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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第5章 杜絶の時辰儀
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12.失ったものと残ったもの

 アルデナ族、その民族が居住する自治区はアルデナ区という。一族を長く治めてきたのはコンサス家、その源は力である。戦闘で圧倒的な力を発揮する、その身体的力、それがこの民族の序列を形作っている。


 ソルトにある主家の屋敷、エクセン=コンサスの屋敷の中は殺伐としている。妻のグアバと息子のアシオスは謹慎中で館に閉じ込められている。エクセンは先ほど中央部があるスメリアから戻ってきたが、その表情は優れなかった。到着するとすぐに、数人の側近を執務室に呼び寄せた。


「家の確保と家財、生活用品などの身の回り品からドレスに至るまでどれも、極秘に完璧に揃えました」


 ハリス少尉は満足げに報告を終えた。シモンは優秀な部下に対し、労う視線を向ける。しかし、それとは正反対にエクセンは満足できない表情だ。


「肝心なグロリアが到着していないではないか」


「それは……もう暫くかかりそうでして……」


「迎えに行くだけだろ?どうしてこんなに時間がかかっている?」


「……それは、プロディ家に悟られないよう、奴らの息がかかっていない仲介人を使っているからです。エクセン様との関わりがわからないよう、経由を幾つも持たせているのです」


「プロディ……」


 エクセンはシモンの言葉で、口の中に苦いモノが広がるのを感じた。グアバの生家だから手厚く保護してきたが、最近は大きくなり過ぎて簡単に処することができなくなっている。むしろ、政治に口を挟みだし、コンサスの財政まで握られている。


 トントントン


「なんだ」


 部屋の外にいる執事のノックだ。よほどのことがない限り会談中の邪魔をしない男だ。何かあったのだろう。


「エクセン様、ハリス少尉へ遣いの者が来ております」


 重々しい空気で萎縮していたハリス、その表情が一種パッと晴れた。


「もしや、トレード地区に遣わしていた仲介の者からの報告やもしれません!」


「そうか、話を聞いてこい」


 ハリスは主力に頭を下げると、そそくさと部屋から出て行った。グロリアが到着したという報告だろうか?


「エクセン様、これでラウダ様を迎えに行けますね?しかし、グロリア様をどうしてコチラにお連れしないのですか?」


 シモンは忠誠心から苦言を呈する。正しくは正妻と嫡子を主家の本邸に迎え、主家の次期当主の指名を行う。それが通常の流れだ。正妻を別宅に隠すなど、一時的にだとしても受け入れるのは困難だ。


「グロリアは死んだ妻だ。今は正妻はグアバである。それを覆すつもりはない。ラウダだけを受け入れる」


「しかし、それではラウダ様は反発するでしょう。グロリア様の地位の回復、グアバ様とエクセン様には本来の位置に戻って貰わねばなりません」


「なに?本来の地位だと?グアバは私の妻だ。ラウダは嫡男として次期当主に指名するが、他は変更なしだ。グロリアには良い生活をさせてやる。ラウダが言うことを聞いてる間はな」


「なりません!今が正す時です!」


「何がだ?グアバを正妻に置いておくだけだろ?」


「何としてでも、グロリア様よりグアバ様をお選びになるのですか?」


「そうだ」


 なんと頑固な……。


 シモンは、これ以上は無理だと諦めた。自分の主人は、戦況においても、政治においても、最適な選択ができる男だった。物事の取捨選択に秀でていた。しかし、グアバだけ例外だ。エクセンの大いなる欠点になっている。あの女に対する主人の選択だけは常に間違っている。


「グアバだけは譲らぬ」


 シモンは主人に念押しされ、やっと理解できたような気がした。


 幼い頃からエクセンは、父である前当主に頭を押さえつけられてきた。前当主は妹のソリアを常に警戒し、エクセンには優秀で強い男であることを強いた。それを一身に受け、エクセンは父の望み通りに育った。それはエクセンにとっては成功体験ではなく、心の大きな闇の部分にもなっていた。


 そんなエクセンが唯一父の指示に対抗し、望みを叶えたのはグアバだ。あの女は父に対抗し、叔母にも負けず、父が溺愛したラウダを次期当主から退けた。そして、エクセンには甘い愛を囁く。自分がいなければ生きられず、自分のだけの女。エクセンにとっては、唯一残った自分のモノということになるのかも知れない。


 トントントン


「ハリスです。報告致します」


「入れ」


 ガチャ


「失礼します」


 エクセンとシモンの良くはない雰囲気の部屋に、様子がおかしいハリス少尉が入ってきた。シモンは完全に神に見放されたと覚悟を決めた。


「で?どうだった?」


「……報告は2つございます」


「申してみろ」


 エクセンは心なしが穏やかな表情になっていた。ハリスはチラリとそれを見ながら、ますます居心地が悪くなってきた。


「……では、トレード地区の方から……断られました」


「ん?」


「……トレード地区の統治者から……正式に……昔、預かった者は返さないと」


「なんだと!?」


 ハリスは仲介人から受け取った封書をそのままエクセンに差し出した。エクセンはそれを慌てて受け取ると、蝋の封印を破り、中身を広げた。そして、その内容を目で追ううちに機嫌は最高に悪くなった。


 グシャグシャグシャ!!


