12.最前線の町
カステルマはドゥーリ区にあり、アクア軍とインフィニタ軍との戦闘地域に最も近い町である。元々は砂漠の中継地的な役割の町で、穏やかな町民達が旅人をもてなす場所であった。しかし、今ではその多くが町を逃れ、残るのはインフィニタ軍を支える民だけである。
「もはや、町というより軍事施設だな」
昔の町を知るウンブラは、町の変わり様を見ながら呟いた。
「この地は緊張してる。長居は避けた方がいいよ」
ラウダはすれ違う隊員の様子を見ながら、ウンブラに声をかけた。
インフィニタ軍は各区から集めた隊員を各地に投入している。それぞれの使用する言語が異なるため、時折、いざこざが普通に起こる。そして、この地の隊員は特にその要素が高そうだ。
「最前線だというのに、この統一感のなさは凄いよね。多民族ってだけじゃないよね?」
ガリもそれには気付いていたようだ。ラウダほどではないが、主要の3言語は話せるため、町の状況がわかる。
「最前線だからだよ。誰だって死にたくないし、死なせたくない。大切な駒は奥に隠しておくものだろ?最前線には送らない」
ラウダはスノウ語で小さく呟いた。
「だとすると、最前線はさらに北上することもあり得るな」
「アクア軍の動き次第だと思う」
「ここの司令官は誰だかわかるか?」
「インフィニタ軍の主力、ガンジスが駐在していると思う。さっき話した男がそんなことを言っていた」
「そうだろな、ドゥーリ族の主家ミルスキの男だ。この地を任されるのもあり得る話だ」
「どんな男か知ってるわけ?」
ガリはウンブラに近寄った。ラウダも間隔を狭める。あまり大声では話せない内容だった。
「そうだな、血統的にはズレてるようだ。よく知られてない男だ」
「ズレてる?主家だよね?」
「よくある話だろ。外でできた子供って奴さ」
ウンブラの言葉にガリはあぁ、と頷く。確かによくある話だった。地区によっては一夫多妻が普通にある。外に愛妾を持つのは珍しくなかった。
「主力を継いだんだから、それなりにミルスキ家の中で力があるのかな?」
「さあな、本人に会ってみないとだな。最悪、捨て駒にされてることもあり得る」
ウンブラはそう言いながらも、違和感を感じていた。まともであれば、重要地点を捨て駒に任せるようなことはしない。
「町で商売をしたら、早々に立ち去った方がいい」
ラウダは後方を伺いながら、ウンブラに話しかけた。
「お前も気付いていたか?」
何人かの兵士が後を付けて来ていた。ウンブラは面倒臭そうに頭を振った。軍との面倒は避けたい。
「とりあえず、大人しくしていろ。店に医療品を卸したら、早々に立ち去る」
2人は心の中で頷いた。
ほとんどが店を閉めた中をひたすら歩く。その中の数軒を覗いていく。食料品の店を通り過ぎると、衣料品店があり、そこから離れたところに薬屋があった。3人は中を確認すると、その店の中に入った。
「オヤジいるか?」
ウンブラが店の奥に声をかけると、ゆっくりと老人が歩いてきた。メガネを斜めにかけており、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「色男!こんなゴミだめまで、よくやってきた!」
スリッパを踏み鳴らしながら、ウンブラに近づくとガッシリと抱き合った。
「オヤジが生きててよかった!死んでるかと思ったぞ!」
「あぁ!まだあの世からは迎えが来んからな!とりあえず、飯でも食ってけ!」
「そういうわけにはいかん。軍に目をつけられたようだ。オヤジに迷惑はかけられない」
オヤジは頭をクシャクシャにかき上げると、扉の外に視線を送る。
「なんじゃ!アイツらは下っ端じゃ、気にせんと飯食ってけ!たまには誰かと話をせな、ボケるでのぉ!」
ガリは苦笑いをする。相変わらず、豪快なジジイだ。ラウダは目をパチパチさせた。
「じゃ、お邪魔するよ。ガリ、持ってきた医療品をあっちの棚に納めてくれ」
ガリは頷くと、ラウダを誘う。ラウダはウンブラの荷物を受け取ると、ガリに続いた。
「お前が時々来てくれるから、治療ができるわ。誰もこんなところ近づきたくないからなぁ」
オヤジは近くの椅子に腰をかけると、ウンブラにも椅子を勧めた。ウンブラは丸イスに腰をかける。
「オヤジ、もうそろそろヤバそうだぞ。もうココから離れろよ。アイツらと心中するつもりか?」
「ここは俺の店だぞ!どこに行くところがある!ここは砦だ、怪我した兵士の面倒もみてやらなあかん」
ウンブラは相変わらずの頑固なオヤジに呆れている。嫁や娘は内地に逃した、自分だけが意地になって残っている。
「それより、お前が連れているあの子供、あれは特別では無いか?」
突然、話をすり替えられた感があり、ウンブラは不機嫌になる。大して違いがない平凡な少年だ。
「俺はあの子のような子を知っているぞ」
「はぁ?話をすり替えんなよ!あんま頑固だとオヤジを担いで行くぞ」
オヤジの目が座っている。その話は終わったと思っていた。
「不思議な感じがしないか?あの子」
「はぁ?ボケてるのか、誤魔化してるのか、何かか?」
「俺は会ったことがあるんだよ!ヴィサスの民に!その時の不思議な感じがするんだよ」
ウンブラはオヤジを呆れた目で見る。
「あのなりで、どこがヴィサスだよ。アイツの目はエメラルドだし、髪の毛は茶色だろ?」
「そうなんだが……」
ウンブラは近くの酒の瓶を手に取ると、蓋を開けた。そして、一口飲む。
「まぁ、本人に聞いてみれば?失われた民ではないと思うけどな」
さらに、もう一口含んで飲み込んだ。
外の兵士は離れたところで我々を見張っている。それもいつもと違うことだった。




