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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
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29.ドゥーリ側の人達


 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


 轟音が空気を裂く。それから遅れてやがてくる地鳴り。ついにアクア軍が攻撃を開始したことを知らせる。


 フワリ


 軽装をした少年が見張り台の上へと登る。その軽々とした身のこなしとスピードは美しくもある。爆風が運んでくる土埃が辺りに降っているにも関わらず。既にそこで待機していた兵はその少年の姿を見ると、ギョッとして少ないスペースをできるだけ明け渡す。


「ラウダ様!なぜここに!?危ないです!下に降りてください!!」


 見張り兵はあり得ない想定に若干のパニックになった。アクア軍の発射機に動きがあったため、下に伝来を飛ばしたが。まさか、下から主力が登ってくるとは誰が予想してるだろうか。


「気にするな!状況の確認を怠るな!」


 ラウダは爆風に抗いながら、声を張り上げる。そして、持参した双眼鏡を覗く。見張り兵は我にかえると同じように双眼鏡を覗き込んだ。


「よし!持ち堪えた!!さぁ……どう動く?」


 ラウダの独り言を聞きながら、見張り兵も必死に目を凝らす。


「隊をすぐには進めないようですね。隊列がズレてます……アクアらしくないですね」


「集中攻撃を避けるためだろう。前回のが相当堪えたみたいだ。確かに、動く気配がないといくことは……壁の強度を確認したか……」


 しかし、こんなに視界が悪い中、隣の兵はよく見えている。ラウダはその青年のことも気になった。


「僅かな兵がラカス方面に逃れていきます」


「確かか?」


「はい。身を隠しているようですが。3人は固いかと」


 ラカスへ動くこうとしているのだろうか……。その想定もしてはいるが、長期戦に持ち込まれる可能性が高くなる。今まで戦場にならなかった区へ進軍し、そこを経由して目指しているのは……多分、アルデナ。アルデナの中央部を叩き、アルデナ区を抑えるつもりだろう。彼らにとって、アルデナがインフィニタのリーダーなのだ。


 にしても、ラウダも一緒に見ていたが、そのような動きに気づかなかった……。


「お前、よく見えるな?視界が悪い上に、けっこう離れている。あんな小さいものをよく見えるものだ」


「はい?奴らはネズミよりは大きいですよ?」


「ネズミ?」


「はい、僕は幼い時からネズミを撃って生活してましたから」


 それに、ああ、と頷く。


 ネズミは病原菌を媒介する。主力ガンジスは、ネズミを駆除したものに報奨金を出していた。毒薬を使わずに簡易銃で駆除したものだけが対象になっている。一匹あたりの買取額はそこそこ良く、子供でも稼ぐことができた。


「家族のために?」


「はい。私の父は傭兵で早く亡くなりましたから、私が母を支えてました。幼い頃はネズミでよく稼せがして貰いました。弟や妹もそうです」


 ネズミで稼いだ者の中には、傭兵や区兵になる者も多かった。


「ドゥーリのネズミは小さく、すばしっこい。それで稼いだのなら納得だな」


 そういうラウダも、一時期はネズミで稼いでいたことがある。監視兵はラウダからそれを感じ取ったのか、より親近感を感じている様子。ガンジスもそうだが、この主力も庶民に近い感覚を持っている。


「見た感じでは防壁に大きな損傷はないようです。しかし、連続でどれくらい耐られるでしょうか?」


「……あれの10倍の威力がきたら、さすがに難しいだろうね」


「10倍なんて……」


「可能性はゼロではないと思うよ」


 ラウダは目を凝らし、双眼鏡のレンズの先を見つめる。しかし、限界を感じ始めていた。


「なぁ、戦車の後方、装甲車の群れがあるの見えるな?」


「はい、よく見えます」


「あそこまでのどこかに先鋒隊の指揮官がいる。どれだと思う?」


「それは、向かって左奥、まとまりから外れた装甲車でしょう」


「なぜそう思う?」


「あの車には兵が頻繁に行き来しています。それも前方、後方どちらにも。会話は無線で飛ばせますが、データ資料の共有は人が運んでいるのでしょう」


「なるほどな」


 ラウダはアクア軍の布陣をあらためて確認する。隅々までよく見てみれば、よく考えられていることがわかる。万が一の被害を最小にし、機動力は確保されている。指揮官はなかなかの人物のようだ。


 トニー=ダウナー? 