「ウサフ!恩を仇で返すか!!」


 エクセンは怒りのあまり、封書をシモンに投げつけた。


 シモンは恐る恐るそれを拾い、そっと中身を確認した。


 アルデナ区 主力 エクセン=コンサス様


 大変申し上げにくいご連絡をさせて頂きます。

 お預かりしていた女性について、瀕死の重症で何度も死にかけましたが、何とか命は助かり生きています。しかし、既にアルデナ区では死亡届で出ており、葬式まで終わったとのこと。本人もかなりショックを受けていました。

 その後、貴殿からは何の連絡もなく。貴殿からコチラからの連絡は禁じられておりましたから、ご報告ができない状態でした。

 お預かりした女性は亡くなったと言うことで、コチラで新しい戸籍を作り、新しい人生を送っております。また、この者は私の妻であり、トレード区を私と共に治めております。

 貴殿のご依頼は承ることはできかねます。本人も望んではおりません。どうか、これからもお気遣いなさらぬよう。


「……なんと」


 シモンは手で口を押さえ、エクセンを垣間見る。主人は真っ赤な顔をして小刻みに震えている。


 "グロリアはずっと自分を待っている、と純粋にも信じていたのだろうか?それとも、主家の奥方であることを変わらず持ち続けていたと"


 エクセンはグロリアに裏切られた様な気持ちになっていた。そして、気づかぬうちにあの女を信じていたことに愕然としていた。あの女は当主の妻の務めを守ると……。


「ウサフの妻だと!ふざけるな!()()はコンサスのものだ!トレードに向かうぞ、軍を編成しろ。制圧すると言えば出てくるだろ」


「なりません!それで取り戻してどうするのです!グアバを捨てれるのですか!」


 シモンが大声を出した。それこそ、愚の骨頂だ。目も当てられない。


「……あの……すいません……それも無理かと……」


 しずしずとハリスが手を挙げる。2人の豪傑の間に割って入るのは恐ろしい……が後でわかって激怒されるよりはいい。


「なんだ?」


「……あの、せっかくなので……もう一つの報告もいいでしょうか……多分、こっちも関わりが大きいかと……」


 エクセンとシモンは視線を合わせると、一旦頷く。少し自分達が熱くなっていた。


「申してみよ」


「はい。えっと……まず、ヴィサスに向かっていたアルデナ軍が戻ってきます」


 ヴィサス区で暴動があるという情報を手に入れ、エクセンは先に軍隊を派遣していた。表向きはヴィサス区の安全の確保だが、本当の狙いはいち早く制圧し、ラウダをアルデナ区に移送することだった。


「なに?誰の指示だ!」


「キレキラ様だと思われます」


 シモンは、もうダメだと覚悟した。キレキラは、今まではエクセンに反する動きを表立ってしてこなかった。主力に従っていたからだ。それが動いたということは……。


「私の命令を覆したのか!?」


「……はい、恐れ多くも……命令はそれだけではありません」


「他は?」


「アルデナ軍の活動が凍結されました。自治の安全については衛兵が行います。その他の兵士は一切活動できなくなりました」


「私は主力だぞ!」


「はい、そうでございます」


「キレキラを呼べ!」


「……はい、わかりました」


 ハリス少尉は素直に承ると、ゆっくりと後退りする。深々と頭を下げ、逃げるように部屋を後にした。


「エクセン様、ここまでです」


 シモンが言おうとしていることは、エクセンにもわかってはいる。しかし、負けを認めるのは難しい。


「キレキラが大胆な動きをしたと言うことは、ソリア様が許しているのでしょう」


 シモンは相変わらず、自分には甘い。エクセンは優しき友に笑いかけた。


「叔母上が私を見限ったのだな」


 シモンは無言で悲しそうな顔をした。しかし、心の奥ではそれでいいのかも知らないとも思っている。シモンが守るべきものは、コンサス家なのだから。




お付き合い頂き、ありがとうございます。

まだ、このお話の終わりが近づかないのですが。

完結しましたら、天の雫の続きを書きたいと思っております。

引き続きよろしくお願いします。

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