、過去の傾向等を全て入力し、クロスが敵と味方の両方を操作し、幾つものパターンでどちらかが勝つまで何度も繰り返した。


「あっちは変数の塊だったわ〜」


 クロスは吹き出すと満足げに背伸びする。ああいう人間を相手にすると、思いもよらない偶然が重なる。それが戦況をガラリと変えてしまうのだ。


「あ〜1号。こっちも変数がないとだな」


「変数ですか?スタア将軍は違うんですか……ある意味、乱だしてますけど?」


「あ〜それ、だいぶ違うわ。アレは極めて想定内だろ」


「……まぁ、確かに典型的ではありますね」


「賢く変わった動きをする奴がいい。そう、すでに勝手に予想して動いてるヤツ」


 クロスは身体を起こし、さっと立ち上がる。全軍の動きを確認すると、パタパタと通信官の机へと歩いて行き、各隊の上長が寄越した報告書に目を通す。通信官は気を利かせて、次々とクロスの前に束を積み上げていく。


 パラパラパラパラ


 クロスは数枚を横に並べ、一瞬で全体を見て、不要なものを外す。その選別の速さに情報官は舌を巻いた。とても人の為せる技ではない。


 パラパラパラパラパラパラ


 ほんの20分ほどで何百枚にも及ぶ報告書を選別してしまった。そして、手元に残ったのは50枚ほど。3部隊の長のものだった。


「君、この報告書を出した3名だけにダイレクトメッセージを送れ」


 クロスは束を通信官に渡す。受け取った側は戸惑いの表情を浮かべた。


「……それは、指揮的なものでしょうか?」


「そうだ」


「……それは……スタア将軍の許可がないと……」


 クロスはその返答に口元を歪めた。自分が作ったモノが自分を阻むことなどあり得ない。邪魔にならないれば放ってくが、そうでないなら排除した方が手っ取り早い。クロスの視線はスタアに向けられた。


「君、失礼だよ。この方が仰った通りにしなさい」


 間に急いで入ってきた男、先程までスタアとやり合っていた参謀である。情報官に耳打ちをし、目の前のお方がどういう方なのかを簡潔に伝えた。その階級を知らされると、情報官の顔色は一瞬にして青ざめた。


「……しっ、失礼しました。お申し付けください」


 頭を深々と下げる。


 参謀に対し、クロスは興味深い視線を向ける。クロスの階級はスタアにしか明かしていない。自尊心が高いスタアは部下にはソレを伝えてはいないはずだ。しかし、この男は明らかに自分のことをよく知っているようだ。


「へぇ、わかる奴がいたんだな」


「情報は常に集めておりますので」


 参謀は平然と答える。確かに、軍内の情報把握すらできていなければ、戦略など立てられないだろう。この男がスタアに全てを報告していないとしたら、この男はなかなかであるのかも知らない。目の前の男、選別した男達、クロスは意外と使える人材が揃っていることに笑みを浮かべた。


「よろしければ、私にもお聞かせ頂けますか?」


 参謀はこの機会を逃すつもりはないらしい。スタアを飛び越し、直にやりとりをすることに躊躇はない。それだけの野心家でもあった。


「聞いてるだけなら、邪魔ないかなぁ」


「ありがとうございます」


 クロスは腕組みをし、情報官に向き直る。


「グラシアス中尉、提案通りにラカス区への進軍を許可。今後はグラシアスの判断で動くこと、こちらからの指示はしない。報告のみ定期的に送れと伝えろ」


 その言葉は、サラサラサラと速記で記録される。


「次、2枚目の報告をあげてきた男、3枚目の報告をあげてきた男、それぞれを部隊長にしろ。現部隊長2名はこっちに戻せ。その部隊には俺が直接指示を出すから待機するように言っておけ、スタアの作戦は他の部隊に任せろ」


 ニヤリ、参謀はその指示で納得の笑みを浮かべた。目の前の最高位の男がそれに相応しい器だと認めた反応だ。


「かしこまりました。そのように手配します」


 通信官が聞いた内容を確認する。その傍で参謀が細かい指示を追加する。クロスのやりたいことを十分に機能させるには、組織ならではの調整も必要である。巨大化し、規則的に作られた体系ならではのモノであった。


 それを黙って見守ると、クロスは参謀に声をかけた。


「お前、俺の下に来い」


 参謀は僅かに目を開くと、チラリとスタア将軍の方へ視線を向けた。その様子もクロスは見逃さない。


「奴にはもう1人参謀がいるだろ、そいつに任せればいい。お前は俺の方な?」


「はい」


 参謀は頭を深々と下げた。


「あ、そういうのいいから、面倒なやつ」


「あの……礼でしょうか?」


「んー、まぁ、そんなやつ。形式的なやつは面倒だからなし」


「…はい」


「あと、忖度ってやつ?あれも要らないわ」


 ヒラリ


 クロスは手を軽く振ると、スタスタと自分のソファに戻っていく。少し混乱する参謀に、今度は1号が声をかけた。


「つまり、自由に意見をしろってことですよ」


「自由にですか?」


「はい、あの人はシンプルな人なので」


「務めます」


「それと考えたことや思ったこと、あなたは言ってもいいみたいですよ」


「口出しは嫌がられると思っていました……」


「それは人によるみたいです。あの人は聞くべき相手には時間を割く人ですよ」


「私がですか?」


「さっきの補足指示が良かったんでしょう」


 参謀の口元が綻んだ。


 つまり、自分の予測したクロスの指示の本質が正解だったということだ。補足指示も余計なことかと思ったが、無駄なロスはもったいないと思い行動した。


 真の最高司令官は、今存在する2つの選択肢を1つにし、さらに同時多発的な別の動きも出そうとしている。それは変動的なものであり、アクアが得意とする戦法ではない。しかし、とても面白いものだ。


「配下に入れていただけるのなら、実に光栄ですね」


 参謀は清々しい笑顔を浮かべた。



だんだんと寒くなってきました。

冬は間近ですね。

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