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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
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15.主力戦

 コンサス家の闘技場、その広い敷地には沢山の観客席が備えられ、多くの観客が集まっている。大半がアルデナ区民であるが、話を聞きつけた周辺の区からの見物客も混ざっている。中には一般人に混ざった主力達もいる。


 大きな正方形の御影石が敷き詰められた場所が闘場になる。それを目の前にして、本日の主役、正式なアルデナ軍の制服を着た2名が横並びで座っている。


 その後ろにはテントが張られ、それぞれに豪華な椅子が並べられている。それは観客席と対称的な場所の配置になる。


 挑戦者はタントウセイ=コンサス、祖母のソリアが後見人として後ろのテントに控えている。真っ青なドレスを着て、大きな扇子を振っている。その横に控えるのは見たことのない男、黒髪と茶色の瞳をした綺麗な顔立ちの男だ。


 現在の主力、エクセンの後ろにはグアバとアシオス。アシオスは軍服を着ることはなく、軽装で寝そべっている。グアバはそれを戒めることもなく、息子の食べ物を気にするばかり。エクセンはそれを一瞥し、軽くため息をついた。


「それでは、定刻になりましたので始めます」


 会場の真ん中に主催者、キレキラが現れた。その隣に歩く少年に皆の視線が注がれる。真っ白な軍服を着た、紅い髪と深緑の瞳、亡くなったはずの嫡男、ラウダだった。


 会場はザワザワとしだす。多くは感嘆と喜びの声だった。彼らにとっては、ラウダこそが正当継承者であった。今の現実を知る者達は軽い悲鳴をあげた。


 グアバは凄い形相でラウダを睨らむ。憎くて仕方がない子供が目の前に現れた。どうして、息の根を止められていないのか、弟のカランに悪態をついた。アシオスはゆっくりと起き上がると、ただ、ぼーっとラウダを見つめる。


「……ラウダ……」


 エクセンは苦々しい思いで呟いた。紅髪を受け継ぎながら、アルデナを簡単に捨てた息子だ。


「見届け人として、ヴィサス区の主力にお越し頂いた。また、今回はコンサス家の当主交代も兼ねているため、正当継承者としてのお立場でもある」


 キレキラは大きな声で皆に説明する。その説明を聞き、区民達は完全にラウダがこの区と縁を切るつもりなのだと知ることになった。何人かは納得がいかない表情を浮かべている。


「ちょっと!待ちなさいよ!!あの子が当主の正当継承者ですって!!ふざけないでよ!アシオスが嫡男なのよ!!アシオスが務めるべきでじょ!!」


 グアバはアシオスを抑えるのも聞かず、前のめりで暴れ出した。その姿にソリアは冷笑を浮かべる。


「落ち着け!グアバ!!」


 エクセンは声を張り上げる。それでもグアバは引く様子はない。ラウダに向かって罵詈雑言を浴びせる。やれやれとキレキラが衛兵をグアバに向かわせようと合図しようとしたところ、ラウダが声をかけた。


「オバさん、悪いけど。好きで嫡男にされてるわけじゃない」


「おっ……オバさんですって!?お前みたいな捨てられた子供が何を偉そうに!!」


 火に油というのはよく言ったものだ、ソリアは面白そうに微笑む。ちょっとしたショーが見れそうだ。微笑みながら、口を開く。


「そうか、納得がいかぬか。それなら、前座でもやったらどうだ?キレキラ」


 ソリアは立ち上がると、閉じた扇子をアシオスに向ける。


「アシオス、母の顔を立ててやれ。ラウダと戦い、嫡男であると証明してみたらどうだ?」


「なっ!なにを……」


 アシオスは弟とは戦えないと頭を振る。


「そうよ!アシオス!!チャンスじゃない!!貴方の剣技はお父様も凌ぐのよ!!」


 捲し立てる母に対し、アシオスは頭を振り続ける。


「アシオス、やってみなさい」


 今度はエクセンが息子を諭す。こうなってしまったら、グアバを落ち着かせるのは難しく。エクセン自体も、息子達の戦いが見たくもなった。


「どうしますか?ラウダ様、今回は見届け役でお願いしたのですが……」


 キレキラはラウダを気遣う。この地に呼び寄せることも、かなりの負担をかけさせている。騒乱が治ったとはいえ、ヴィサス区はまだまだ不安定なのだ。


「構わないよ」


 ラウダは淡々と答える。特に何の感情も感じていないようだ。ただ、アシオスを見つめている。アシオスはラウダと目が合うと、懐かしさで思わず微笑んだ。ラウダは遥か遠い記憶を思い出す。兄は自分に酷いことをしなかった。むしろ、優しかったということを。


「それでは、主力戦の前に、ラウダ様とアシオスの正当継承者を決める対戦を行います」


 ソリアは側にいた男をラウダの付き人として遣わせる。その男はソリアから真剣を受け取ると、ラウダの元へと向かう。ラウダは何気にその男を見ていたが、近づくにつれ、深緑の瞳が大きく見開かれた。


