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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
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22.カラクリの担い手

 アクア軍の金の流れを知る者は少ない。他国とは異なり、国からの歳出は多くはない。過去にパプチで新型兵器を使用してから、国と軍との力関係が変化してしまった。今の宰相には軍を抑える力はない。資金面でコントロールしようとしたが、軍は独自の資金源から調達するようになった。


 この国の裏社会を牛耳る組織がうごめき、軍へ兵器や毒薬を調達する。軍はどこのコントロールも受けずにその力を大きくしている。では、その資金源はどこなのか?誰なのか?


 ウサフ=フラファのルートで探ったところ、アクアで活動する仲間から、グラアム投資会社と1人の男の名前が上がって来た。レオナルドとアラギはグラアムに接触を試みており、もう1人はある男に接触しようとしている。


 その1人であるラウダの左席、ガリは金融街の一角にいた。


「トンボ、本当にいいのか?」


 作業着を着た2人、煌びやかなメインストリートから外れた路地裏で立ち話をする。路地裏同様、その2人からは華やかさは感じられることなく、安物のスニーカーの靴底はすり減り、その内側が大きく削れている。


 低賃金労働者が集まるその地区は金融街を影で支えている。大量のデータを処理する情報機器、それらの動きが止まれば莫大な損失が生まれる。


「おっ、弟は俺とは違って賢いんだ……だけど、ここで酷い扱いをされている。俺は兄ちゃんだから……置いてはいけない」


 ガリはトンボの方を優しく叩いてやる。興奮すると混乱しがちだが、トンボは一つのことには秀でた男である。


「わかった。弟くんと話をしてみよう」


 トンボは周りを気にしながら、ビルの地下へと降りていく。ガリはその後に続いた。途中ですれ違うのは若い青年ばかり、皆、疲れた顔をして暗い顔をしている。ちゃんと食べていないのか、か細く、胸板が異様に薄い者が多い。時折、変な咳をする。


「電気系統の修理に来ました」


 ガリは偽の身分証を提示する。受付の男は軽く確認し、ドアの施錠を外すボタンを押す。


 ガチャガチャガチャ


 3つのロックが順々に解除され、扉が横にスライドし、大きく開かれた。小汚いビルの外観や地下への通路の薄暗さとは対照的に、開いたドアの向こうは真っ白で清潔感があり、まっすぐにのびる廊下には何も置かれておらず、両側の壁は鏡張りになっている。


 2人は鏡の向こうには目を向けることなく、ひたすら奥に進む。進むうちに鏡の壁から、等間隔にドアが並ぶ風景が目に入ってくる。白いドアの真ん中は緑の薄い光が浮かんでいる。2人はそれらを通り過ぎていくと、緑ではなく赤い光のドアの前で足を止めた。


 ゴクリ


 トンボは緊張で唾を飲み込んだ。緊張すると何でも上手くできなくなる。その弱さで上官のトニーにどれだけ迷惑をかけたことか……。自分がここで足を引っ張りたくない、トンボは必死に、自分へ向けて落ち着けと言い聞かせた。


 ガリは慣れた様子で、身分証をドアにかざす。ここに来たのは初めてだが、何度も訪れている空気感を出している。


 ピピピ


 ギーガチャ


 カードを認証し、ドアの施錠が外れた。


 スーッ


 ドアは横にスライドし、ガリとトンボはその中に入っていく。ドアには110と書かれており、ガリ達が入ると、ドアは再びスライドして閉まり、再び施錠される。


 ガリはドアが閉まるのを確認すると、いち早く周りの状況を確認し、素早く動き始める。電子制御装置へと真っ直ぐに向かった。


 トンボは背負ってきた荷物をゆっくりと床に下ろした。そして、奥の机で作業をする男に目配せする。まだ10代の若い男はトンボを見ると、涙を堪えてながら微笑んだ。その様子を確認し、トンボは喉の奥なら叫びそうになるのを必死に抑えた。今すぐ弟のもとへ走っていき、抱きしめたい衝動に駆られたが、無理やり顔を下に向け、淡々と荷物を広げる。


 ガリは電子制御装置の中を開け、電気供給部にコードを刺し、データアクセス口にもケーブルを刺して、手持ちのミニコンを接続する。画面上に現れる記号を読み取ると、持ち込んだプログラムを裏で動かす。メインデータ上は電気系統の修理を行なっているログを記録させ、裏の方では室内の音声や映像の主導権を奪い、その記録に加工を加え、管理室の監視モニターには、何の変哲もない違う映像をを表示させる。


