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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第1章 インフィニタの夜明け
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13.オヤジと少年

 オヤジはご自慢の鍋を大きく振り、羊の肉をタレで絡めている。ラウダはその横に並び、野菜を切っていた。もう一つの鍋にはスープが作られており、たっぷりの野菜をその中に放り込んでいく。釜ではパンが焼かれている。


「オヤジさんは、ここに残るつもりなのか?」


 ラウダはスープを混ぜながら、オヤジに声をかける。


「あぁ、ここに骨を埋めるつもりだ。ここは渡さん」


 ラウダは不安げな表情を浮かべる。こんなに危ない地域に残るのは正気とは思えない。


 幼い頃、祖父と放浪をした身としては、そこまでこの土地に(こだわ)るのが理解できなかった。


「死んだらなにもならないよ」


「お前さんは、まだ若いからなぁ。それで良い良い」


 オヤジは鍋をもう一振りすると、下に置いた。


「死ぬというのは命を失うことだけじゃない。どう生きるかの姿勢によっては、命があったとしても死んでいることだってあるさ」


 ラウダは頭を傾げる。オヤジはそれを確認すると薄く笑った。


「俺には難しいな……」


 オヤジはウンブラとガリの様子を確認した。2人は酒を酌み交わしながら、ツマミを食べ、雑談に夢中だった。


「お前さん、ヴィサスの子供ではないか?」


 ラウダは一瞬表情が固まる。突然の話題に、虚を突かれた。


「違うけど」


 オヤジはラウダの瞳を覗き込むと、さらに小さく話しかける。


「俺にはその人の命の波動が見えるのさ。それがあるから、治療師みたいなことができるんだが」


「へぇ」


 眼鏡を斜めにかけてるオヤジに、変人だとは思ったいたが、もっと異色だった。


「お前さんの揺らぎが、ヴィサスの民と同じなんだ」


 まさかとは思ったが、ラウダは平静を装いながら、内心は焦っていた。自分にとっては、母親がヴィサス民であったことは、それほど大したことではない。しかし、この男には重要なことのように思えた。


「残念ながら、そうじゃないよ」


「まぁ、そうか、それはいい」


 オヤジはウンブラに視線を向けた。こちらには意識が向いていないようだ。


「オヤジの戯言だと思って聞いてくれ。もし、ヴィサスの生き残りなら、中央部へ渡り、封印されたグロリアのゼロの剣を頂け」


「え?」


「アレはヴィサスにか扱えん、持ち主を選ぶ剣だ。そして、導く者の剣だ」


 変なオヤジだと思っていたが、どうやら本当にヤバい老人のようだ。ラウダは返答に困った。


「俺がお前くらいの時に、最後のヴィサスの主力、ウルティマーテ様にお目にかかった。神々しいあのお方は、ゼロの剣を携え、この国を率いていた」


 おとぎ話のようだとラウダは思った。母の故郷の記憶は自分にはなく、その民族についても伝説化している。全く現実味がなかった。


「あの忌々しいアクアの攻撃の後、ゼロの剣だけは未傷で残っていた。まさに奇跡だ」


 ラウダは老人に調子を合わせながらも、心の中は乾いていた。自分には関係ない話である。


「良いか、繋がりというのは偶然ではない。お前さんと俺がこの話をしているのは意味があるんだ」


 ラウダは困ったように微笑む。中央部なんてもってのほか、アルデナ区なんて行くはずもない。面倒は避けて通るのが常識的にだろう。


「ウルティマーテ様と同じ揺らぎを持つ者。ゼロが目の前に現れたら、迷わずに手に取るのだぞ。それは逃れぬ道ぞ」


「まぁ、そうだな、そんな話は覚えておくよ」


 ラウダは軽く答えると、オヤジは満足そうに頷いた。薬屋のオヤジがおとぎ話を語るのには驚いたが、その真剣さには何故か(おそ)れを感じる。


「長生きはするもんだな!こんないい日に出会えるとは!」


 オヤジは鍋を抱えて、食卓に向かう。ラウダはスープの鍋を持ち上げ、その後ろに続く。


「さあさあ!飯だ!酒も飲め!!こんなロクでもない町だが、今日は気分がいい」


 オヤジは皿を放り投げていく。ウンブラは豪快に笑いながら皿を受け取る。ガリはトンガで羊の肉を取り分けていく。ラウダはボウルにスープを注いだ。


「さあさあ、食え食え!」


 ラウダは調理場に走り、皿に焼きたてのパンをのせる。香ばしい小麦の香りが広がる。軽くその香りを楽しむと、テーブルに向かって歩く。


「パンに肉を挟むと絶品!」


 ガリはそう言うと、パンを一個取り上げ、トンガで中を破ると肉を詰め込んだ。


「ほら、酒ばっか飲んでないで食べて!」


 飲み出すと食べないウンブラに渡す。


「お前が女だったら、嫁にもらってやった」


 ウンブラは受け取ると、大きな口でかぶりつきた。


「そりゃあ、いい!」


 オヤジは嬉しそうに声を上げる。それをラウダは見つめながら、この老人の毎日を思う。いつもは1人で食事を食べているのだろう。それは酷く寂しいように思えた。


「ラウダも食べな!」


 ガリはパンに肉を挟み、ラウダに投げてよこした。ラウダはそれを受け取り、口に放り込む。肉汁と香ばしい小麦の匂いがなんとも言えない。


「うまっ!オヤジさん、天才だな!」


 オヤジは椅子に座りながら、嬉しそうに笑っている。


「どんどん食って!飲め!!」


 オヤジは酒の瓶をテーブルにのせる。ウンブラは次々と瓶を開け飲んでいく。ガリは細い体とは思えない量を食べていた。


「オヤジ、明日とりあえず、娘さん達に会いに行こう。また戻って来ればいいじゃないか?ほんの2日ほどここを空けるだけだ」


 この友が去った後はきっと寂しいことだろう。オヤジはそれも良いかもしれないと思い始めていた。長い戦争だ。2日くらい家族に会いにいくのもいいかもしれない。


「そうだな……お前達もいることだし、行ってみるか」


「おう!そうしようぜ!俺たちと方向一緒だし、何かの縁だぜ」


 ウンブラは嬉しそうだ。ほんの(わず)かの間かもしれないが。明日、ココに残して発ちたくはなかった。


 ガリはそれの様子を温かく見守っている。ウンブラがこんなに上機嫌なのも久々だった。


 ラウダは笑いながら、ふと外に目をやった。


(えっ?)


 兵士の姿は消えていた。 


 何故だろう、嬉しいことなのだが、何故か不安になった。

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