 レオナルドだった。


 エクセンはアシオスのところへと向かう。こちらも真剣を息子に手渡した。それは長年、自分が愛用していたものである。アシオスはそれを受け取ると、父を見返した。


「父さん、僕は勝てないと思うよ」


 エクセンは軽く息子の肩を叩く。


「全力でやりなさい。お前も多くの鍛錬を重ねて来たではないか」


 親の光が強すぎると子供は大変である。どんなに努力をしても、その子の頑張りは当たり前とされる。普通にできる、ということは足りないとみなされることもある。アシオスは普通ならば優秀な男だった。エクセンの息子でなければ……。


「ラウダ、大丈夫か?」


 レオナルドはラウダに小さな声で話しかける。そして、ラウダの宝刀を受け取ると、ソリアの真剣を手渡す。その真剣はソリアが大切に扱ってきた刀だ。


「レオ、やっと会えたな」


 ラウダも小さく呟く。その声は嬉しさを含んでいる。人目もあり、目を合わせることはできないが、レオナルドの懐かしい香りに、頑なになっていた心が解けてくる。


「俺が見守っている。ソリア様もお前の味方をしてくださる」


 ラウダは小さく頷く。ソリアに視線を向けると、その婦人は大きく頷いた。その瞳から、手加減はするなと感じ取られた。


 御影石を踏み歩き、ラウダは中央に向かう。向かい合うのは兄であるアシオス、自分より2回りも大きい男だ。向かい合う2人にキレキラが説明する。


「戦闘不能になった方の負け、場外に出たものも負け、敗北を認めた方も負けです。よろしいですね?」


 2人は互いに頷き合う。


「兄さん、お互い手加減なしですよ?」


「ああ」


「これが最後の手合わせにしましょう」


「そうだな」


 アシオスは刀の柄を強く握る。軍を追われた後も、剣の鍛錬だけは怠らなかった。それは、遥か昔の弟との約束だった。


「向かい合って………初め!」


 キレキラの号令を合図に、2人は剣を構える。


「なんということだ……」


 エクセンは驚愕の表情を浮かべている。


 2人は左右対称。全く同じ型をしている。


「ほぉ、エクセンの型そのものだのぉ」


 傍らに立つソリアが感心しながら呟く。目の前の子供達はエクセンの剣技そのものを繰り広げる。それは幼い時に教えたものだ。片方には熱心に、もう片方には何一つ伝えなかった。それなのに、2人は全く同じ型で対戦している。


「お前の剣は息子達に受け継がれているのだな」


 ソリアの言葉にエクセンは膝から崩れ落ちる。


「叔母様……私は間違っていたのでしょうか?」


 ソリアは冷笑を浮かべる。


「それはどうかのぉ?先を見ないとわからぬ」


 規則正しく繰り出される技、それを見守るアルデナ区の兵は夢心地に見守る。本来なら、この2人が率いるはずだった。


 ラウダはアシオスの剣を受けながら、その力の強さに関節の節々が徐々にダメージを受けるのを感じた。これはある意味、兄へのサービスだ。幼き頃の思い出を回想しているのだ。しかし、この剣技はアルデナの型、つまり体力がある方が有利だ。怠け者と蔑まられたアシオス、しかし、この鍛えられた体は怠けた者にはないものだ。


「兄さん、ここからは別れだよ」


 ラウダはそう言うと型を変える。 


「ほぉ、今度は俺のか」


 そう呟いたのは、観客席で酒を飲む、ガンジスだ。ガンジスはご機嫌に弟子の型を見守る。アレは紛れもなく、自分の技だ。踊っているかのように相手を交わし、隙をつく。前面からぶつからない技。


「そうか、これがお前の技か」


 アシオスは面白そうに口角を上げた。弟が育った地の剣技であろう。上手く交わされ、一撃が打てない。


「いや、違うよ」


 ラウダは微笑み、また型を変える。


「へぇ、いつの間に盗んだのだ?」


 そう呟くのは、観客席で見物していたフォルテだ。その型はボオラ族のものだ。剣の刃に負担をかけず、相手の剣に打ち込む技だ。鍛冶屋の知恵が隠されている。


 アシオスは父の技でラウダに打ち込む。連打しても軌道は乱れない。その堅実なアルデナの剣に区民達は感嘆の声を挙げる。それもエクセンの型はかなりの鍛錬を要する。


 ラウダは刀を握り直し、またもや型を変える。


「アレはアウロラの技じゃな」


 ソリアは大きく頷く。よくもこうコピーできるものだと感心する。忠実なアウロラの剣技に、紛れていたアウロラ兵が感動の声をあげる。


「これがお前の技か?」


 次々と変わる型にアシオスは徐々に対応してできなくなった。ラウダの動きが読めない。相手の負担がかかる部分に負荷をかけ、手が動かせなくなるように、その神経を狙い打ち込む。ラウダは体も小さく、筋肉量も多くはない。剣を握れなくさせれば簡単に倒せるはずだ。