 一瞬、彼の顔が頭によぎる。彼が相手ならば、困難な課題として取り組まなければならなくなる。しかし、彼ではないとわかってもいる。彼は装甲車ではなく、前線の戦車に乗るタイプだ。どちらかと言えば、今回は戦略分析の長けた人だ。実戦型というより。


「一気に攻め込んでこないな……そっちの方が有り難かったが。しょうがない」


「ヒットポイントを超えてこないです。勘がいいやつですね」


「同じ手は通じないとは思ってたけど……隊の統制がよく取れてるな。うっかり踊り出す奴もいない」


 ちょっとした罠を張ったが。下手に動かないように釘を刺されている。わかりやすい罠をはり、隠された仕組みへと誘導しようとしたが。そもそも簡単に動かさないのであれば、こちらにとっては思惑違いになってしまった。


「しばらくは睨み合いだろう」


 ラウダは双眼鏡から目を離し、腰に携帯させる。見張り兵は変わらず敵陣を見守っている。


「いつ、動きが出るでしょうか?こちらから仕掛けないといけないのでは?」


 ラウダは、ポンと彼の肩を叩いた。


「待てばあちらから動く。こちらから敢えて出ることはない。防壁はまだ持つはずだ」


「ラカスに動かれては……ここで決着をつけた方が……」


「ラカスを選択した時点で、アクアの戦略は大きな変更を余儀なくされるだろうな。俺はアクア軍の階層はそう簡単には変わらないと思う」


「それはどういう……」


「アクアは我々とは違う組織で動いているということだよ」


「確かに……我々の軍は区によって色が全く異なり、アクアは一糸乱れぬですが……」


 クスッとラウダが笑う。


 色が違う、上手く言ったものだ。要はそれぞれがバラバラなのだが……。ある意味、状況変化への融通が効くとも言える。


「前線がどれだけ賢明でも、アクアの階層は昨日今日で簡単に変わるものではない。賢明さは時には邪魔になることもあるかもしれない」


「私には少し難しいのですが……」


「今にわかるよ。徐々に布陣が彼らの基本型に戻っていく」


「はぁ……」


 紅髪と深緑の瞳、中性的な顔立ちは、あらためて向き合えば神々しく眩しい。圧倒的な存在感……その口から発せられる言葉には、担保なしで正しさが感じられるから不思議だ。


「危険な役回りだ。お前の働きには感服したよ。これからもお前の見たものや気づいたことを伝えてくれ」


 ラウダは腰に下げた袋から、干した肉と果物、水を取り出す。それを男の手の中に押し込むと、見張り台から軽々と降りていく。来た時もそうだが、音も立たずに早々と移動していった。


 手の中の食べ物を見ながら、男は嬉しくなった。


 ちょうどお腹が空いてきたところだった。手持ちは乾いたパンとハーブを入れた水しかない。水は臭みがあるため、ハーブを入れてごまかしているのだ。手渡された水は浄水されたもののようだ。干し肉や果物はここでは高級品でなかなか手に入らない。主力に配給されたものを分けてくれたのだろう。物もそうだが、その優しさが嬉しかった。自分の役回りが大切であると認めてくれたのだという気持ちにもなる。


 干し肉をかじり、視線は双眼鏡に戻した。


 弟と交代するにはまだまだある。この間、どんなことでも見逃すわけにはいかないと思った。


「あぁ……」


 男は小さく声を上げた。


「確かに……少しづつ布陣が動いている……規則的であり変則的でもある」


 左手で無線を取り、見えているものを詳細に伝える。いくつかの問いかけにも正確な返答する。完璧だった布陣に歪みが見てとれる。


 発射機がさらに前方に移動するのが確認できる。それはごく一部であり、単独行動にも思えた。いや、歪み始めた部分のそれぞれは、小隊単位の規模かもしれない。


『アクアの階層は昨日今日で変わるわけではない』


 ラウダが話していたのは、アクアに根付いている権威主義についてだった。しかし、それは軽視してもいけない。


 






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