「トンボ、もういいよ。中の様子は外からはわからない」


 ガリはワザとプログラムにバグを発生させながら、同時に処理もゆっくりと行わせる。


「兄ちゃん……会いに来てくれたんだね」


「あぁ、お前がここのシステムに異常を起こしてくれたから、中に入れた……いつから、ここから出れていないんだ?」


 トンボは弟に駆け寄ると、その痩せ細った白い手を握った。


「兄さんがパプチに派遣されてからだよ……ここで機密情報を扱わされるようになって……出してもらえなくなったんだ」


「……お前は俺とは違って……軍の情報解析部で上手くやれたらと思っていた……」


「……上手くできてはいたんだ……成績も良かったし。だけど、俺たちは身分が低いし……部品くらいにしか思われてないんだよ」


「……」


「……兄ちゃん、僕、もう出して貰えないと思う……僕がパプチと取引をしようとして動いたのが……軍にバレたんだ……」


「取引って……なんでそんな危ないことを……」


「……兄さんがパプチの捕虜になったと聞いて、助けてくれるように軍に頼んだんだ。だけど、全く取り合って貰えなくて、帰ってくるのは上官や上流階級の奴らばかり。相手にして貰えないどころか……汚い仕事をする部署に回され……こうやって拘束されるようになった。アイツらは俺達を同じ人間なんて思っていない……」


 ガリはミニコンの様子を見ながら、2人の話に聞き入る。


「カゲロウ、兄ちゃんがここから出してやる」


「無理だよ、軍が許さないよ……兄ちゃんだって見つかったらヤバいんだぞ……兄ちゃんだけでも国外で暮らした方がいい」


 トンボはアクアを捨てた身だ。こうやって来れたのも、ガリの力があったからだ。弟には偉そうに言っているが、人の力にすがっているとも言える。トンボは口ごもってしまった。


「弟くん、俺は兄ちゃんの友達だけど。無理ではないと思うよ?」


 ガリは時計から目を離さないが、2人の様子をよく把握している。


「ここのセキュリティは厳しい、奴らは、僕を簡単には出さないよ」


「あぁ、今は無理だろうな」


「今は?」


「そうだ。内と外の力でここを壊してからなら、案外、簡単なんじゃないかな?」


「どういうこと?」


「君にはまだここに残ってやって貰いたいことがある。それが上手くいけば、正面玄関から出ていけると思うよ?」


 残る?


 思わぬ言葉に、トンボは動揺した。大事な弟をこんなところに残していきたくはない。今すぐにも連れ出してしまいたかった。ガリはそのトンボの心の動きを冷静に感じ取る。


「トンボ、順序というものがある。よくよく考えて動かなければ、弟は助けられないよ」


 カゲロウは兄を見つめ、大きく頷く。先ほどからのガリの処理を横目で見ていて、この人が只者ではないことは、すぐにわかった。この人の力を借りれば……もしかしたら可能かもしれない。


「僕は何をすればいいんでしょうか?」


「いくつか確認したいことがある」


「はい」


「君はここで何をさせられているんだ?」


 ガリは時計を睨みながら、早口で問いかける。あまり時間が残されていない。単なる電気系統の修理、保守作業の標準時間が近づいていた。


「軍の資金調達をさせられています。正確には資金運用です」


「誰が軍に資金提供をしているんだ?国ではないよね??」


 パチパチパチパチ


 キーボードを素早く叩くと、数字の羅列が画面に現れた。それをガリに向けた。


「これらは、軍の各金融資産の口座だよ。預金口座だけでなく証券口座もある」


「結構な数と額だな。こんなにどうやって稼いでいる??」


「稼ぐ??とんでもない。これらは預かっているお金ですよ」


「軍の金ではないのか??」


「全部が軍のものではないです。これらの中には資産家の隠し資産が含まれています。表に出したくない金です」


 ガリはその一言だ全てを悟ってしまう。


「軍には特権があって、税金がかからないんだな?なおかつ、中を探られることもない……資産家や事業家から金を預かり、手数料を受け取るだけでなく。資金を流用し、運用することにより利益を得ているのか?」


「ご明察です。汚いお金を綺麗にすることすら簡単にできます」


 ガリは刻々と変わる画面を見ながら、この莫大な資金が軍を支えているのだと、すんなりと腹落ちした。その額はインフィニタが到底、太刀打ちできないレベルであった。


「カゲロウくん、君はここで軍のお金を増やし、積極的に投資するんだ」


 カゲロウはガリの瞳を真っ直ぐに見つめた。その言葉をそのまま捉えれば、パプチにとって不利になることをしろ、と言っているとも取れる。しかし、本当の意味は別にあることが何となく感じ取れる。企みがあるのだろう。