「いいや、まだだ」


 ラウダは、前方に出していた剣を自分の胸の前に引く。そして、力をため、一気に打ち込みを始める。この技を知るものは少ない。異国のものだ。


「ホント、君には驚かされる。スノウ軍の剣だね」


 レオナルドはふわりと微笑む。アレは自分の型である。何度か手合わせしただけで覚えたのだろう。心なしか、ラウダが嬉しそうに剣を振うのが愛らしく思えた。


「いくつ身につけたんだ?」


 アシオスは興味深く、弟に尋ねた。弟は微笑むと、更に型を変える。しかし、その剣の持ち方や構えは特殊なものだ。とても効率的で無駄な動きは一切なく、魅せる剣ではない。己の体を守り、相手の命を狙うだけに特化した技。


「へぇ、面白いね。あのヴィサス。アクアの特殊部隊の技まで知ってるんだ?」


 観客席からその男は呟いた。


「クロス様、声が大きいですよ……」


 クロスは気にせず、新しい遊び相手を吟味する。つまらないイベントだと思っていたが、ヴィサスが拝めるならと参加した。まさか闘う姿まで見れるとは幸運だった。


「確か、ヴィサス区ではアクアの捕虜を使っていたと言います。その者達が教えたのでしょう」


 カラン=プロディは、クロスの横でコソコソと解説する。それを聞くと、クロスは頭を傾げた。


 大抵のアクア兵は使い物にならない。奴らは兵器に活かされているだけで、大した才能も頭もない。言い方を変えれば、誰でも兵士になれるように道具を充実させている。特殊部隊の技を習得するには時間がかかり、かなりの能力が必要だ。アクア兵で使える者は皆無に等しい。


「クロス様……その捕虜は、トニー=ダウナーの部隊でした……」


「あ、あの男か。アイツなら、なるほどね」


 クロスは簡単に納得した。


 やはり、早くアクアに還らせるべきだった。よりにもよって、ヴィサスに接触させたのはマズかった。

 

 観客席でアレコレ言われるのは、戦っている2人の耳には一切入らない。アシオスはラウダが使う変な技にやりにくさを感じる。全く種類が違うだけではなく、自分の力が封じられるのだ。自分の動きが効率的でないように思わされる。


「もうそろそろだ、兄さん」


 ラウダは頃合いをはかり、次の流れへと移していく。大きく刀を振ると、優雅に剣を振った。一見、遊んでいるようにも見える。しかし、一瞬の一撃の破壊力は甘くはない。


「今度はウルティマーテか……どうやって身につけた?」


 ソリアは扇子を振りながら、1人の男に目を向けた。そして、頷く。あぁ、あの男がヴィサスの背側かと。その男は満足そうにラウダを見守っている。


 ラウダは型を変えながら、自らの剣を守り。アシオスの剣の1箇所を狙っていた。相変わらず、アシオスの打撃力は落ちない。ラウダは体力差では、兄には敵わない。そういう意味ではアルデナの血を多く引くのは兄の方だ。


 ラウダ軽く身を翻し、兄の剣に最後の一撃を加える。それは軽くカツンと当てただけだ。


 ガリッ


 その鈍い音と共に、アシオスの剣が簡単に折れた。


 ドン!


 剣が折れると共に、ラウダの足技がアシオスのミゾウチを蹴り上げる。それは回転と重力を生かし、アシオスを軽々と蹴り飛ばした。足蹴にされたアシオスは場外へと飛ばされ、地面に落下した。


「アシオス、場外!!また、剣が折れたため、戦闘不能!!勝者!ラウダ」


 会場は静まりかえる。目の前で見ていたものが信じられなかった。何通りも剣技を繰り出し、完璧な勝利をかっさらった。その紅髪の少年は軽く刀を振ると鞘におさめた。


 ガバッ!


 地面に強打されたアシオスが、何もなかったように飛び起きた。そして、満面の笑みで声を張り上げる。


「面白れぇ!ラウダ!お前!面白えな!!剣技ってこんなに面白いとはな!!」


 アシオスは自分が狭い世界で生きていたことを実感している。自分の生きる世界は遥かに大きく、まだまだ未知なことが多いのだ。自分はエクセンの息子ではなく、アシオス=コンサスなのだ。


「これがお前の剣か!すげえな!俺も俺の剣を探すわ!!」


 アシオスは目をキラキラさせながら、ラウダに微笑む。ラウダもそれに応え、微笑んだ。ラウダにはアシオスが自由に見えた。


 パチパチ!


 ソリアの拍手を合図に、会場に拍手が起こる。ソリアはエクセンに視線を向けると、冷笑を浮かべる。


「皮肉だな。お前が2人を平等に育てたら、あんな化け物は生まれなかっただろう」


「私が愚かだと責めているのですか?」


「いや、本気で感謝しているのだ」


 エクセンは、自分の取り返しのつかない間違いに、唇を噛み締めた。その様子を確認すると、ソリアは付け足す。


「エクセンよ。あの剣の流れが何を表しているか、わかるか?」


 エクセンは渋々認めた。


「あの子の歩んだ長い道のりなんですね。そして、もはやアルデナの民ではない」


 ソリアは頷く代わりに、扇子を大きくあおぐ。


 もう、戻らない子供である。


 こうして、本来への主力戦が始まる。




いつもありがとうございます。

読んでくださる方に感謝!

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