「外部からの連絡は取り次いでもらえないでしょう。今回のように機器のトラブルを頻繁には出させることも難しいです」


 ガリはニッコリと笑う。


「トンボから君のことは聞いている。君は数字に強く、情報分析、システム操作が天才的らしいね」


 トンボは大きく頷く。それを困った顔で弟は見る。自分が完璧ではないことは、カゲロウ自身がよくわかっている。


「そうでしょうか?僕にはそうは思えないですけど」


 クスッとガリは笑った。こんな部屋にいながら、ウサフの情報網に足跡を残す男だ。そして、現に自分は目の前のこの男に呼び寄せられた。実力としては相当であろう。


「大丈夫、君はちゃんと俺たちのサインに気付く筈だ。それを冷静に分析し、流れを作ってくれればいい」


「具体的な指示は無しですか?」


「そうだよ。軍に知られてならないからね。俺は君となら、できると思ってるよ」


 これはある意味、自分を試しているのかもしれない。


 カゲロウはそんなことを思いながらも、胸中は悪くはなかった。少なくとも、目の前の男は自分の能力を高く評価していると感じられたからだ。


 また、さっきからの兄の表情や態度を見ていて、その成長ぶりに驚かされている。兄が国を捨ててまでも行きたがる敵国には、兄を1人の人間として接する人がいる。


「わかりました。それでは僕が主に扱っている資産を全て記録してください。その動きから、僕のメッセージを受け取れるでしょう」


 ガリはカゲロウの飲み込みの速さに心地よさを感じた。しかし、時間はもうあまりない。


「トンボできるか?」


「はい、大丈夫です」


 トンボは画面の前に立ち、表示を移動させながら、瞬きもせずに集中して見ていく。


「兄ちゃん?」


 カゲロウが声をかけようもすると、ガリが軽く制する。


「邪魔したらダメだ。トンボは画面を映像として記憶しているんだよ」


「え……兄ちゃんは記憶力が良くない筈だよ……」


 不安げに見つめ返すカゲロウに対し、ガリは笑い返す。


「いや、君の兄さんは莫大な情報を記憶できるんだ。その取り出し方がわからなかっただけなんだよ」


「そっ……そんなことって……」


 カゲロウは困惑していた、学校でも軍でも、兄の成績は最下位だった。知能に遅れがあるとまで言われていたのだ……。


「君の兄さんの才能は、見る人が見ればわかるものらしい」


 ガリは柔らかく笑う。もうそろそろ、トンボの作業は終わるだろう。何度も演習をして、彼のキャパやスピードについて理解できている。


「あの……兄の才能を見つけた人って……」


 ガリは小さく頷く。


「俺の主人であり、トンボが仕える人でもある。パプチの将軍だよ」


「もしかして……カステルマ戦の?」


 ガリは無言で頷く。あぁ……カゲロウは簡単に納得した。自分達の軍を僅かな兵力で叩きのめした相手である。


「ガリ、憶えた」


「わかった。こっちも、そろそろ帰らないのヤバそうだ」


 ガリはミニコンを操作し、無難な記録を残す処理をする。それと同時に撤収の準備も始めた。


 トンボも荷物をまとめ、再び担ぐ。

 

 弟を置いて行きたくはないが、ここを我慢することによって良い未来に繋がると信じるしかない。その顔の表情から、カゲロウは兄の気持ちの手に取るようにわかった。


「兄ちゃん、僕、ここで上手くやるから。ここから無事出られたら、僕も兄ちゃんの選んだ場所を見てみたい」


 グッと堪え、うんうんと頷く。


「トンボ、もうそろそろ出るぞ。映像も切り替わる」


 カゲロウは急いで机に戻り、処理作業を始める。兄への視線はもう向けられない。トンボも然りである。


「修理終わりました。失礼します」


 ガリが愛想良く挨拶をし、カゲロウは聞こえないかのように仕事に没頭する。それが今の正しい状態であろう。


 ガチャ


 スーッ


 修理作業の完了記録を残すと、ドアの施錠は解除され、扉はスライドして開けられた。


 ガリとトンボは無言で部屋から出ると、そのまま出口へと向かって平然としながら歩いていく。トンボは歯の奥を食いしばりながら、ガリの後ろをただ歩く。


 救いは頭の中にある映像、それを大切に守る。


 『兄ちゃんが必ず出してやるから』

 

 心の中で、何度も何度も唱えた。




 


 






こんばんわ。

次はどの部分を描こうかと、何度も書いては消し、書いては消して……。

この話になりました。

読んで頂けたら嬉しいです。


引き続きよろしくお願いします!


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